銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

養老先生は紫煙をくゆらせながら哲学をする。しかし煙草は、鎌倉では特に特別な位置を持つアイテムであって?!?!?△

2020-09-27 19:45:57 | 政治

恒例の様に最初に置いた写真の説明をさせてください。

これは、【養老先生とマル】というNHK BSプレミアムで、放映をされた番組から、取ったものです。この先生の指先に在るのはたばこです。銘柄は、わかりません。ただ、細いです。そして、紫煙は、本当に紫色をして、立ち上って居ます。

 大変お待たせいたしました。今は、30日の午前二時ですが、この文章の推敲やら加筆が、終わりました。ほぼ、5000字増やしています。どうか、よろしく。

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副題1、『養老先生は、現在の所、鎌倉で、一番お金持ちかもしれないし、知名度もトップである。そして、私の敵さんの中で、トップの位置にいて、散々な事をしている、伊藤玄二郎も、この方と、大変に親しい模様である。したがって、養老先生がテレビ画面の中で、紫煙をくゆらせておられるのを、阻止しない・・・・・というか、この画面をカットすると、言う編集をさせていない』

 この場面と同じ物を、私は八回ぐらい、見ました。というのも数年前から、同じ画面が、違うタイトルで、放映をされているからです。【ネコメンタリー・・・・・・養老孟司篇】として、合計二回放映をされていて、しかも、その後、一部編集され直し、くわえられた映像のある【養老先生とまる】というのも放映をされ、それぞれの放映回で録画したものを何度も見たので、合計八回となります。

 私は、養老先生が、ここで、おっしゃっていることは、大変大切な事であり、私が、普段言いたい事、及び語っていることと同じだと、考えて居ます。しかし、自分の書物を送るなどという事をいたしません。

 というのも、安西篤子さんと、阿刀田高さんまでは、大丈夫だったのですが、辻惟雄さんと、交流を始めた時期になると、急に、有名人との交流がだめになったのです。

 ところで、ここで、大切な事を言わないといけません。私はただ、家にいて、相手に、書物を送ったわけではないのです。それぞれ、不思議なご縁で、ご本人にお会いして居ます。その結果、心が交流したと、確信するから、自著を送っているのです。相手が有名人だから、送っているわけではありません。

 養老先生から、いったん、辻惟雄先生に移動をします。大船から、(それは、ご自宅から、バス、又は、モノレールで、大船にお出になると、思われるので)乗られた、横須賀線の車中で、私の目の前で、必死になって、すでに、出版された書物の改稿中の辻惟雄さんと、出会って(それは、2004年の、11月か12月だったと、覚えているが)、本づくりについて、私から、話しかけをしました。その結果、非常に気が合った・・・・・と、感じて居て、そのつもりになって・・・・・先生も名刺をくださろうとなさったぐらいだが、あまりに有名な方なので、普段相手に名刺を上げる必要がないらしくて、名刺が財布の中に入って居なかったのです。

 ただし、私の方は、その時点までは、辻先生の顔も名前も知りませんでした。美術界で、噂話をしない人間が、私だし、美大を出ていないので、辻さんの事を、その時まで、知らなかったのです。このころでは、辻さんは、太っていらっしゃいました。堂々たる体躯の方でした。その後、若冲関係で、何度も、NHK,ETV、もしくは、NHK,BSプレミアムにお出になって、段々やせていらっしゃったので、心配しているところです・・・・・あれほど、本づくりで、気が合ったつもりになって居て、安西さんと、阿刀田さんからは、私の文章をほめられているのに、辻さんからは、受け取ったと、言うお報せがないのです。でね、郵便が届かなかったのか? 其れもあるだろうし、

 高村薫さんなんかと同じく、敵方が手をまわしていて、交流するなと、言って居るケースではないかと、考えて居ます。養老先生も、もし、私が接触したら、全く同じことが再現されるでしょう。

 だから、接触しません。どんなに、その場面に共感をしたか、計り知れないほどですが、接触しません。唯、繰り返し、その場面を見て、先生の言葉は暗記するぐらいに、身中に入れました。なお、高村薫さんは、ICU出身で、ICU関係者に聞くと、「テレビでは、威張った硬い態度だが、実物は、謙虚ですよ」と、聞いています。だが、手作りのお菓子を添えて、お手紙も添えて、送った私に対しては、なしのつぶてでした。直木賞審査員としての、井上ひさしが、采配を焼いているのだと、思われ、それで、拒否されていると、考えて居ます。

 私の本は本屋では売りません。だって、マスコミ有名人ではないので、本屋の平台においても、誰も、買ってくれないでしょう。で、すべて、献呈します。中には、本を作ることにお金がかかることを知って居る方が居て、一万円ほどをくださったりするので、二冊目からは、値段をつけて、お金をくださる方からは、いただくことにしていますが、少部数の本を、しかもパソコンのシステム妨害を受けて居て、自宅ではない、外のカフェ等で、編集やらデザインの仕事をしているので、一冊(=一種類という事)を製作すると、莫大なお金がかかるので、三冊目以降は、もう、唯、自己主張をするための道具だと、割り切って、出版をしているのです。値段はつけて居ますが、売るつもりは毛頭ない。

