さよなら三角 また来て四角...日本編☆第二章☆

オーストラリアから10年ぶりに帰国。特別支援教育に携わりながら
市民農園・家庭菜園に励んでいます。

年の瀬に思う

2010年12月31日 10時17分26秒 | Web log
2010年もあっという間に今日で終わり。

今日は友人宅でニューイヤーイブのパーティがあり、訪問します。

で、パエリアをまた作っていきます。


日本にいる家族、お友達、名前も顔も存じ上げることもないけれど、
でもこのブログを読みに来てくださる皆さん、

この地で親しくさせていただいている皆さん、お友達、

そしてマイクと子どもたち。


どうもありがとう!!!!


ま、人生山あり、谷ありで色々ありますが

いいことも悪いことも全部ひっくるめて、有意義な今年を過ごさせていただきました。

新しい年もきっと同じだと思います。

笑ったり、怒ったり、つぶやいたり、悲しんだりしながら、あっちこっちの問題に
首をつっこんだり、首をつっこまされたりしながら、あれこれ考えて、自分なりに行動し、
納得のいく毎日を過ごしていくことでしょう。


今年もお世話になりました。新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。


新しい年、特に何が待っているわけではないですが

わくわくしますね!!

では、よい年末年始をお過ごしください。

西武池袋線 ちかん冤罪被害者 小林さんを応援します! 『推定無罪』は近代法の基本原則なのに・・・

2010年12月30日 10時21分11秒 | Web log
以前、膠原病 国に指定された難病である強皮症を患い、指を動かすと激痛が走るにも
関わらず、痴漢行為を行ったとされ、本人は無罪を主張しているにも関わらず
一審、二審共に敗訴、最高裁での上告が棄却され、今、刑に服している小林卓之さんのことを
ブログに載せました。

現在、署名TVというオンライン署名活動のサイトで1000を超える署名が行われ
また メディアやニコニコ動画等でも この事件が取り上げられております。

またオンラインユーザーの会が立ち上げられ、様々な運動が展開されております。

最初は全くといっていいほど十分な医療処置が受けられていなかった小林さん。
血管拡張剤を点滴投与してもらえるようになり、また安静のため横になることも
許可されるようになり、対応は多少改善されているようですが、それでも症状は
悪化しているようです。

特に寒さが病状を悪化させるという性質をもっているため、暖房もきかない刑務所で
小林さんは非常に苦しい状況を強いられております。

口腔内の乾燥により舌から出血、食事がのどを通らない、下肢のうっ血、つめの陥没
などの症状がでてきています。

どうぞ、心あるかた、法務省の意見メール等で 抗議をおこなってください。

詳しくは 小林さんの命を守るネットユーザーの会までアクセスしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kobayashiinochi/

よろしくお願いします。

で、この事件ををはじめ、栃木県でおこった菅家さんのえん罪とか、お亡くなりになった
警察ジャーナリストだった黒木氏が追いかけていた警察の腐敗に関する様々な問題等々
司法制度の問題を考えたり、ちょっとだけ調べたのですが

『推定無罪』について、非常に考えさせられました。

ちょっとぐぐるだけで、いろんな情報がつかめます。

Wikipedia等を読んでみると、こうあります。

『推定無罪(すいていむざい)は「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、
近代法の基本原則である。』

『狭義では刑事裁判における立証責任の所在を示す原則であり、「検察官が被告人の有罪を証明しない限り、
被告人に無罪判決が下される(=被告人は自らの無実を証明する責任を負担しない)」ということを意味する
(刑事訴訟法336条等)。

広義では、有罪判決が確定するまでは何人も犯罪者として取り扱われない(権利を有する)ことを意味する』とあります。

また、「無罪の推定」(presumption of innocence)は、「疑わしきは被告人の利益に」(in dubio pro reo)の原則より
広く、被疑者・被告人は、有罪の犯人と区別し、むしろ無辜の市民として扱われるべきだという意味として捉えられており(広義の推定無罪の原則、別名「仮定無罪の原則」)、国際的にも定着している。

