まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

奈緒子

2013-10-14 19:31:51 | 書評


『奈緒子』はビッグコミックスピリッツに1994年から2003年まで連載された坂田信弘原作・中原裕作画による漫画である。当時はスピリッツを毎週買っていて、真っ先に読むのがこの漫画だった。
日本海の疾風(かぜ)と呼ばれる天才ランナー壱岐雄介を主人公にした高校駅伝を描いた傑作である。


以前からまとめて読み直したいと思っていた。
古本屋を何軒か周り、全33巻を揃えた。


物語の舞台は長崎県の日本海に浮かぶ架空の島、波切島。
漁師である主人公壱岐雄介の父は、海でおぼれた篠宮奈緒子を助け、自らの命を落とす。
雄介がまだ小学校低学年のときである。
奈緒子は喘息の治療のために再び波切島を訪れ、島の高校へと進む。
この話は雄介の4つ年上である奈緒子の視点から、ランナーとしての雄介を描いている。


世界レベルの走りの才能を持つ雄介
だが、駅伝という競技は一人だけの才能では勝つことはできない。仲間が運んできてくれたタスキを次のランナーにつなぐ。
単純なことだが、一人の失速は、チーム全体の勝ち負けに関わってくる。
タスキの重さは、想像以上に個々のランナーにプレッシャーを与えるのだ。


壱岐雄介を擁する波切島高校は長崎県を代表し全国高校駅伝へと駒を進める。
ドラマはこの高校駅伝と都道府県代表駅伝の二つのクライマックスを縦軸に展開する。


雄介に思いを寄せる奈緒子
そして、奈緒子に思いを寄せる雄介の兄大介
雄介と一緒に走ることになる仲間たち
雄介を慕う者、あるいは雄介に反発する者、様々な人間関係を横軸に雄介は懸命に走る。


あれ…


24巻が2冊ある…


おかしいな。


ラストイニング

2013-09-01 21:24:22 | 書評

『ラストイニング』は、原作神尾龍、作画は『奈緒子』の中原裕による高校野球を描いた漫画。『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載中。
現在は39巻まで単行本が出ている。

高校野球漫画といっても、これまでのものとは一線を画す。

主人公は高校生ではなく、監督。しかも高校野球にふさわしくないダーティーな監督であるところが興味深い。
インチキセールスマンの鳩ヶ谷圭輔は勤めている会社が薬事法違反及び詐欺容疑で取り調べを受ける。鳩ヶ谷は社長に罪を擦り付けられ、逮捕されて身柄を拘束される。
保釈金を払ってくれたのは鳩ヶ谷がかつて野球部の時、その顧問をしていた現彩珠学院高校の校長、狭山であった。
狭山は保釈金の引換条件として、鳩ヶ谷に野球部の監督を依頼する。
鳩ヶ谷は彩学の捕手として13年前、甲子園の県予選準々決勝に出場した。そのとき、鳩ヶ谷の高校生らしからぬ行為に反感を持った審判の意図的な誤審に腹を立て思い切り殴りつけてしまった過去があった。
彩学は経営難に陥っており、野球部は廃部が決定されていた。野球部は甲子園、県予選の初戦で敗退するような弱小チームである。だが、校長の狭山は甲子園出場を条件に廃部の延期を学校側に約束させる。残された猶予期間はわずか1年。
狭山はキャプテンとして彩学を準々決勝まで導いた鳩ヶ谷の手腕を高く評価しており、たった1年という短い期間で甲子園出場という困難な実現を鳩ヶ谷に託す。
鳩ヶ谷は、高校中退後、高校野球賭博のハンデ師に弟子入りし、そこで野球理論を身に着けていた。もちろん、そんなダーティーな監督が高校野球界に認められるはずはない。
だが、鳩ヶ谷はインチキセールスマン時代に身に着けた話術により巧みに危機を切り抜け、監督として生徒や父兄、OB達を信頼させていく。
鳩ヶ谷は高校野球規約の盲点を突いた補強や型破りだが理にかなった練習方法を実践し、弱小チームを最強チームへと育て上げる。
やがて甲子園の県予選が始まり、次々と強豪校が彩学の前に立ちはだかる。
一度でも負ければ甲子園には出場できない。それは即、野球部の廃止を意味する。
果たして鳩ヶ谷が作り上げた彩学野球部は甲子園出場を果たせるのだろうか…
緻密な野球理論や、アンチヒーロー的なダーティー監督、彩学の経営難を巡る描写など、これまでの高校野球漫画の常識を超えた秀逸な作品である。
この漫画を読み始めるとあまりの面白さに本の前から離れられなくなる。
お奨めです!