 しかし、五冊目の、【黄色いさくらんぼ(ニューヨークの版画工房の話、特に対照的な生き方をした二人の有色人種の版画家が、亡くなる話)】が、特に面白かったらしくて、アマゾンで、一時期10500円の値段がついて居ました。

 でも、辻さんが、蹴ってきたケースが、最大の、障壁となってしまって、私は、それ以来、神様を相手としか、交流しなくなったと、言っていいでしょう。

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副題2、『養老先生が、BSプレミアムで、ほとんど同じ映像で、何故、三回も登場なさったかの理由は、私には、よくわかっている。無論、別の映像(箱根の昆虫博物館)を、訪問する【スィッチインタビュー】も放映をされていたが・・・・・そちらはあまり繰り返して、みてはいない・・・・・対談だけど、内容が深くなかった・・・・・しかし、ネコメンタリーは、非常に面白い。だが、その猫メンタリーが、【養老先生とまる】と、改題され、内容も一部、改変された裏には、別の目的が含まれていた。それを、私は、後注1に置いた、前々報(2020-9-23発)の副題5以降で、書いて居る』

 養老先生の【ネコメンタリー】が、何度も番組宣伝をされて、放映をされ、又、編集しなおして、くわえられた映像があって、【養老先生とまる】として放映をされたのは、【ネコメンタリー】の方は、・・・・・お前は小さい存在なのだよ。取るに足らない存在なのだ・・・・・という目的のために、作られ、次の【養老先生とマル】の方は、私が最近書いているブログにのっとって、新たに編集しなおされたと、かんがえています。その目的は、妙本寺の若いお坊さんのお見合い結婚の件を、もうこれ以上は書くなと、言う事でしょう。そういうサインを与えるために、編集しなおされたと、考えて居ます。(それは、蛇足という形で、ここの最後にも置いておきます)

 それは、過去の類似例と同じケースです。それぞれ、時期を違えて、利用される有名人がいて、今、昨今、最大級に利用をされているのは加藤登紀子さんです。これは、ご近所の、石川和子・柳沢昇夫妻について書くと、登場する人物ですが、駒場高校と、シャンソンコンクールも関係があります。私はシャンソンコンクールには出場していませんが、そこに出場して第二位だった、ある、美術家(女性にして、歌声も素晴らしい=銀々屋留美子さん)の家に、下着泥棒が入ると、聞いて、・・・・・なるほど、シャンソン、コンクールそのものも、CIAが企画したのだ。それは、加藤登紀子さんを世に送り出すためである。と、感じました。

 加藤登紀子さんを、馬鹿に推奨する傍ら、其の大浮上のために使った銀々屋留美子さんをいじめまくる。下着泥棒だけで済めばいいが? 銀々屋さんは、私ほどの、政治的分析には達していないので、身近な人がやって居ると、考えて居る模様です。その疑われて人も、留美子さんも、二人ともお気の毒だと、思います。

 シャンソンコンクールは、ICUに留学していたCIAスパイ(今は、エージェントという言葉を使う。が、その当時はスパイだった)、金髪碧眼で、エール大学(アメリカ東部にある有名な私立大学の一つ)出身の、ベイカーさんなどが、立ち上げた、加藤登紀子さんを持ち上げるシステムだったと、私は見ています。加藤登紀子さんは、満州引き揚げ組(そこが私と一緒)だし、駒場高校で、親友として、廸子さんと出会った模様です。その廸子さんと、私がICUで出会い、一種の親友となりました。

ここから先、29日の夜11時過ぎにあれこれを、特に廸子さんについて、書き始めたのですが、養老先生と煙草という話からは、相当にずれるので、別のブログで、展開しましょう。

 廸子さん(ただし、今は、仲がはがされていると、考えるが)と私は、二人だけで、利尻山に(ただし、途中までだが)登ったほどなので、そういう事となっていると、思う。

 林真理子さん、瀬戸内寂聴さん、角野栄子さんなどが、それぞれの、時期に、使役をされている。ただし、詳細はここでは、はぶく。

 さて、【ネコメンタリー】は、そうでした。しかし、【養老先生とマル】となると、少し違う要素が出てきます。それは、ここの蛇足1というところで、前々報の最終段階を、コピペとして、付記します。というのも後注1は、一万八千字と長いです。それに、完成を待って公開をしたいのですが、それでは、書くことが妨害を受けるので、途中で、下書きの段階でさらします。で、あれは、10時間ぐらいかかって、だらだらと、しかも、昼間に、それを書いたと、言う感じになって居ます。で、皆様、読んでおられない模様がある部分です。