『これは、国際人権規約にも明文化されており、日本も批准している。そのB規約第14条2項は「刑事上の罪に問われている
すべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と、権利の形で明確に保障している。』

とありますが、実際はそうでしょうかね。

小林さんが電車のなかで私人逮捕され、逮捕した目撃者の証言と小林さんの上着が色は似ていても、全く違うものであったにも関わらず『私人逮捕された時点で』限りなく黒に近い容疑者というアプローチで警察も、検察も対応したに違いありません。取調べで小林さんが『わたしはやっていません』と言っても髪を引っ張られるなど、精神的、肉体的拷問をうけるなど、
推定無罪の原則からかけ離れた対応をされている。

これは警察、検察の対応が云々と言っても、埒があかないと思うんです。

警察、検察という職務の性質自体が『犯人を捕まえる』ということが第一義としてあるから、
傾向として、そうなってしまうと思うんですよ。1%でも犯人である可能性があるなら
逃がすことはできない!!!と。

そういう傾向が正しいかどうかは別として。

そしてどんな人でも権力を持った時点で危険かつ独裁的な方向に暴走する可能性を持っている
ということを、深く認識しなければいけないと思います。

じゃ、どこでバランスを取るか??

そこが問題なんでありまして。

フランス人権宣言(1789年)第9条で

「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、
その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。」

とあります。

フランスで200年以上も前に宣言されたこの条文が、日本で確実に実施されているか??

そうは思いませんね。

現在のシステムでは、初動捜査の段階で『被疑者、容疑者の人権を擁護する機能』が存在していないと
思うんですね。

ようやく取調べの可視化への取り組みが始まろうとしているようですが。

書類送検前の取調べの段階で 弁護士 が同席するとか、被疑者をサポートする存在=警察・検察を抑止する
力が働くようにしないとだめだと思うんですよ。(イギリスがそうであるように)

精神的、肉体的苦痛にしかも密室でさらされたときに、被疑者、容疑者の気持ちは極限まで弱くなってしまうと
思います。

そんな状態で「自白を強要されてしまい」、自白を元に書類送検された時点で判決は下されたようなもので、
裁判の場所でそれを覆すのは、非常に難しいと思うんです。

その流れを変える装置をシステムの中につくらないと。

現在の司法システムが『推定無罪の原則に基づいて、被疑者、容疑者の人権を保護する機能が欠けている』
ということを示しており、それが「えん罪を量産する」体制を維持しているということなんだと思います。

いかがなものでしょう。

永遠の別れ

2010年12月29日 09時15分57秒 | Web log
先日ブログでもお話しましたが、ベンジャミンのおともだち(Eathan)のお父さんが
闘病の末、亡くなりました。

先週の水曜日、突然連絡がきて、火曜日の朝に亡くなったことを知りました。

連絡を受けたときは、気が動転してしまい、そんな私を見てジョナサンまでもが
「どうしたの? どうしたの?」と聞く始末。

ベンジャミンのお友達は4歳になったばっかり、お姉ちゃんは6才。

まだまだ小さいです。

自分の父が亡くなったときのことを思い出してしまいます。

もう35年以上も前のことなのにね。

その家族とは、ベンジャミンが通っていたモンテッソーリスクールを通しての
お付き合いだけで、特に親しかったわけでもなく。
でも、そのお父さんとはちょっとした思い出が。

その思い出はと言いますと。

ある日、ベンジャミンを学校に連れて行くために車を走らせていたのですが、
遅刻しそうだったので、気が焦っていました。

ラウンドアバウトに進入し、最後の出口を抜けたとき、2車線道路の右側のレーンを
走っていたのですが、先の信号で左折をしなければならなかったので、左のレーンに
車線変更をしました。

焦っていたので、後方をよく確認せずにそのまま左に寄ったのですが、
そのお父さんが左車線で後ろを走っていたのでした。

で、もうすこしでぶつかるところだったのです。

お父さんが運転していた車は BMW。

もう、冷や汗ものでした。

で、学校についたら謝ろうと思って、急いで「先ほどは申し訳ございませんでした。
急いでいたので、後方を十分に確認しないで車線変更してしまって。」と言ったら、
特に怒るでもなく許してくれまして、「優しい人でよかったぁ」と思ったことを
覚えています。

