宗教法人 鈴川キリスト教会

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

2022年5月15日礼拝メッセージ要旨

2022年05月15日 | 礼拝メッセージ
ローマ7:1-6          
律法からの解放

鈴川キリスト教会牧師

川崎 廣

 イエス・キリストを信じ、恵のもとにある生き方をしているクリスチャンは、自我と罪から解放されているだけでなく、律法からも解放されています。そのことを、パウロは結婚関係を通して教えています。

(1)結婚関係は死によって解放されます。
  法的効力や拘束力は死者には及びません。相手の死によって消滅します。

(2)キリストを信じた人は、キリストのからだによって律法に対して死んでいます。
  キリストが十字架に付けられたときに、律法の要求はすべて満たされました。

(3)キリストと結ばれて、神のために実を結ぶことができます。
  それを可能にするのは、御霊によって仕える生き方です。
  キリストが死なれたとき、私たちも罪に対して死にました。
  キリストがよみがえられたとき、私たちも新しいいのちにあずかりました。
  神様の求めを完成されたキリストとの結びつきにより生きるようになったのです。

 
 私たちは、神様に従う者として、信仰によって罪に死に、義に生きる生活になりました。神のために実を結ぶようにしましょう。

分かち合いのために
・あなたにとって、神のために実を結ぶ生き方とは、どのようなことでしょうか。分かち合いましょう。

今週の聖句
 私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、死のために実を結びました。しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。(ローマ 7:5,6)

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2022年5月1日礼拝メッセージ要旨

2022年05月01日 | 礼拝メッセージ
ローマ6:15-23 
信仰による従順

鈴川キリスト教会牧師

川崎 廣

 イエス・キリストを信じる人は、律法の下にではなく、恵の下にある生き方をします。しかしこのことは、ときとして誤解を招きました。恵の下にあるのだから気軽に罪を犯そうと、無律法主義的な生き方を考える人が出たからです。しかしパウロは、絶対にそんなことはありえないと教えています。

(1)罪の奴隷か従順の奴隷か(6:16)
 人間は何にも支配されずに、生きることは出来ません。必ず何かに支配されて生きています。 
 罪の奴隷となるか、信仰によって神に従う従順の奴隷になるかのどちらかです。

(2)キリストを信じた人は、義の奴隷となっている(6:17-18)
 クリスチャンは、もとは罪の奴隷でしたが、いまは義の奴隷となっています。
 これは神の恵と聖霊の働きにより実現されました。
 さらに、弟子たちの伝えた福音の真理に心から従うことによって、罪から解放されて
 義の奴隷となることが出来るのです。

(3)罪の奴隷の実と、義の奴隷の実のちがい。(6:19-23)
 罪の奴隷として自分の手足を用いた結果は不法と死です。
 しかし、自分の手足を義の奴隷として用いるならば、聖潔に至る実を結び
  神は主キリスト・イエスにある永遠のいのちを賜物として与えてくださいます。

 私たちは神様に従う者として、信仰によって私たち自身の身体を神様にゆだねて清潔に至る実を結ぶようにしましょう。


分かち合いのために
・日常生活の中で、自分の手足を神様に従った用い方をするために、どのようなことを心がけていますか。分かち合いましょう。

今週の聖句
 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ 6:23)

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