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昨日深酔いをさせられて、しかも放り出されてしまった若い女性について書きました。一番強く感じたのは、断る力の少なさと言うか、小ささです。そこに大問題がある。だけど、彼女を責めているわけではありません。私はたまたま誰にも誘われないので、深酔いはしないけれど、他の側面で断る力が弱いとは思っています。
だから、他の女性が、断る力が少なくても、それはありうる話だと思っています。
この力ですが、どうして少ないかの原因の一つに、社会が女性に求めているパターンがあって、その一つの、『可愛いい』ということに、重要な価値が置かれているからでもありましょう。ただ、それだけではなく、親子関係も重要ですが、・・・・・
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それを書き表した本として、私のように、1960年代(昭和三十年代)に学生だった人間には、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性」は非常に重要な書物でした。
そして、ボーヴォワール自身も社会的には大きな存在でした。
ただ、私は、それを読んで、45年以上経っているので、さきほど、WIKIPEDIAで復習をしたのです。すると、驚いた事には、シモーヌ・ヴェイユ・・・・・・・・・・『重力と恩寵』他の著作があり、純粋な性格で、労働者階級に混じって働いたり反戦運動にミを挺したことで有名、34歳で、恋愛も結婚もせず?、早世した)・・・・・・・・・・の方が項目が多く、しかも書いてある事が長いのです。
私は昔から、ボーヴォワールよりはヴェイユが好きでしたが、この点に関して明日もっと詳しく書かせてくださいませ。
今日は出かける前にいえの掃除を熱心にしたうえに、外でもしんどく・・・・・それは本を書評献呈他で、差し上げているのですが、これって個展をするのと、同じくらい、つかれる事なのです。簡単にいっちゃうと、自分を打ち出しアッピールし、押し出し、押し付ける事なので、それが疲労困憊するのです。若ければ乗りに乗っちゃうという形で、別にどうって言うことも無いのだけれど、分別のある年頃ですからね。だから疲れちゃいます。
だけど、6冊目の出版後、まだ、三週間目ですが、すでに、好評が集まり始めました。それは、嬉しいことです。
尽くせば尽くすほど、報われるという事を知ります。それも嬉しいです。誰か、固有名詞を持つ、明瞭な他人に、尽くすわけではないが、創作と言うこと自体が、天に向かって尽くす事だと感じています。だからです。
ただ、その自分を打ち出すという、しんどい、しんどい事をやって、しかも、夜中に帰ってきたので、これだけの文章でお許しくださいませ。
二人のシモーヌと題したのは、なぜか、そして、なぜ、ヴェイユの方がすきなのかは、明日書きます。では、09-9-9日 雨宮 舜(川崎 千恵子)
だから、他の女性が、断る力が少なくても、それはありうる話だと思っています。
この力ですが、どうして少ないかの原因の一つに、社会が女性に求めているパターンがあって、その一つの、『可愛いい』ということに、重要な価値が置かれているからでもありましょう。ただ、それだけではなく、親子関係も重要ですが、・・・・・
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それを書き表した本として、私のように、1960年代(昭和三十年代)に学生だった人間には、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性」は非常に重要な書物でした。
そして、ボーヴォワール自身も社会的には大きな存在でした。
ただ、私は、それを読んで、45年以上経っているので、さきほど、WIKIPEDIAで復習をしたのです。すると、驚いた事には、シモーヌ・ヴェイユ・・・・・・・・・・『重力と恩寵』他の著作があり、純粋な性格で、労働者階級に混じって働いたり反戦運動にミを挺したことで有名、34歳で、恋愛も結婚もせず?、早世した)・・・・・・・・・・の方が項目が多く、しかも書いてある事が長いのです。
私は昔から、ボーヴォワールよりはヴェイユが好きでしたが、この点に関して明日もっと詳しく書かせてくださいませ。
今日は出かける前にいえの掃除を熱心にしたうえに、外でもしんどく・・・・・それは本を書評献呈他で、差し上げているのですが、これって個展をするのと、同じくらい、つかれる事なのです。簡単にいっちゃうと、自分を打ち出しアッピールし、押し出し、押し付ける事なので、それが疲労困憊するのです。若ければ乗りに乗っちゃうという形で、別にどうって言うことも無いのだけれど、分別のある年頃ですからね。だから疲れちゃいます。
だけど、6冊目の出版後、まだ、三週間目ですが、すでに、好評が集まり始めました。それは、嬉しいことです。
尽くせば尽くすほど、報われるという事を知ります。それも嬉しいです。誰か、固有名詞を持つ、明瞭な他人に、尽くすわけではないが、創作と言うこと自体が、天に向かって尽くす事だと感じています。だからです。
ただ、その自分を打ち出すという、しんどい、しんどい事をやって、しかも、夜中に帰ってきたので、これだけの文章でお許しくださいませ。
二人のシモーヌと題したのは、なぜか、そして、なぜ、ヴェイユの方がすきなのかは、明日書きます。では、09-9-9日 雨宮 舜(川崎 千恵子)
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