ベンジャミンが学校を辞めることになった最後の日、たまたま、お父さんとEathanが
学校の前の公園で遊んでいたので、「Benjamin、今日で学校辞めるんです」と話しかけたときも
「子どもがHappyなのが一番大事だから」と言ってくれ、わたしがお母さんと色々話し込んでいた
ときも、EathanとBenjaminと遊んでいるの見てくれていたお父さんを思い出します。

そのときは、既にEathanのお父さんが癌を患っていることを知っていました。
その事実を知らされてからずっと、自分が幼いときに父をなくしたことと重なって
Eathanのこと、そしてEathanのお父さん、お母さんのことがずっと気になっていて
ベンジャミンが学校を辞めた後もそれはずっと続いていました。

なので、先日お店でばったりEathanとEathanのお姉ちゃん、そしてお母さんと会ったときに
お父さんの容態を聞かずにはいられなかったのでした。

Eathanのお母さん、そしてEathanとおねえちゃんが、これからどんな思いと向き合わなければ
ならないのか。悲しみという傷の『うずき』がいずれ落ち着いていく時がくるかとは
思いますけれど、それでもずっと心の奥深くまで刻み込まれた傷は決して消えることはないかと思います。

お父さんの思い出が消えない限り、その傷も消えることはない。

彼らがこれから向き合うだろう痛みを何とかしてあげられるとは思えないし、
お父さんを思えばこその傷であり、痛みなのであれば
その傷自体を何とかしてあげようとも思わない。

「死」という、人類が有史以来ずっと抱え続けてきた恐怖、悲しみ、そして痛みを
何とかできると思うこと自体、不遜だ。

残された家族は、それぞれにとてつもない孤独を感じるときが何度も訪れると思う。

亡くなったお父さんの代わりになれる人はでてこないだろうから。

わたしじゃ、何も補えない。

でも「ひとりぼっちだと思わないでね」ということだけは、伝えたいと思う。

今日、お葬式に参列してきます。

♪ダバダ~ 違いの分かる男 

2010年12月28日 09時04分36秒 | Web log
パースはとんでもなく暑いのですが、家族で楽しめるような屋内娯楽施設がないので
体を動かすとしたら、行く場所は「プール」しかありません。

ビーチは暑すぎる。

政府の広告などでは、10時から3時はUVが強すぎるので、ビーチは避けるように
といわれてます。

だから、朝早くいくか、夕方から行くかしかないんです。

今日は、暑い時間帯を避けてビーチに行く予定なので、昨日は近場のプールで
手を打ちました。

家の中にいると子どもたちが退屈してネジが外れちゃうんですよ。

で、プールに行く前に、プールの近くのショッピングセンターへ行きまして
ちょっと買い物をし、日本食のテイクアウェイのお店に行って
ご飯をたべました。

私はしょうが焼き丼、マイクは牛照り焼き弁当、子どもたちはうどんを
頼みました。

オープンしたての頃に行ったら、まぁまぁだなぁと思っていましたが
昨日行ったら、質が落ちていました。

よくあることなのですが、オーナーが日本人ではないので
最初から期待度はあまり高くありませんでした。
にも関わらず、最初は「また来てもいいかな」というレベルだったのですが

開店当時の質が維持されず、利益に走っているのかなぁと思いました。

で、

マイク「このご飯、おいしくないね」

私「オーナーが日本人じゃないからね、それに全体的に質も下がってると思う」

マイク「ま、よくあることだよ」

私「それにしても、日本人は米の質は下げられないと思うな。ごはんのおいしさは『必須条件』だと思うし。」
「だから、おいしいお米を求めてあちこちのお店を回るんだと思うよ」

マイク「それにしてもこのごはん、まずいよ。僕でもまずいと思うんだから」

マイクの口から「ごはんがまずい」なんて台詞を聞くとは夢にも思わなかった。

白ご飯にしょうゆやマヨネーズをかけて食べる邪道者。
ごはんをそのまま食べて、「このごはんおいしいね」なんていう日本人の気が知れない。
「味なんて一緒だ。というか、味なんてない!!」と主張していたのに。

