猿払事件
有罪。連邦最高裁の採用する「腐ったみかんの論理」に基づく判断。そのため,問題となった個々の行為の政治的中立性を害する程度についてはまるで無関心だった。
猿払批判
無罪にすべき。組織内部への影響ではなく,個々の行為が持つ政治的中立性を害する恐れの程度を問題にする立場。
堀越事件
無罪。被告人は管理職に無いことを理由に無罪。「おそれ」を「実質的」に判断するとの姿勢を打ち出す。一見,猿払批判と似ているがまるで違うので注意。あくまでも,組織内部への影響力の大小に関する「おそれ」を「実質的」に判断する,というスタンス。
世田谷事件
有罪。管理職にあることを理由にした有罪判断。管理職ゆえに内部への影響力が甚大であることを重視した。
堀越事件は猿払事件の判断に反するとの検察官の主張について
事案が異なる。組織的活動性の有無・強弱について違いがあるので矛盾しない,との判断である。共に管理職でもなんでもない点で共通する事件なので,あたかも判例変更したかのような印象を受けるがそうではない。両者は内部的な影響力において違いが出る,との判断だと思われる。この点,堀越事件からはハッキリしないが,同日に出た,世田谷事件のあてはめ部分を見ると,最高裁は一貫して内部的な影響力を問題にしていることが分かる。今回変えたのは,その内部的影響力に関する「おそれ」の判断基準を漠然としたものから「実質的な」ものに変えた点である。
私見だが,今回「判例変更」という形を取らなかった理由は,判断の底辺を流れる価値判断そのものは変っていないからではないだろうか。「腐ったみかんの論理」は一貫している,というわけである。
判例が「おそれ」の「実質的」な判断をする際に,特に重視しているのは,「管理職的地位にあるか」,「裁量権限をもつ職務か」の2点だが,実際問題,堀越・世田谷で重視されているのは前者であろう(有罪・無罪の結論を分けた理由もこれ)。後者は,対外的に,職務権限をちらつかせ圧力をかけるような行為を禁止する為のロジックとして便利なので,あげていると思われる。公務員としての立場・権限を背景にして,国民に対し政治的圧力をかける行為が禁止されるのは当然であり,この点については異論は無い。また,裁量的な権限を持つ者は(往々にして職位も高いと思われるが)内部的な影響力もその職位に関係なく大きいとも言えよう。あえて,「管理職的地位(この者は裁量権限を持つ)」のほかに,「裁量権限」というファクターをあえてあげているのは,対外的には,仮に当該公務員の職位が低い場合でも,国民に対しその裁量権をちらつかせ,政治的圧力をかけることはありうるからではなかろうか。
世田谷事件あてはめ部分。
被告人は,本件当時,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあった。また,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であった。
次に,本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するかを検討するに,本件配布行為が本規則6項7号が定める行為類型に文言上該当する行為であることは明らかであるが,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものかどうかについて,前記諸般の事情を総合して判断する。
前記のとおり,被告人は,厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり,庶務係,企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに,同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり,国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり,一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって,指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては,それが勤務外のものであったとしても,国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから,当該公務員による裁量権を伴う職務権限の行使の過程の様々な場面でその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まり,その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。したがって,これらによって,当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるものということができる。
そうすると,本件配布行為が,勤務時間外である休日に,国ないし職場の施設を利用せずに,それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること,公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと,公務員であることを明らかにすることなく,無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって,公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても,本件配布行為には,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ,本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。そして,このように公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる本件配布行為に本件罰則規定を適用することが憲法21条1項,31条に違反しないことは,前記イにおいて説示したところに照らし,明らかというべきである。