 私は、重要な事、しかも新しいことを書く際には、助走期間が必要なのです。それで、そういう事になっていますが、そこで、あたらしい事とは、〇石〇男さんが、登場した事です。それと、政府の官房機密費が、この雪ノ下の、小さな谷戸では、バンバン使われている。15年間に、渡って、一億円以上と、言いだしています。それが、どうも本当らしいのです。で、私に対する復讐用ニュースが、NHKで、バンバン出てきていますが、それは、後注1の中で、副題5以降が、特にすごいからでしょう。

 本日竹内結子さんが、自殺だと、報道をされました。が、無論他殺でしょう。坊や(長男)が16歳だそうです。で、彼が寝入った後、(それは、長男の、身体のサーモスタット像などで、解析できるので)、侵入者が五人ぐらい侵入すれば可能な、作業です。夫である人は、外で、知人と、呑んでいたか? で、午前二時に帰宅をして発見をしたと、言う事になるのでしょう。

 さて、養老先生に戻ります。特に紫煙に戻ります。

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副題3、『前報で、豊島屋と、亀屋万年堂を比較して居る。それは、途中で、終わっているが、ここで、続きを書きたい。それが、養老先生の紫煙をNHKが、何故、カットしなかったという点につながっていくので』

 私は豊島屋については、前報(後注2)でも、ある程度、書いて居ますが、もっと、もっと、あるのです。今、胸に温めていることは、2020年8月8日の本店・支店長と副支店長に、まつわる政治的問題です。しかし、本日は養老先生と煙草が問題なので、其の8月8日の怪奇現象については、触れません。

 ただね。ここで豊島屋本店と、かまくら春秋社(伊藤玄二郎が社長をしている出版社)との、距離は、問題にしたいです。その二つ、ですが若宮大路という参道を間に挟んで、200メートル以内と、言う近さです。で、豊島屋を政治的に使役はするが、・・・・・例えば、材木座の命名権10年分を、1200万円で、買ったという話などに、結実しているが・・・・・・

 豊島屋の商品のラインナップについて、「これを出すな?」という事は言って居ないのです。しかし、亀屋万年堂に対しては、「大福を作るな」と命令をしています。で、鎌倉市内のお菓子屋である豊島屋と、鎌倉に関係のない、自由が丘が、本店の、亀屋万年堂との、違いは、どこに在るかを考えました。

 すると売上高が、豊島屋が三倍程度で、社員数が、2.5倍程度で、より大きいです。また、豊島屋はデパートの出店が、支店としては、主なのに比較すると、亀屋万年堂は、普通の民家風の路面店が多いです。それから、商品のパッケージ等のデザインの違い。豊島屋の方がモダンです。で、豊島屋の方が大きくて、かつ、格が高いし、知名度も高いので、商品ラインナップについては、妨害をしない。しかし、亀屋万年堂は、相当な支店数があるらしいのに、デパートに出店をしていないので、国民全体を見渡せば、その知名度が豊島屋よりは、低いので、商品ラインナップでさえ、口を出し、・・・・・私が東京圏では、ぴかいちのおいしさだ・・・・・・と、自宅で、連れ合いに話しているプレーンな【大福】を製造しない様に命令をしたと、わかってきたのです。それを、前報に、書きたいと、思いながら、書ききれていません。

 だけど、それだけではなくて、豊島屋に、大福を作るなと、命令をしたのが、石塚雅彦さんだったら、ありえる話になります。石塚雅彦さんって、自由が丘駅を、乗り降りする人ではないものの、東横沿線では、自由が丘と至近距離にあるご近所様なのです。しかも堤義明さんと、従兄弟同士だと、推察して居ますし、日経新聞の論説委員だったから、にらみが効くのでしょう。亀屋万年堂も、一部上場ではないものの、会社です。派遣社員(アルバイト)も入れれば、相当な、社員数を誇って居ます。社長一族は、日経新聞の論説委員にして、外国記者クラブの理事である、石塚雅彦さんには、頭が上がらないのだと、感じて居ます。

 そして、石塚さんは、言葉が少ない人だけに、重しも効くのでしょう。そして、性格を言えば、スケールが伊藤玄二郎より大きくて、かつ残酷です。むっつりして居て派手な動きはないのですが、おやりになっていることは残酷です。そう言うわけで、私が、東京圏では、そこが制作しているものが、一番おいしいと、思った亀屋万年堂の、御大福は、そこでは、製造されなくなったのでした。