結婚して10年になりますが、10年もご飯を食べ続けて「違いの分かる男」になったんだ。

と思ったら、少し感動しました。頭の中でネスカフェ・ゴールドブレンドの「ダバダ~」の
曲が流れておりました。

「おいしいごはん」を提供しつづけてきた甲斐がありましたねぇ。

10年ですよ~。

ま、それはどうでもいい。無理やり教えなくても、継続して続ければ
次第に覚えて、体に沁みこんでいくんだということを証明してくれました。

で、その後プールに行きまして。

昨日、ジョナサンは50メートルに挑戦しました。泳げましたよ。

折り返して100メートル泳ぎました。後半はいささかスピードが
落ちていましたが。

そして帰ってきてから、クッキーを仕込みました。

今日の午前中、子どもたちと一緒に焼きたいと思います。

BOXING DAY に ミートパイを作る

2010年12月27日 12時05分21秒 | Web log
26日、昨日は BOXING DAY(ボクシング・デー) でした。

ボクシング・デー とは Wikipedia より 

「クリスマスの翌日で、元々は、教会が貧しい人たちのために寄付を募ったクリスマスプレゼントの箱(box)を
開ける日であったことから"Boxing Day"と呼ばれる。スポーツのボクシングと直接の関係はない。

クリスマスも仕事をしなければならなかった使用人達に翌日、家族と過ごさせるための休日で、
この日は一家の者達が使用人に頼らず自分で全ての家事をしなければならない。

また当日、主人が箱に贈り物を入れて彼らに配った。他、クリスマスにカードやプレゼントを届けてくれた
郵便配達員にも、労いの意を込めて26日(当日が日曜日の場合は27日)に箱入りのプレゼント(Christmas box)をする。
また、バーゲンセールが行われる。」

ということで、ボクシングデーという言葉は残っているものの、形骸化していて、なぜ26日がボクシング・デー
なのか知らない人も多いと思います。わたしも、箱を開ける日というのは知っていましたが、何の箱なのか?
クリスマスプレゼントは25日に開けますから、なんだろうと思っていましたが。

現在は、26日には「クリスマス関連の商品の売り尽くしセールをはじめ、年末セールがスタートする日」
というのが、多くの人が待ち望んでいるボクシングデーなのかと思います。

で、開店前からお店の前に多くの人が並びます。

去年までボクシング・デー のセールのことを知らなかった私。
去年、ジョナサンが開けたクリスマスプレゼントの中身が空っぽだったので、返却に行ったら
多くの人だかりで、びっくりし、セールの存在を知ったのであります。

で、昨日は日曜日でしたが、多くのお店でセールがスタートしました。

わたしも「セールだし、行ってみようかなぁ」なんて思いましたが、
特に必要なものもないし、無駄に買ってしまう傾向があるので、止めました。

で、昨日は 午後からプールに行きました。

ジョナサンはここ最近、泳ぐことに自信がでてきたらしく、マイクがちょっと教えただけで
クロールで息継ぎもできるようになり、25メートル泳ぎきりました。
50メートルも泳げそうな勢いです。25メートルで折り返し(一旦足をついて)50メートル
泳ぐことは可能です。

ベンジャミンは、おとといの晩にみた「KARATE KIDS」の世界に浸っておりまして
Jackie Chan と Jaden Smithのやりとりを再現しながら、プールの中で
カンフーをしていました。

想像の世界に浸って、ときに私に「 Control your brain 」などと、
Jackie Chan が言ったと思われる台詞をまねしながら わたしを Jaden Smith にみたてて
話しかけ、技をしかけるまねをしたり、プールの縁から 回し蹴りをしながら飛び込んだり。

