シャープと台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業との出資交渉が難行しているという。
鴻海がシャープに対し全株式の9.9パーセント出資することでいったんは合意したが、その後シャープの株価がおよそ3分の1にまで下がったため、当初予定していた670億を鴻海が出資すると、9.9パーセントを大幅に上回る。全株式の10パーセントを越えると解散請求などが可能となるため、経営権のかなりの部分を鴻海に握られてしまう。
それを嫌がるシャープと、予定していた金額を出資したい鴻海とがせめぎ合いを展開している。
シャープの苦境は日本の家電メーカー全体の苦境を象徴していると言われている。
数年前まで、シャープの亀山ブランドの液晶テレビは世界最先端をいっていた。
なぜ、シャープは苦境に陥ったのか。
日経ヴェリタスが提供するポッドキャストで詳しく説明していたので要約する。
それは、垂直統合モデルが行き詰った結果である。
シャープの亀山工場は日本初の垂直統合モデルであった。
部品生産から組み立てまでを一箇所の工場で生産する方法は、安定調達が可能だけでなく、高い品質管理が可能で、高性能な製品を大量に生産できる。
その反面、垂直統合モデルは、運営が難しいとも言われている。
最先端の技術を維持するためには巨額の設備投資を続けなければならない。稼働率が低下すると、投資した金額が回収できなくなり、破綻してしまう。
2009年にシャープが技術の粋を結集させて建設した堺工場の稼働率は今や3割ほどだそうである。
稼働率を上げるためには、どこかと提携して、OEMなどで製品を消化させなければならなくなる。
この自前の技術の自負とこだわりが裏目に出てしまったのが今回の苦境の原因のひとつでもある。
シャープは情報流出を極端に恐れたため、自らの技術をブラックボックス化してしまった。
画質のよさはサムスンなどと比べれば明らかに上だった。
もし、この技術を中国に持ち込み、安く量産化していれば、サムスンは太刀打ちできなかっただろうと言われている。
ブラックボックス化したことで、逆にサムスンは胸をなで下ろしたそうである。
サムスンは1997年の通貨危機のときに事実上倒産し、IMF基金を受け入れることになった。
そのとき、生存対策会議というぎりぎりの再建計画を練ることになる。
そこで、それまで120あった事業を34にまで絞り込むというドラスティックなリストラを行い、背水の陣で再建を行った。
その後の成功はすさまじく、家電メーカーとしてはいまや世界一である。
日本のものづくりは匠の技が根底にある。
高い技術をもった職人が、恐ろしく精密で高度な製品を作り上げる。
かつてゼロ戦の性能は世界一であったが、日本は生産技術の面でアメリカに劣っていた。
量産技術がなかったため、物量で負けてしまった。
戦後、エドワード・デミングという学者を招き、生産技術を徹底的に学び、今日のものづくり立国の基礎を築く。
フォードが日本車に押されていたとき、日本メーカーを研究した際に、このエドワード・デミングの存在に気づき、80歳のデミング氏を招き入れ、巻き返しを図ったという話しもある。
サムスンも再建に乗り出したときは日本メーカーをとことん研究したと言われている。
サムスンが成功した理由はいろいろあるが、マーケティングの成功が大きかった。
もともと韓国は小さなマーケットしかないため、国外に販路を求めるしかなく、徹底的に売り先の国情を調べた。
高品質に過信してしまった日本メーカーとは対照的である。
サムスンが特に重視したのはデザイン。
皮肉にも、サムスン製品のデザイン向上に大きな役割を果たしたのは日本人だった。
福田民生という工業デザイナーである。
彼は、報告書をまとめ、サムスンのデザインは日本メーカーのデザインに10年遅れていると説き、デザインの重要性を強調した。
現会長のイ・ゴンヒは、その報告書を読み、サムスンの役員全員を集め、
「今から女房と子供以外は全て変えろ」言ったそうである。
経営者の的確な判断とスピードが今日のサムスンを築き上げたと言える。
垂直統合モデルは一度つまずくと再生させるのは困難だそうである。
その対極のモデルがアップル社である。
アップルは、スティーブ・ジョブズが経営に帰り咲いたとき、工場を全て売り払い、生産は全て他社に任せる水平分業モデルに切り替え、成功を収めた。
シャープの垂直統合モデルとは正反対の判断を下したわけである。
アップルの生産を支えているのが鴻海精密である。
しかし、鴻海の製造を支えている工作機械などはファナックなどの日本製。
日本はまだまだ生産の裾野の広さは世界有数である。
ハイテクの世界はiPhoneなど、たった一つのイノベーションが一発逆転になる。
オセロゲームのように、日本メーカーがひっくり返す可能性はある。
日本メーカーに憂いながら、その可能性に期待するしかない。
日本にはものづくり以外、生きていく道があるだろうかと考える。
資源はないし、農業を産業の柱にすることも難しい。
アニメなどのコンテンツビジネスも産業としての規模は小さく、一国の屋台骨を支えるのは無理であろう。