 というわけで、実際には、天皇陛下よりも安倍総理大臣よりも高い特権と政治力のある、伊藤玄二郎も、200mの位置で、ご近所様である豊島屋には、遠慮があって、商品ラインナップにおいて、あれを削れとは、言えない模様です。たとえば、源平巻です。これは、見かけは、ヨックモックの、シガールに似ています。が、和風味で、バターを使って居ないので、お値段が、豊島屋のものとしては、大変、リーズナブルです。しかも、美麗な缶入りですので、大人が買い求めるお土産としては、相当に、便利です。ただし、私は他人にあげるのには、あまり使いません。安いので、それなりのお味だし、豊島屋の本店に、来ることができる人だと、そのお値段もわかっていると、思われるからです。菓子折りを手土産にするとしたら、三千円以上というのが、私にとっての常識でした。

 しかし、日本画家の、瓜南直子さんが、これを、広島在住の、金田佑子さんへの、贈り物として使い、普段、「(私は、直子さんの)執事でございます」と名乗る金田佑子さんと、彼女との二人が、相当に卑猥なやり取りを、交わしたのを読んだとたんに、私は、瓜南さんを捨てるのでした。

 金田佑子さんは、私の導きと推奨で、FBで、友達を増やし、瓜南さんともそれが縁で、友達になったのに、二人は、私を置いてけぼりにして、密接になったのです。そして、サブリミナル効果として、私を苛め抜く、全日本あすハガレンとか、映画のプログラムの投稿を続けた、直子さんは、伊藤玄二郎らに、命令されて、金田佑子さんをわたくしに対するスパイとして、仕立て上げようとしました。2011年11月3日を、そちらが決定した日時として、佑子さんがデートを申し込んできたのです。それは、無論の事、彼等鎌倉エージェントが行う謀略の裏側を、私がどこまでわかっているかをスパイさせるためでした。私が金田佑子さんには、打ち解けて、それを語るとでも、思ったのでしょう。まさかです。で、断ると、金田さんは、突然に、【恋のうぐいすから】と、言う日本酒(そんなものは、2011年時点で、日本のどこにも製造企業はなかったのに)をFacebookにアップして、その画像が、私のパソコン内で、フリーズして、なかなか、消えなかったという追い打ちの虐めもありました。

 そういう裏側があったうえでの、二人の卑猥なやり取りでした。源平巻の紅白の、包み紙を、袴にたとえて、それを脱がすときのイメージを卑猥なものとして、二人で笑いあっていたのです。・・・・・こういうものは今は全部削除をされています。唯ね、それを、一種の雪崩として、私が自分の視野から、瓜南さんを削除、排除し、投稿を読まないという形で、彼女を、切り捨てたのです。その後で、急に瓜南さんは、体力を降下させていきます。私は、11月の、4か月前の、8月の時点で、瓜南さんが体力がない人であることをも察して居ました。しかし、其の10か月後に亡くなると、言うほどに、弱っていたとは思えません。

 本当に急でしたが、金田佑子さんをスパイに仕立てる策謀に、協力したことも一種の引き金だったと、思います。体力降下のね。

 そして、11月の時点で、彼女には、お金がないことをも、私の方は、察していたのです。源平巻は、とうじのお値段で、1300円でした。そして、豊島屋から送らせれば、送料は無料だったと、推察して居ます。もしかして、3000円以上というしばりがあったかもしれませんが、伊藤玄二郎の口利きがあれば、無料になるはずです。

 ともかく、私を相当量で、攻撃し、しかも、それを受け続けた私が、堪忍袋の緒を切らして、相手を捨てる、と、其の人は、死ぬのです。驚きました。これが、天の采配なのだと、思い至って。

 ただ、私は、辻さんが東大名誉教授で、当時多摩美の学長だったのに、その盛名と、お顔を知らなかった様に、人と交流をしません。で、噂話も耳に入りません。で、瓜南さんが亡くなったのも知りませんでした。しかし、別れてから、ほぼ、一年後に委細をブログ化し始めると、「其の人は、すでに、亡くなって居ます」とのお報せが入って、びっくりしました。

 そして、それから、四年後に、彼女のフェイスブックを丁寧に点検したのです。すると、源平巻のくだりは、全部、削除されていました。そして、ものすごく嫌なことに、伴清一郎さんが、「愛していた」などという投稿をしているのを発見したのです。うそばかり! 別の人のブログで、【日暮文庫(一種の酒場)】で、直子さんが、清一郎さんに、たばこをせびって居て、清一郎さんが、一本渡していたと、言うのを見たという投稿を見付けました。

 それを読むまでもなく、直子さんが貧乏であることを察していた私は、伴さんが、実質婚という、経済的には責任を負わない形で、直子さんの美貌と、人気を利用していたと感じているのです。直子さんの最終局面を見ると、彼女が、戦後の女性解放のトレンドに縛られすぎていて、

 経済的自立が無理なのに、結婚を忌避する風潮に縛られすぎていて、あえいでいたのが、わかります。何も語らなければいいのに、愛していたなどと言う清一郎さんの、投稿を見ると、酒場をサロンとして、集う形で、文化人としての、ステータスを、やっと、保持しているプチ文化人達の偽善ぶりと、軽さが見えてきて、・・・・・やはり、人と交流をしない方が、純粋さを保てるし、創作も進むのだ・・・・・と、私は、再度確認をするのでした。毎晩、又は、週一でも、酒場に行かないと、知名度が保てない、プチ文化人たちよ。「ご苦労な事です」と、言っておきましょう。