おもしろい子です。 

で、しばらくしてジョナサンは、深さ4mダイビング・プールに飛び込みに行きました。

私もマイクもベンジャミンも何度か飛び込みました。

マイクが「なんだかわくわくするよね」と言うのですが、私的には「別に」って感じです。
ジョナサンが何度も何度も飛び込むのをみて、「なんでそんなに楽しいの???」と
思うのですが、きっとマイクとジョナサンはその楽しさを分かち合えるのかな?と
思います。

ま、何度か飛び込んで、結構深いところまで潜って、
「あぁ、海でダイビングとかしたら楽しいだろうなぁ」と思いました。
子どもたちがちょっと大きくなったら、ダイビングのライセンス取りたいですね。

でも、まぁ、まずはシュノーケリングから。

今年の目標「家族でシュノーケリングをする!!!!」

で、帰ってきてから、ミートパイを作りまして。

赤ピーマン、にんじん、たまねぎ、にんにくを塩コショウで味付けして炒めて冷まし
合いびき肉、トマトケチャップ、ソース、パン粉、粉チーズ、カレー粉と混ぜて
練り、パイシートを敷いたパイ皿に載せて、もう一枚のパイシートでふたをして
200度のオーブンで30分ほど焼きました。

赤ピーマンが嫌いな ジョナサンもマイクもペロッと食べていたので、
これまた大成功。

簡単でおいしかったです。

その後は、みんなでトイ・ストーリー3のDVDを観ました。

クリスマスも終わって、のんびり、まったりとした毎日を過ごしています。

休日は明日まで続きます。

メリークリスマス!!! パエリア作りました。

2010年12月25日 22時36分32秒 | Web log
今日はクリスマスでした。

お店がほとんど全部しまって、道路は朝からガラガラ。

でも、車を走らせると、玄関前に何台か車が止まっている家をあちこちで
見かけました。

「家族とか友達が集まって、パーティしているんだなぁ。」

わたしたちは、午前中プレゼントを開けたり、遊んだりしてゆっくりすごし、
午後からビーチに集合してビーチで遊んで、一緒に食事して8時過ぎに帰ってきました。

で、パエリア、作りましたよ。

写真を撮り忘れました。

サフランから上手く色がでなくて、黄色くなかったのですが。
味はおいしかったです。

あっという間に無くなりました。

実際の話、味は良かったんですけれど、食感がリゾットっぽかったんですよね。

弱火で長く調理しすぎたのかな。

でも、皆さん「おいしい、おいしい」と言って食べてくれました。

注文の多いジョナサンもおいしいと言ってくれました。

これからも何度か作って、極めたいと思います。

想像以上に簡単でした。

暑かったせいか、集合場所についてすぐ、子どもたちは水に入りたくてしょうがない様子。
去年まで水を怖がっていたベンジャミンも、ジョナサンと一緒に胸が浸かるくらいのところまで
入っていくことができるようになり、ジョナサンはもう1人の3歳年上の男の子と一緒に
2人ペアでカヌーを漕いだりして、2人とも水にすっかり慣れて、自信ができてきている
ようでした。

西オーストラリアの北に「ニンガルー・コーラルリーフ」という場所があるんですけれども
来年は是非そこに行き、家族でシュノーケリングをしたいなぁというのが私の願いです。

クリスマスにパエリアを作る 

2010年12月24日 12時51分57秒 | Web log
パエリアといえば スペインの炊き込みご飯。

サフランで黄色く色をつけたごはんの上に、えび、いか、ムール貝
(オーストラリアでは Mussel と呼ぶのをよく聞きます)を並べたり
あるいは、チキンとかチョリソと呼ばれるサラミのようなソーセージを
載せたり、いろいろのようです。

パエリアでわたしが思い出すのは皇太子妃 雅子さま。

婚約が決まったときに、得意料理は「パエリア」とおっしゃったのを覚えております。
(私、ミーハーですね)

でもって、「雅子さまは海外生活が長いからねぇ~パエリアなんて、
ハイカラな料理をつくるんだぁ」と思ったのを覚えています。

で、明日はクリスマスなので、午後から友達の家族とビーチに行いって
お祝いするのですが。

持ち寄り料理をパエリアにすることに決めた!!

