僕を産んでくれたお母さん ~言葉を失ったママと家族の4年
を見た。
なぜか私はひどく落ち込んだ。
至れり尽せりで医療に助けてもらえている妊婦さんと、
助けてもらえなかった自分との差に。
今回の、ザ ノンフィクションの前編では、
職場で倒れて、意識不明になり、本人は「助けて」とも「苦しい」とも言っていないのに、
周囲の人たちが、バタバタと最善を尽くして助けてくれる。
本人が何も症状を訴えなくても、
医師が検査して、わかりやすい画像で脳出血を見つけ、即手術で治療してもらえる。
本人が「助けて」とも「苦しい」とも一切言っていないのに。
そして、
何ヶ月も入院させてもらえ、至れり尽せりの治療もリハビリも受けられる。
おそらく、退院後の生活も障害認定も、さまざまな支援を受けるのもスムーズだろう。
これが、普通の怪我や病気の人への、
日本が誇る、医療のあり方だろう。
ところがどうだ。
脳脊髄液漏出症の母はこうはいかない。
誰も助けてくれなかった。
いくら助けを求めても。
誰も助けてくれなかった。
こんな時、子供を殺して自分も死にたいと思うんだな、とそういうことする母親の気持ちがわかった。
「全身が痛い」「激痛が走る」「目が眩しい」「音が辛い」「だるくてだるくて家事や育児ができない」と、
いくら症状を言語化して助けを求めても、
医師に信じてもらえず、助けてももらえない。
家族からも、気にしすぎだとか、誰でも症状はあるもの、とか、言われて、叱咤激励されてしまう。
意識不明の人は、痛みも苦しみも感じないだろうけど、
意識のある人は、死にそうに苦しいのだ。
それなのに、意識のない人は、その原因を周囲が勝手に、最新医療機器で探し当て、治療し、自動的に助けてもらえる。
しかし、意識があり、必死に症状を訴えて苦しみを言語化して伝えようとする脳脊髄液漏出症患者は、
意識があるがゆえに、症状をしきりに訴えるがゆえに、よけいにたいした事ない症状を大げさに言っていると誤解されてしまい医療の相手にされない。
それどころか、嘲笑される。
検査したって、髄液漏れを探そうと意識しない検査じゃ、わかるわけない。
髄液漏れの知識がない医師が、別の疾患疑って検査したって、患者を苦しめている症状が脳脊髄液漏れてるせいだなんて、気づくはずない。
ぜんぜん違うんだよ、
一般に認知された、病気や怪我で、
医療の恩恵がすぐさま与えられる患者と、
なかなか当たり前の医療の恩恵にたどり着けない脳脊髄液漏出症患者は。
わかる?
たとえ病気が深刻でも、すぐさま当たり前に助けてもらえる患者と、
そうでない患者の差。
わかる?
つらいよ。過去に私が受けた仕打ちを思い出すのは。
早く、死んでしまいたい。
そうすれば、過去をすべて記憶から消せる。
交通事故だけでなく、
医師の無理解や暴言や家族の無理解に、心を傷つけられ続けた、脳脊髄液漏出症患者の治療は、
ブラッドパッチだけじゃ癒えないんですよ。
医療の無理解、無支援の期間に、絶望し、孤立し、体も心も苦しんだ記憶を、
どう消したらいいのか?
どう癒したらいいのか?
トラウマ治療研究の皆様も、
どうか、脳脊髄液漏出症患者の心のケアに関心を持ってほしいし、私たちを助けてほしいです。
治療後の医療難民状態に心病みました。
何処かでお医者さまに苦労を認めてもらえて
安心しました。
医者じゃなければ、この髄液漏れ異常歴史わからないと思うんです
色々な症状が複合して現れるから何科も必要
今度は皮膚科か、なんて思う時期もあったけど犯人わかっているから引きこもってたり病院に行けなかったり
順番に一個づつ症状が出たなら病院に行けたのに!
図々しく生きる!
なにを言われても平気!
過去なんてどうでもいい今が大事よ!
明日死ぬかもしれないんだから!
これが私が至った気持ちです。
無理解な医師になんて負けてられない。
ひどい無理解な医師には、心の中で人として医師として最低!と今も軽蔑する。
顔には出さず。
たしかに、今が大事。
私は自力で助けにたどり着けたからまだ幸運な方。
だけど、私の過去は絶対に忘れないし無駄にしない!
これからに教訓を生かしてもらう。
そうでないと死にきれない。
「図々しく!」は私のこれからの生きるためのテーマにします。
ありがとうございます。