おにぎり2個の里みち歩き 農山漁村の今昔物語

おにぎりを2個持って農村・山村・漁村を歩き、撮り、聞き、調べて紹介。身辺事象もとりあげます。写真・文章等の無断転載禁止

島の野菜も囲われもの 間崎島 <鳥獣害18>

2013年02月23日 00時00分00秒 | 農業
写真1写真2

写真1 野菜は物々しい囲いの中。トタンで裾・下部を囲ってある。
写真2 ここも、野菜は囲いの中。ワイヤーメッシュ柵で裾・下部を囲ってある。

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1.離島、間崎島も鳥獣害
 間崎島の比較的平らな尾根・丘を走る車離合可能な舗装道路。
 その道を島の東端へ歩いていると、四方と上方をトタンやワイヤーメッシュ柵などで
 囲われ、被われた畑が2ヵ所(写真1・写真2)。
 中にはハクサイ、ダイコン、ブロコッリーなど野菜類。
 船着き場への帰り、その畑の前で会った人生ベテラン男性と次のように会話。
 < >は私の質問。
  <畑に囲いがあるのはイノシシがいるんですか> イノシシはいますよ。
  <上にも網が張ってありますね> いろんな鳥が野菜を突きに来る。

2.山浅く狭い離島のイノシシ、来島はいつ、どこから?
 さて、ここは離島、海に隔てられ、山は狭く、浅い。
 イノシシがいるとは、どういうこと?
 住民が移住したのは室町時代後期、16世紀前半1532年。
 住民より前に既に生息していたのか、はたまた後に海を渡って来たのか。
 いずれにしても、畑の作物を荒らされるので囲い防ぐ。
 ここ間崎島を含め、全国津々浦々で人とイノシシ、鹿、猿、野鳥などとがせめぎ合い、
 田や畑、山に害が出ている。

3.鳥獣害担当の普及指導員さん、よろしく!!
 47都道府県で鳥獣害軽減に活躍している農業の普及指導員さん、
 ご多忙のなか、よろしくお願いします。期待します。

 引用・参考文献等:当ブログ2013年01月25日2012年11月22日同月21日2012年01月08日
 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2013年02月02日 撮影地:三重県志摩市志摩町和具
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舟だまりに消防分団出動艇 間崎島

2013年02月22日 00時00分00秒 | 漁業・漁村

写真1 船だまりに係留された志摩町消防団第二分団の出動艇


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1.白い消防出動艇
 英虞湾、間崎島の海沿いの道、防波堤脇を歩いていると舟だまりに着いた。
 なんと、そこに白い消防出動艇(写真1)。
 志摩町消防団第二分団、と記されている。
 消防分団・消防団は住民組織。
 団員は日頃、消防を職とするのでなく、他の職に就いている。
 間崎島の団員はアオサや真珠の養殖、漁業を生業とするのであろう。
 消防艇操船はお手のもの。

2.所変われば品変わる
 さて、内陸に暮らす私が見慣れているのは赤い消防車。
 ここは、英虞湾の離島、車は海を走れない。
 やはり、海を走るのは舟、消防分団出動艇。
 火災や遭難の現場へ駆けつける、あるいは急病人を搬送する。
 まさに、所変われば品変わる。
 納得の舟だまり、白い高速消防艇、間崎島。

 引用・参考文献等:当ブログ2013年02月19日同18日
 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2013年02月02日
 撮影地:三重県志摩市志摩町和具
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我、イソヒヨドリに思う

2013年02月21日 00時00分00秒 | 野鳥
写真1  写真2

写真1 夕陽に向かうイソヒヨドリ♂ 間崎島
写真2 鹿児島市与次郎ヶ浜のイソヒヨドリ♂ 

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1.イソヒヨドリ、磯にとまる
 2013年02月02日、間崎島発16:20賢島行の船に乗るため港へ急ぐ
 防波堤越しに、港の左突堤に鳥
 よく見ると、イソヒヨドリの雄
 海岸・磯で見るイソヒヨドリの雄は初めて
 逃げられないように抜き足、差し足、防波堤の切れ間から撮る(写真1)
 間崎島で見た約1ヵ月後、02月10日
 鹿児島市の桜島を望む与次郎ヶ浜埋立地、護岸ブロックにイソヒヨドリの雄が飛来、撮る(写真2)

2.イソヒヨドリを見て撮って思う
 思うに、イソヒヨドリをかつて見ていただろうに、気にならなかった、関心なかった
 人間、視点を見つけると、変えると、関心を持つと世の中変わる
 あー、あ、もっと早く関心をもてばよかった
 世の中・人間、万事塞翁が馬ですかねー