えびとチキンとチョリソを載せるのですが。
わたしはえびと、いかと、ムール貝にしたかったのだが。
シーフードにするとマイクが食べられないから
えびだけにして、あとは子どもが喜びそうなチキンとソーセージ。

で、昨日パエリア・パンを買いにでかけました。

いろいろレシピを検索してみましたが、意外と簡単で、でも見た目豪華。
パーティー料理には最適です。

で、パエリア・パンを買いにでかけたときに、お店の店員が声をかけてきた。

わたしは、店員に声をかけられるのがとても苦手なので、「Just looking」と答えたのですが
「パエリア・パン見てるんでしょ?わたしスペイン人で、スペイン料理のCatering(仕出し料理を
作って、パーティーなどに持っていくビジネス)しているの。パエリアのことで知りたいことが
あったら、聞いて」と言われた。

とても親切なお姉さんだった。

んー、さすがラテン系だね。とてもフレンドリーで人懐っこい。

で、レシピもってんの?とか、お米は洗っちゃだめよ、とか、かき混ぜちゃだめよ、とか
火加減は均等にとか、色々アドバイスをもらいました。

で、紹介されたパエリア・パンはテフロン加工されていないものだったのですが、焦げないの?と聞いたら
「こげがいいのよぉ。こげがおいしいのよ。」と言われて、
「あぁ、そういう感覚は日本と似てるなぁ」と思いました。

確かに、おこげっておいしいですよね。

で、最後に、彼女お勧めのレシピまで教えてもらいました。
レシピ本のところまで連れてってもらって、「本を買えなんて言わないから、読んで覚えていって!」

とってもいい人でした。

『人のことなんか、どうでもいいと思っている人が多いよなぁ』と思うことが
しばしばのパース(オーストラリア)ですが、そうじゃない人もいるんだよねと再確認され、
心がほっこり暖かくなった クリスマス前のひと時でした。

彼女に丁寧に感謝の一言を言うのを忘れてしまったことに気がついて。

またそのお店に行ったときに、パエリアの報告も兼ねてお礼をいいたいと思います。

今晩、パエリアの実験をいたします。成功するか否か、乞うご期待。

次は僕の番

2010年12月23日 09時28分36秒 | Web log
昨日のアルバートの話の続きです。

アルバートの甥っ子は、ただいま17歳。来年、大学に進学するためにオーストラリアへやってきます。
今年、ビルマ(ミャンマー)に帰国したときに、彼に会ったらしいです。

高校で本当にいい成績を残し、アルバートが帰国して彼に会ったとき
一生懸命英語で話しかけてきたらしい。

「全部、英語で会話できた。感心した」と言ってました。

その甥っ子のために、おばさん(アルバートがオーストラリアで大学進学するために
援助してくれた人)は、最近、その男の子のために持ち家を売り、小さい家に引っ越して
資金を用立て、彼がオーストラリアに来るのを待っているとのこと。

おばさん、83歳。

旦那さんは既に亡くなっているので、未亡人です。

その年で、家を引っ越したり、環境を変えたりするのは大変だろうに。

でも、自分の短い将来よりも、長い将来と可能性をもつ子のために
援助することを決めた。

そして、彼女に万が一何かあった場合のためにとアルバートに言い伝えている『遺言』は、
彼が自立する前に彼女にもしものことがあったら、アルバートが面倒をみるということ。