 でね、結論を言えば、ここまでの、文章を書いて居るのだから、瓜南直子さんを使役し続けていた、伊藤玄二郎は、豊島屋さんに、「【源平巻】を売るのを止る辞めなさい」と、言ってもいいわけでしょう。しかし、源平巻は、いまだに、販売をされています。

 また、養老先生に対しても、同じ伝で、遠慮があって、紫煙をくゆらす場面をカットさせることは、できなかったと、思います。

 ところで、これは些細な余談ですが、私は紫煙と哲学に、集中していたので、インタビューをしているのが誰であるかについては、全く考察もせず、想像もしませんでした。アナウンサーではなくて、記者だろうと、思って居ました。しかし、八回ぐらい、繰り返し視聴をして、やっと、和久田アナであることを知りました。この8月に入ってからです。こちら側の顔を一切見せないで、声だけで、出演して居ます。そう言う演出になって居ます。

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副題4、『禁煙運動、及び、受動喫煙防止条例とは、鎌倉から始まって居ます。井上ひさしが、私が書いた、【一本の煙草が落ちていて】と、言うメルマガ時代のエッセイが、優れているので、それをからかうために起こした運動です。そして、そう言ういきさつを指摘したからこそ、更に炎上してきたのでした』

 そのエッセイですが、メルマガで配信していたので、ご返事メールをもらって居ます。書いて居るのは、K's ギャラリーのオーナー増田きよみさんです。いやあ、これは、言いたくないことでしたが、私が、被害妄想の人だと、誤解をされるのを恐れるので、はっきり、それを、書きます。

 本当に死を目前にした、78歳の、覚悟の文章として、これを書いて居ます。28台もパソコンが壊されています。その結果、個人的メールは、すべて、消えて居ます。AOLを使って居るのですが、それは、昔は、独自な、簡単な、システムを使っていたからです。これが、クリントン夫人が、公的メールを私的なアドレスで、送ったと、言う問題の、本質で、別にクリントン夫人が、大げさに、失敗をしたとか、悪気があったわけではないのです。昔のAOLの方が、マイクロソフトのワードを経由右するよりもはるかに、短縮されている形なので、それを、クリントン夫人は使い続け居ていただけで、悪気は、何もなかったと、見て居ます。

 私は、自分が清美さんを高く評価しているし、メルマガ時代のエッセイを彼女が、読んでくれているのは、2005年にもらった、お褒めの言葉で、わかっていたので、或る夜に、夕食に誘いました。彼女はお誘いを、相当に、固辞しました。ただ、それは、ごちそうされるのが嫌なだけかと、思って居て、強引に誘ったのに、話が全く弾まないのです。頭のいい人との会話は、とても弾むものなのに、弾まない。それで、増田きよみさんの裏に、鎌倉エージェントが、采配を、し始めていると、知りました。

 ところで、増田きよみさんは、この一件があるからこそ、大型化していきます。大物化していきます。特に、野見山暁次さんが、ひそかに支援をしていると、見えます。一部屋だけの画廊だったのに、二つの部屋を持つ画廊へと発展をしていき、利用する作家も、優秀な人が多いです。ただ、色彩感覚は、とてもいいオーナーです。だから、彼女がぐんぐん出世していき、しかも、私を遠ざけて来ていても、余り、恨みもせずで、来ているのですが、それが、過去の経験としてあったので、増田清美さんよりも、

 さらに同調度が高かった、山口みつ子さんとは、100%、遠慮をして、一回もお茶していないのです。でも、彼女が引退したら、それができると思って居たら、2010年1月30日の閉鎖予定の、たった、13日前、17日に自殺と喧伝をされて、他殺で、殺されました。

:::::::::ところで、ここで、挿入ですが、増田さんを誘って、全くつまらない会食を送った、其の10年後、同じく野見山さんに支援をされている香月さんから、会食に誘われます。香月さんとの会話は、相当に弾みました。これはね。香月さんが、テレビタレントをも、やっているからの違いです。香月さんは、そういう意味で、後発の画廊オーナーながら、文化人としての、知名度の高い作家を、招いて個展を開いています。でもね、純粋な美術愛好家としては、増田きよみさんの方を私は高く評価をします。唯ね。香月さんは、きゃしゃな体つき、美形な顔立ち、回転の速い頭、そういうものをすべて、投入して、現代の女性にとって、勝ち組であるテレビタレント化しているので、まあ、勝ち組の一人でしょう。別に上下関係をうんぬんするわけではないが、野見山さんは、対私攻撃者として、野見山さんは、鎌倉における伊藤玄二郎と、同じ役目を果たしていると、言う事なのです。家来を使って、動く人です。ただ、野見山さんの、さらに上もいるのですけれど、誰が、上の人で、あろうか?、今のところ、確定できません。:::::::