 引用・参考文献等:弊ブログ2013年01月03日2011年10月08日
 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:写真1;2013年02月02日、写真2;同月10日 
 撮影地:写真1;三重県志摩市志摩町和具、写真2;鹿児島市与次郎2丁目
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英虞湾に緑のハンモック

2013年02月20日 00時00分00秒 | 漁業・漁村

写真1 神明側のアオサ網。海を挟んで右前方は賢島、中央前方に弁天島。


写真2 賢島のアオサ網、緑のハンモック。国道167号、神明と賢島の間、小瀬戸に架かる橋上から撮る。


写真3 賢島と神明を分ける小瀬戸を神明漁港方面へ帰るモーターボート型漁船。住宅は賢島。手前のアオサ網は神明側


写真4 びっしり伸びたアオサ、摘み採りを待つ。


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1.英虞湾に緑のハンモック
 2013年02月02日、鵜方駅⇒国府⇒国府白浜⇒渡鹿野島⇒国府白浜⇒国府⇒鵜方駅の順に賢島へ向かう。
 この間の出会い等は既に当ブログで紹介。
 賢島駅の手前、左の海、英虞湾にノリ養殖と思しき緑のハンモックが目に入る。
 緑のハンモックは間崎島へ行く渡船の左右にも、真珠養殖筏とともに多く見られた。
 真崎島で聞くと、海苔佃煮「えどむらさき」の原料となるアオサノリ・アオサ(ヒトエグサ)の養殖網と教えていただく。
 他の藻類が付かないように、網は干潮時に海面から離れる高さに張ってある。
 アオサは乾燥に強く、ケイ藻など乾燥に弱い藻類が付きにくくなる。
 間崎島からの帰り、16:48~17:10に撮った一部が写真1~写真4。

2.真珠養殖に替わりにアオサ養殖、しかし・・・
 英虞湾と的矢湾では、1956年(昭和31)頃からアオサ養殖が始まり、
 真珠養殖に陰りが見えた1960年代後半、昭和42年頃からアオサ養殖が増えた。
 生産量のピークは、英虞湾465トン(1974年・1979年)、的矢湾476トン(1972年)、両湾計908トン(1979年)。
 その後、富栄養化、塵芥など養殖漁場環境の変化、安定しない生産量と品質による経営不安定などから、
 生産量は年々減少傾向にある。
 平成2010年(平成22)には英虞湾196トン、的矢湾96トン、計292トンになった。
 ピーク時の約1/3に減少。

 引用・参考文献等:*当ブログ2013年02月17日同月16日同月15日同月14日同月13日、*志摩市あおさプロジェクトHP
 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2013年02月02日 撮影地:三重県志摩市阿児町神明
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あれ、なんだろー 蔦絡まる白壁 間崎島

2013年02月19日 00時00分00秒 | 施設等

写真1 蔦絡まる白漆喰土蔵、落ちかけたテレビアンテナ、何を語る?


写真2 白漆喰の蔦、傾いたコンクリート壁が語るのは、何?


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1.突如、白漆喰土蔵
 三重県志摩市、英虞湾に浮かぶ間崎島(まさきじま)。
 比較的平坦な島の尾根(丘)を車離合可能な舗装道路が走る。
 東端へ歩いていると、右手に立派な白漆喰土蔵、広大な屋敷(写真1・写真2)。
 “なんだ、こりゃ”の感。
 “あれ、なんだろー”の想い、調べ心が湧く。

2.かつて、間崎島は「宝石の島」
 調べると次のようである。
 1907年(明治40)に出願され、紛争を経て
 1908年(明治41)に特許権登録された養殖貝による真円真珠生産方法(Mise-Nishikawa Method)。
 この方法の進展は、1950年代・1960年代、折りしも我が国の経済高度成長期、
 間崎島に真珠産業全盛、繁栄をもたらした。
 当時、電話、ラジオ、テレビの普及率が日本一になったこともあり、
 「宝石の島」とも呼ばれた(伊勢志摩経済新聞2009年04月06日)。
 すなわち、昔日の繁栄を白漆喰土蔵と広大屋敷が語る、教える。
 今日の衰退を白漆喰の蔦、傾いたコンクリート壁、落ちかけたテレビアンテナが語る、教える。

 引用・参考文献等:当ブログ2013年02月18日
 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2013年02月02日 撮影地:三重県志摩市志摩町和具・間崎島
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