彼は、微笑みながら言いました。

「もちろん、その遺言を快諾しました。そうすることが結局、おばさんへの
恩返しに繋がるし。直接彼女に何かを返すわけではないけれど。」

個人主義とは正反対の『縁』を大事にする価値観だなぁと思いました。

アルバート、そしてアルバートのおばさん、素晴らしいと思います。

ちょっとうるっときました。

そして、来豪する17歳のアルバートの甥っ子も、将来きっと親族に貢献する
なにかをするんだろうなぁと思います。

こういうのを Pay Forward というんでしょうね。

こうやって 良い行いを 連鎖させていく。

自己満足と自分の幸せのためだけに、終わらせない。

自己犠牲を厭わず、相手のことを考えて、相手のために何かすることを選んでいく。

そしてそれを後世につなげていく。

素晴らしいなぁと思いました。

それを当然のことと考え、大変とも苦労とも思わない。

アルバートが見せる人懐っこい、くったくのない笑顔が全てを物語っていると
思いました。

突然でしたが、「来てくれてありがとう。色々お話聞かせてくれてありがとう。」
そんな気持ちになりました。

ところで、アルバートは長髪なんです。

後ろをだんごに結ってました。

どうしてだろう・・・ 理由聞くの忘れた。

もう終わったことだから・・・

2010年12月22日 10時40分47秒 | Web log
昨日、突然 マイクの部下(名は アルバート)がビールを持って遊びにきた。

正確には、元部下。つい最近、同じグループ内の別会社に異動になったので。

彼のことはマイクを通じて色々聞いていたけれど、会った事がなかったので初の顔合わせ。
彼はビルマ(ミャンマー出身)人。

教育を受けるためにおばさんを頼ってオーストラリアに来て、永住権を獲得しました。

とても人懐っこい人で、エンジニアっぽくなかった(笑)

夕食前の突然の来訪だったのですが、在り合わせのものを出して

遅くまでおしゃべりを楽しむ。

最初は、マイクとアルバートが仕事の話をして盛り上がっていたのですが、

一通りつまみ等を出して、わたしも参加。

個人的に、ビルマ(ミャンマー)に注目しているので、国のお話でも聞こうかなと思って。

で、最近アウンサン・スーチーが最近軟禁状態から開放されまして、その後彼女はどうしているのか。
気になってました。ので、その話から。

彼女はイギリス人と結婚したのですが、解放運動のためにミャンマーに戻って以来
軟禁され、その間にご主人はイギリスで死去。2人の息子もイギリスにいる。

彼女は、イギリスに戻ったのか?
それとも、ミャンマーにいるのか?
息子たちとはどうなっているのか、
聞いてみた。

「彼女はイギリスには戻りませんよ。絶対に。戻ったら、軍部が大喜びしますから。
そして、彼女が一旦国外に出たら、二度とミャンマーには戻ってこれないでしょうから」

で、わたしは日本軍がビルマの地で、ビルマとイギリスを相手に戦ったという史実を
知っていたのでそのことに触れたら、彼が詳しく教えてくれました。

ここでの詳細の話は止めますが。

イギリスと日本との間で、ビルマは大変だったんですね。

で、私は日本人、マイクはイギリス人。

彼にとっては「憎らしき敵国出身者」だったわけです。

そして彼はこういいました。

「もう終わったことだから。過去にしがみついて、憎み怒りつづけたところで
どうにもなりませんから」と笑顔で言いました。

彼のコメントに感謝しました。

彼のいとこは日本で教育を受け、日本で働き、日本に住んでいたことがあるそうです。

「彼は日本が大好きですよ」とも言ってました。

彼のお父さんは電気技師でビルマで公務員をしています。
発電所の管理をしているらしいです。
で、数年国境近くの発電所に赴任になったことがあり、
そのときのエピソードを聞きました。

2日かけて、次の赴任地にトラックに乗って家族で移動したときに
トラの遠吠えを聞いて、怖かったとか。
トイレ休憩で、茂みにおしっこをしにいったときに、恐怖におびえたとか
発電所には蛇がなぜか沢山いて、蛇をふりまわしたことがある。
蛇を振り回す=骨折させて殺す ということだとか。

なんだか、わくわくする話でした。

そんなことをした経歴があるにも関わらず、今は「へび、ゴキブリ、くも」
等々が、大嫌いだそうです。

外で庭仕事をしているときに、手にセアカゴケグモが落ちてきたという話をし始め

彼曰く「I was so angry!!!!」

アングリー(怒る)という表現がとても愉快だなぁと思いました。

びっくりしたとか、怖かったとか、気持ち悪かったとかじゃなくて

Angry なの????