 元に戻ります。山口みつ子さんが、自殺と喧伝をされて、殺された当時に戻ります。

 しかし、銀座と、雪ノ下は、伊藤玄二郎を軸にすると、リンクして居ます。それで、それを、語るのですが、ご近所で、シャーシャーとして攻撃をしてくる前田祝一・清子夫妻、安野忠彦、智紗夫妻、白井達雄・小野寺夫妻とか、大原光孝さんとか、柳沢昇・石川和子夫妻は、いいのですよ。そして、中谷家の遺児二人もです。

 しかし、ごく普通の人格で、しかも、平安な一家と見える平木家とか、富沢家の人々が、そちら側に与しているのを見ると、私は戦慄します。あまりに多くの人が殺されているからです。

 私自身が、措置入院で、強引に精神病院へ入れられてしまうだろうと、言う事を恐れているわけではなくて、神様が、何を、将来、采配をしてこられるかという点で、です。誰に対して、何を行うおつもりであろうかと、思うと、戦慄します。

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副題5、『私は、人間社会にも自然界の法則、は、適用されると、思って居る。右辺と左辺は、イコールで、結ばれ、いずれ、平衡状態に達するのだと。それを信じて居る。今般、世の中のパラダイムシフトを起こしている、新コロナウィルス騒動が、まさにその通りなのだ。

 グローバリズムとか、資本主義が、立ち行かなくなっている。人間は、利潤を追求することで、富裕層と貧困層と、二極化してきた。親の代で、既に資産形成がなされている階級は、子供に、小さいころから、良き教育環境を与えられる。で、こどもは、一流大学へ進学し、一流企業に就職し、高額な退職金と、厚生年金をもらい、悠々たる生活を送って来ている。

 しかし、これから先、企業そのものが消失する恐れさえあるのだ。また、女性に働け、働けと、言い続けてきた結果、保育所育ちの青年が、大量に出現し、それらの青年は、引きこもりに陥るケースが多いのだ。ここらあたりの理由とか、因果関係は省くが、

 ともかく、世の中が、全く異なった様相を見せると、思われる。ただ、ブラジルみたいに、大統領が、人口の、減らし傾向に役立つと考えて、貧民街への、手当てをしない国家もあるけれど、・・・・・そうなると、大富豪たちは、今まで、蓄えた、資産を投じて、宇宙空間か、月で、生活をするつもりらしい。そうですかと、言うしかない。

 ここで、元へ戻ろう。受動喫煙防止条例とは、伊藤玄二郎と、井上ひさしが、2005年か、2006年か、またはそれ以降、に、松沢成文神奈川県知事を利用して起こした、私に対する個人的な、いじめ策にしか他ならない。できの良いエッセイをつぶしてやろうと、言う意地悪でしかない。その証拠として、下の写真を見ていただきたい。

 この写真なのだけれど、旧、神奈川県立近代美術館本館(現在は、鶴岡八幡宮所有の文華館となって居る側から、撮影したものですが、横向きになって居て、直りません。ただ、その右側の所に白い四角いものがありますね。これは、ここで、タバコを吸ってはいけませんという注意マークなのですが、材質は、金属粉を混ぜたゴムでできていて、アスファルトに、ゴム系の糊で、張り付けてあります。

 写真が、横向きになっているのは、其の材質でできた禁煙マークが、写っているからです。が、これが、設置されたのが、全国一、早かったと、言う事です。つまり、この禁煙マークは、CIAエージェントが私をいじめるために、全国一早く、設置したと、言う事です。

 それで、古くなったので、擦り切れて、文字が見えなくなっているうえに、はがれたのです。それが下の写真です。

 私が入れた白い矢印に囲まれた、四角い、残渣が、ゴムの残りです。それで、なるほど、彼等も、少し反省をしたかな?と、思っていたのですが、この一週間は、もっと、面白い現象を見つけました。それって、マッチポンプの防衛ですねと、思うのですが、

 駅から歩いてきた、小町通りの終点、東に、鉄の井(くろがねのいどと読む)があり、西に梶田家があるあたりに、下の様なプレートが新たに設置されたのです。それを見ると、小町通りだけ、禁煙するのだと、思えますね。

 ずいぶん変化して居ます。だけど、つい、半年前までは、厳しい、厳しい、受動喫煙防止条例が敷かれていたのです。

 煙草とは、考える人にとっては、必要な道具なのです。考えることを、ただ、それだけを、やって居ると、他人からは、馬鹿みたいに見えるからです。タバコを吸うという間に、其の人は、ものを考えて居るのです。 

 歌舞伎の演目【助六】にもキセルが、重要な道具として出てくるし、【世は、情け、浮名の横ぐし(通称、お富さん)】にも出てくるのではなかったかなあ?

