さよなら三角 また来て四角...日本編☆第二章☆

オーストラリアから10年ぶりに帰国。特別支援教育に携わりながら
市民農園・家庭菜園に励んでいます。

クリスマスと銃社会

2012年12月25日 11時45分39秒 | Web log
今日はクリスマスですね。

クリスマスの朝はいいですね。
前日からの子供たちの期待が一気に爆発します。

大喜びの子供たちを見るのが楽しみな私です。

引越しのあれこれで忙しい私たちですが、昨日、そして今日と
二家族にディナーに招待していただきまして、クリスマスを過ごします。

こちらに親戚がいない私たちにとっては、そんな思いやりがとっても身に沁みます。

さて

先日、アメリカの小学校で銃の乱射事件がありましたね。
亡くなった幼い子供たちそして、体を張って子供たちを守るために犠牲になった
先生たちに哀悼の意を表したいと思います。

しかしその後もアメリカでは銃による犠牲者が後を断つことはありません。

マイクは「これだけの悲惨な事件が起きても尚、より厳しい銃規制を求める声
よりも、アメリカ国内での「銃規制は必要ない」という声がネットで沢山
見られることに、失望する」と怒りまくっているのですが

コントロール不能なほどに銃が出回りすぎているという現実。

撃つか? それとも 撃たれるか?

銃をもってる人が攻撃してくる可能性がゼロにならない限り
自衛手段を持たないなんで具の骨頂、という理屈なのかなぁと思います。



「ミッション」という映画を思い出しました。

スペイン統治下の南米パラナ川上流域で先住民グアラニー族へのキリスト教
布教に従事したイエズス会宣教師のお話。

スペインとポルトガル両国によって南米領土の国境線引きが行われ、イエズス会布教地区は
ポルトガル領に編入。イエズス会の宣教師たちは撤退を命ぜられます。

が、グアラニー族と行動をともにすることを選択した宣教師たち。

メンドゥーサという宣教師は暴力で、
ガブリエルという宣教師は非暴力で抗戦。

この対照的な二人の行く末が映画の中で描かれるのですが、その映画を観たときに

相手が暴力で迫ってくるのだから、暴力で対抗するのもあり得る。
無抵抗で「勝つ」見込みもなくただ死んでいくのは無駄死になんじゃないか?

と考えている自分を否定できませんでした。

しかし、「汝の敵を愛し許せ」と説くキリスト教の宣教師として、剣をもって敵に立ち
むかうのは有りなのか?とも思いました。

わたしならどちらを選ぶか?

そう自問するときにどちらも選択できない自分がいることに気付きました。

さて

こんな悲惨な状況になってもなお、銃規制に反対する声があるのは、現実問題として
銃のない社会の実現は不可能と思っている人が多いからかなと思います。

「武装して襲ってくる敵の前で無駄死にしたくない。愛するものを守るために
なんとか応戦したい。」

映画「ミッション」のガブリエルのように「非暴力、無抵抗、不服従」でやられるくらいなら、
ぎりぎりのところで、メンドューサのように戦いたいと思うほどアメリカ社会の銃による暴力は
自分が「死ぬか生きるか」を迫られるほどに深刻な状態なのかと。

YouTubeでアメリカを代表する有名人たちが
Demand A Plan to End Gun Violence
という動画で銃の規制を訴えています。

そしてこの動画に対して、"Like"を上回る人が"Dislike"をクリックし、彼らを「偽善者!」
とネットで批判している....これがアメリカの現実なのです。

署名

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