で、「Angry だったから、叩き潰してやった。」と言うのです。

と言うので、なんだかその表現が面白くて、笑ってしまいました。

アドレナリンというホルモンしってますよね。

Wikidpediaを見ると、こうあります。

アドレナリンは『交感神経が興奮した状態、すなわち「闘争か逃走か (fight-or-flight)」のホルモン』と呼ばれる。
動物が敵から身を守る、あるいは獲物を捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、
全身の器官に引き起こす。

要するに、Fight or Fright 闘争か、逃走か?の状態に迫られたアルバート。

彼は、セアカゴケグモを見て、脳内にアドレナリンが放出された。

で、『逃走』ではなく『闘争』に反応したわけで。

で、Angry という表現になったのでしょう。

面白いな、と思いました。くすくす。

掛け算について考える

2010年12月21日 10時06分14秒 | Web log
昨日は、朝から雨、風。

ニューサウスウェールズ州のスキーリゾートの辺りでは
雪が降ったそうです。

真夏に雪? 異常気象?

ではないわけで、数年に一度はこういう現象がみられるとのこと。

西オーストラリア州も、夏なのに寒いです。

クリスマスには持ち直すようですが。

夏休みに入ったので、子どもたちとゆっくり過ごしています。

私が小学校の二年生だったとき、夏休みの宿題のメインは
九九を暗記することだったと記憶しています。

7の段、8の段、9の段さえ押さえれば、楽勝なわけで。

で、ジョナサンにも九九を記憶させようかと。

で、英語ではどうやって暗記させるの?

とマイクに聞きましたら、確かに学校で暗記はさせるけれども

あまり暗記に時間は費やさないとか。

なので、頭にこびりついているわけではないようで。

えっ?????

だって、そりゃ、掛け算の概念をたどるのも大切でしょうけれど

4X6は、4を6回足すことと同じとかね。

でも、計算は、理屈じゃないわけで。

計算は機械的なものなわけで。

早ければいいってもんじゃないかもしれないけれど

でも、あれこれ悩んで答えを出すものでもないような気もする。

で、ジョナサンも掛け算を習い始めたらしいのですが、

数が大きい掛け算で即答できないと、適当に答え始める。

時間がかかるのは別にいいのですが。

適当、あてずっぽというのが気になる。

数学に適当は通用しないのだ!!!!!

考え方が正しくても、答えが間違っていたら間違いなのだ。

間違えることを怒っているのではなく、

例えば 9X3の質問に対して、9個の○ を3列 紙に書き出して
数えるという非常に原始的で時間のかかる方法を提示するのだけれど
それを面倒がってやろうとしないので、わたしがイライラしはじめる。

正しく答えるための努力を怠ること自体にムカっとしてしまうのだけれど
9x3の答えが 27だろうが、30だろうが、子どもにとって
どうでもいいことだから、やる気がないというのも分かるんだけどね。

それが嫌なら、やっぱり、暗記させるべきじゃない???という思いに達する。

でも、そういうとマイクは「日本のやり方を押し付けようとしている」
みたいなことを言い出す。

でも、やっぱり

九九は基本の基本でしょぉ。

九九に悩む時間があったら、他のもっと難易度の高いこと、高度なことに
時間を費やして考えるべきなんじゃないの???

数学は突き詰めると哲学だ、なんて言う人がいました。

大学あたりにいくと、数学も現実から離れて、形而上学的になっていくらしい。

例えば、高校あたりで習う虚数なんて、実際の世界には存在しないわけでして。

英語では イマジナリー ナンバー(Imaginary Number) っていうくらいですから。

でも、信号処理、制御理論、電磁気学、量子力学、地図学等の分野を記述するには
虚数が必要となるんだそうです。

なので、現実の世界にあることを説明するという意味では大事なんだけど
実際には存在しない数。ふ~ん 興味深い。

虚数という概念を導入したのはデカルトだそうで。

デカルトは哲学者として高校で習ったのを記憶している。

ま、そんなことはどうでもよく・・

九九は暗記したほうがいいと思うんですけれど。

電卓をつかえばいいじゃん、なんていう考えみたいですけどね。

そうですかね。

染み付いた価値観は、中々変えられないということなんでしょうか。

私も、そしてマイクも。

署名

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