 現代でも、宮崎駿氏は、ヘビースモーカーだと、宣言して居ます。考える人だからでしょう。でもね、日吉でも東大卒の方でも、蛍族と言って、自宅内で、タバコを吸えない人がいます。

 それは、敷地が、80坪から100坪の間の広さだからです。戦後東急が分譲した土地だからです。戦前だと、同じ東急でも、200坪から、300坪単位で、売ったらしいのですが。

 一方で、鎌倉や逗子の、土地販売は、戦前だと、山裾の土地は、2000坪単位で、売り出されたらしいので、もし、養老先生の、自宅が、それほどの広さの敷地があれば、50坪程度の、平屋で、自宅が、建設できます。そうだったら、先生は、書斎で、紫煙をくゆらせることができるわけです。そして、奥様も大切です。奥様の、夫への理解度も大切です。30坪から、35坪程度の自宅だから、『夫には、外で、喫煙してもらいたい』と、言う妻は、夫への理解と愛情がないと、言う方でしょう。

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副題6、主要駅近辺にある喫煙スペースとは、人間の動物化を、可視化して居る装置だと、思う。ひどい文明劣化だ。喫煙者は、肩身の狭い思いをする、差別の対象で劣等化されている。

 これは、日本が、被植民地国家で、日本人全体が、精神的にも、経済的にも奴隷化状態に置かれていることを、可視化している状況です。そして、一人だけ我が物顔で、『私は、特別であって、奴隷ではない』と、考えて居る、鎌倉エージェント達は、自分達以外の、人間を、単なる道具としてしか考えておらず、

 虫けらの様に殺すのです。

 ここから先、次の章で、竹内結子さんの、自殺について、他殺であるとの、論を展開させる予定ですが、間に、数本別の章を挟むかもしれません。お待ちいただきたく存じます。

あと注1、

税制の矛盾を突いた私の親書は敵方に渡って、銀行協会がQRの支払いを認めるというNHKnewsとなった。しかし誰が石井秀樹氏の土地を47坪一千万円で世話したのかが判った。其で良としたい

2020-09-23 15:03:02 | 政治

あと注2

亀屋万年堂・豊島屋・・・・・高橋裕子、酒井忠康、小関利雄、画廊るたん、江見絹子、シロタ画廊

2020-09-25 20:35:11 | 政治

【蛇足】

 元の文章では、副題6の、後半部分となる。そこから此方へ、コピペして来た。

 北隣の家に、17日の木曜日の夜に、異様な男が、二人も入って居たというのは、にそこまでの、事を私に教えてくれた。その日の県が東大の学長推薦が変だ。不透明感が大きすぎるというニュースにもつながっていく。ただし、それは、余りにも深い事情が裏にあって、書くのが大変なので、今は伏せたい。ただし、そういう事が全部関係してくるので、その日は、特別に石井秀樹邸を観察したのだった。

 ところで、この土地が、47坪あるという事は相当に、良い事なのだ。47坪あると、建蔽率40%でも、建坪16坪の家が、総二階で建てられる。今、敷地47坪から60坪程度の大きさの売地で、駅徒歩圏内(ここから鎌倉駅まで、徒歩、公称8分だ)には、ほとんどない。せいぜい30坪程度だ。新コロナウィルス騒動が起きてからは、鎌倉でも、一億から二億で、土地が、100坪を超す売り物件が多く出ている。が、すべて、駅からは、遠くて、徒歩圏内ではない。

 この土地の売買が、一般的な不動産屋を経由した話ではなくて、三菱銀行を通した話であることは、藤本禎子夫人が、自分で言って居たことだった。で、三菱銀行鎌倉支店の支店長に、委細を飲み込ませたのが、〇石〇男さんだと、私は思って居る。

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副題7、『〇石〇男さんが教えてくれたことが、妙本寺の、お嫁さんに、西隣の前の住民、遠藤夫人のお嬢さんが、成ったという事の本当の意味を教えてくれたのだった。この上品な三菱銀行、入行1966年組の、紳士が、昔、私にクラス会で、教えて、くれたことがあった。私が、「ねえ、あなた、三菱銀行の鎌倉支店が、日本一預金残高が多いそうですね」というと、「ああ。それですがね。それって、個人の預金残高を、さしているわけではないのですよ。鎌倉市には、神社仏閣が多いでしょう。そう言うところは、堅実で、かつ、慎重だから、資産運営を主に銀行預金という形で、行っているからです。投資をしないのです。株式でも社債でも、無論先物投資でも」と答えてくれた。

 それが、ずっと後程、富沢夫人がわざと私に「あなた知っている。妙本寺の若いお坊さんの所に遠藤家のお嬢様が嫁いだのよ」と教えてくれたことの、本当の意味を察知することに役立ったのだった。私は、遠藤夫人が、毎日、高さが、一メートルの差がある我が家へ、庭ごみを掃き入れて居て、それを、音やら、小さなトイレの窓から見て、じりじりしていたのに、とうとう、大みそかの日に抗議をすると「やって居ません」と、言われた。