状況は厳しさを増すが、結局日本はまだまだものづくりを柱としていくしかないように思う。
鴻海がシャープに対し全株式の9.9パーセント出資することでいったんは合意したが、その後シャープの株価がおよそ3分の1にまで下がったため、当初予定していた670億を鴻海が出資すると、9.9パーセントを大幅に上回る。全株式の10パーセントを越えると解散請求などが可能となるため、経営権のかなりの部分を鴻海に握られてしまう。
それを嫌がるシャープと、予定していた金額を出資したい鴻海とがせめぎ合いを展開している。
シャープの苦境は日本の家電メーカー全体の苦境を象徴していると言われている。
数年前まで、シャープの亀山ブランドの液晶テレビは世界最先端をいっていた。
なぜ、シャープは苦境に陥ったのか。
日経ヴェリタスが提供するポッドキャストで詳しく説明していたので要約する。
それは、垂直統合モデルが行き詰った結果である。
シャープの亀山工場は日本初の垂直統合モデルであった。
部品生産から組み立てまでを一箇所の工場で生産する方法は、安定調達が可能だけでなく、高い品質管理が可能で、高性能な製品を大量に生産できる。
その反面、垂直統合モデルは、運営が難しいとも言われている。
最先端の技術を維持するためには巨額の設備投資を続けなければならない。稼働率が低下すると、投資した金額が回収できなくなり、破綻してしまう。
2009年にシャープが技術の粋を結集させて建設した堺工場の稼働率は今や3割ほどだそうである。
稼働率を上げるためには、どこかと提携して、OEMなどで製品を消化させなければならなくなる。
この自前の技術の自負とこだわりが裏目に出てしまったのが今回の苦境の原因のひとつでもある。
シャープは情報流出を極端に恐れたため、自らの技術をブラックボックス化してしまった。
画質のよさはサムスンなどと比べれば明らかに上だった。
もし、この技術を中国に持ち込み、安く量産化していれば、サムスンは太刀打ちできなかっただろうと言われている。
ブラックボックス化したことで、逆にサムスンは胸をなで下ろしたそうである。
サムスンは1997年の通貨危機のときに事実上倒産し、IMF基金を受け入れることになった。
そのとき、生存対策会議というぎりぎりの再建計画を練ることになる。
そこで、それまで120あった事業を34にまで絞り込むというドラスティックなリストラを行い、背水の陣で再建を行った。
その後の成功はすさまじく、家電メーカーとしてはいまや世界一である。
日本のものづくりは匠の技が根底にある。
高い技術をもった職人が、恐ろしく精密で高度な製品を作り上げる。
かつてゼロ戦の性能は世界一であったが、日本は生産技術の面でアメリカに劣っていた。
量産技術がなかったため、物量で負けてしまった。
戦後、エドワード・デミングという学者を招き、生産技術を徹底的に学び、今日のものづくり立国の基礎を築く。
フォードが日本車に押されていたとき、日本メーカーを研究した際に、このエドワード・デミングの存在に気づき、80歳のデミング氏を招き入れ、巻き返しを図ったという話しもある。
サムスンも再建に乗り出したときは日本メーカーをとことん研究したと言われている。
サムスンが成功した理由はいろいろあるが、マーケティングの成功が大きかった。
もともと韓国は小さなマーケットしかないため、国外に販路を求めるしかなく、徹底的に売り先の国情を調べた。
高品質に過信してしまった日本メーカーとは対照的である。
サムスンが特に重視したのはデザイン。
皮肉にも、サムスン製品のデザイン向上に大きな役割を果たしたのは日本人だった。
福田民生という工業デザイナーである。
彼は、報告書をまとめ、サムスンのデザインは日本メーカーのデザインに10年遅れていると説き、デザインの重要性を強調した。
現会長のイ・ゴンヒは、その報告書を読み、サムスンの役員全員を集め、
「今から女房と子供以外は全て変えろ」言ったそうである。
経営者の的確な判断とスピードが今日のサムスンを築き上げたと言える。
垂直統合モデルは一度つまずくと再生させるのは困難だそうである。
その対極のモデルがアップル社である。
アップルは、スティーブ・ジョブズが経営に帰り咲いたとき、工場を全て売り払い、生産は全て他社に任せる水平分業モデルに切り替え、成功を収めた。
シャープの垂直統合モデルとは正反対の判断を下したわけである。
アップルの生産を支えているのが鴻海精密である。
しかし、鴻海の製造を支えている工作機械などはファナックなどの日本製。
日本はまだまだ生産の裾野の広さは世界有数である。
ハイテクの世界はiPhoneなど、たった一つのイノベーションが一発逆転になる。
オセロゲームのように、日本メーカーがひっくり返す可能性はある。
日本メーカーに憂いながら、その可能性に期待するしかない。
日本にはものづくり以外、生きていく道があるだろうかと考える。
資源はないし、農業を産業の柱にすることも難しい。
アニメなどのコンテンツビジネスも産業としての規模は小さく、一国の屋台骨を支えるのは無理であろう。
状況は厳しさを増すが、結局日本はまだまだものづくりを柱としていくしかないように思う。