 彼女は労働を嫌がる人で、犬も一回も散歩させないし、トイレットペーパーでさえ配達をさせるほどの人で、今では、妙本寺に住んでいると言われているが、不二家前で出会ったところ、小錦程に太っていた。庭ごみを普通に処理するためには、週に一回山ノ下へもって下りないといけない。だから、我が家に毎日掃き入れて行った。ご主人に頼めばいいのに、ご主人も暗い感じの人でね。やってあげないのだろう。私は長らく、其の高低差が、60㎝で、私の方が低いと書いて居たが、先週、スケールをもっていって、正確に計測したら、高低差が、一メートルあった。

 この件は、私は、とうとう、ブログに書くこととなるのだけれど・・・・・というのも遠藤夫人がそういう圧倒的なウソをついたのは、そうしてもいいのだと、周辺から私の悪口を聞かせられていたからだと、思うからだったが、

 そのブログに書き表すずっと前に、遠藤夫人は、周辺にこの事実を自分がよいもので、私が悪者だと、告げていたのだと、思う。それを知った、伊藤玄二郎は、今回のH夫人のケースと同じく、これで、私を敗北に追い込むことができるとなって、遠藤家の令嬢をお見合いで、妙本寺に嫁がせたのだった。それに妙本寺側の、仲人として、養老孟子先生ご夫妻が、ついておられた模様だ。どうしてそれがわかったかというと、それも伊藤玄二郎が、NHKを動かして、BSPで放映をした、ネコメンタリー養老孟司篇を作り直したからだ。

 私は最初の番組を、合計六回は視た、どうしてかというと先生のマルは、好きではない。猫らしくない。スコティッシュフォールドは、機敏ではない。我が家の猫の方がずっと賢くて、人懐っこい。しかし、先生が、紫煙をくゆらせながら物を語るところが好きなのだ。それで、何回も繰り返してみた。

 私がテレビで何を見るか? また、インターネットで何を検索するかは、監視されていて、後で、利用をされる。その件で、福島瑞穂さんに在日の出自があることがわかったほどだ。彼女自身から青山のウィメンズプラザで、にらまれ切ったので。午前中にインターネット検索で、在日の出自の事を知ったばっかりにそうなった。

 で、学者として、大金を儲けて、箱根に昆虫博物館を作った著名な人、養老孟司先生を利用すれば、私が先生の盛名に、恐れをなして、ビビって、妙本寺の一件を書かなくなるだろうと、考えたらしい。で、【養老先生とマル】という題で、新しい番組を作って、大きく番組宣伝をした。それで、無論の事、私は録画をして置いて、それを見た。

 猫メンタリーと、ほとんど同じ場面を使って居るのだけれど、少し改悪的編集がなされていて、新しく加わった場面が、二か所あった。それは、一つは、妙本寺であり、もう一つは奥様だった。奥様は25年ぐらい前に郵便局で出会ったことがあり、美しい人だとは知っていたが、養老先生とは、ニュアンスが違うとても派手な方だったので、不思議に思っていた。付け下げという種類の和服で、派手な模様だった。おぐしもパーマがかかって居て、ともかく華やかだった。しかし、今般は、重めのちりめんで、江戸小紋か色無地か、とても地味目のおべべで、おぐしもストレートを、巻いておられた。其のまま、妙本寺の、新しい、お屋敷のお座敷にせっていされたであろう、お見合いの席に、移動させてみたら、ぴったりだった。

 伊藤玄二郎達は、この番組の改悪によって、私を黙らせることができると思ったらしいが、私は、その意図を含めて、おや、おやと、苦笑いをしてしまった。

 そして、確定的に、そのお見合いの席には、養老先生ご夫妻が出席をされていたと、信じる様になったのだ。ああ、ああ、あの嘘つきの奥様のお嬢様を、〇石〇男さんに言わせると、大金を三菱銀行に貯金をしている、数多い神社仏閣の内、お金持ちの程度で、筆頭と言ってもよいだろう、妙本寺へ、輿入れさせるお手伝いをなさったのだった。その出来事の半分は、私が担っているのだけれどと、今の私は、苦笑をしている。

 なお、妙本寺のホーム頁を見ると、今の貫主は、早稲田大学卒の方らしくて、年齢もお顔も、私が、今、話している遠藤夫人のお嬢さんの結婚相手ではありません。若夫婦のお父さんが亡くなったので、新しく、お招きされた方の模様です。

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 ここで、この章は、終わります。なお、このブログの、2010年より数え始めた延べ、訪問回数は、6214867です。

 2020年9月27日に書き始め、30日の午前二時に推敲が終わる。

 雨宮舜、(本名 川崎 千恵子)

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