海賊とよばれた男

2013-01-20 21:20:46 | 書評

百田尚樹著『海賊とよばれた男』を読んだ。
出光の創業者、出光佐三を描いたノンフィクションノベルである。作中では、出光興産を国岡商店、出光佐三を国岡鐡造としているが、登場人物は全て実在の人物である。
終戦を迎え、焼け野はらになった東京の国岡商店本社から、この物語は始まる。
石油販売を手掛ける国岡商店は、戦争により商売の術を全て失い、残ったのは借金だけ。戦前に手に入れたタンカーも軍に収用され、敵の攻撃を受けて沈没していた。
しかし、鐡造は社員の首を一人も切ることをしない。
自分の財産を売り払い、社員に給料を払い続ける。
会社を存続させるため、ラジオの修理やタンクの清掃など 、何でもやる。


小説のタイトルになった海賊と呼ばれる所以は、戦前、油の販売を海で行っていたからである。当時の油の販売は縄張りが決められており、縄張りと関係ない海に手漕ぎボートに一斗缶を積んで関門海峡や瀬戸内海で漁船などに油を売ったことが海賊と呼ばれた。


鐡造が独立する資金は、鐡造が学生時代、息子の家庭教師をしたことで知り合う資産家、日田重太郎という男が無償で出してくれる。
現在では考えられないようなことだが、戦前の資産家は、見込んだ男に何の見返りも要求しないで、援助するようなことがあった。


戦後、再び石油を扱うようになった鐡造は、日本の既得権を持つ大手石油会社や西欧のメジャーをも向こうに回して一歩も引かない戦いを挑む。
こんな男が日本にいたことは、驚きだし、日本の石油事業を西欧のメジャーから守り抜いたことが日本の繁栄を築くもとになったと言える。
日本は石油を求めて戦争を起こし、石油がないために戦争に負けた。
安定した石油の確保は、日本の平和と繁栄には不可欠のことである。
鐡造は、社員に儲けろとは一言も言わなかった。常に日本のためという信念が彼を動かしていたのである。


将来、日本にこんな実業家が現れるだろうかと思う。
昭和28年に起こった日章丸事件がこの物語のクライマックスである。
鐡造は、戦後建造した日本一のタンカー日章丸をイランに向かわせる。
イランの油田は、英国が不当に権益を主張する。
イランの石油を積みこんだイタリアのローズ・マリー号が英国によって拿捕されるという事件があった。
経済封鎖されたイランは困窮するが、イランの石油を扱うという国や企業はそれまで、どこにもなかった。
日章丸は英国の裏をかき、イランのアバダン港へ到着し、イラン国民に大歓迎される。
イランと日本の希望を託された石油を山積みした日章丸は、アバダンを出港し、英国の監視を巧みにすり抜けて川崎港へと帰還する。
英国は裁判を起こし、石油の権利を主張するが、のちに訴えを取り下げることになる。
もし、石油を山積みした日章丸が拿捕されていれば、出光興産は倒産していたかもしれない。


今では当たり前になっている中東との石油の直接取引だが、この日章丸事件以前はメジャーを通して石油を買っていたのである。
まさに日本のその後のエネルギーを防衛したある意味、戦争のような出来事だったと言える。
もし、鐡造がいなければ、日本の石油はメジャーの傘下におさめられ、日本のエネルギー防衛を困難なものにしていたかもしれない。
鐡造は日本のエネルギーの安定供給と独自供給を成し遂げたことになる。


鐡造はタイムカードも出勤簿もなく、常に社員を信用し、尊重した。
社員は家族であると鐡造は常々言っていた。
最後に昭和56年1月、80歳を過ぎた鐡造の最後の文章を紹介する。
『日本人は戦争に負けたのではない。あまりに日本人が道徳的に廃頽し日本の、民族性を失っておるから、なみたいていの事では目がさめないので、天が敗戦という鉄槌を加えられたのである。これは天の尊い大試練である。だから愚痴を言わず、三千年の歴史を見直し、直ちに再建にとりかかれ』


日本の平和な発展に間違いなく多大な貢献をした偉人の物語である。


埼玉の逆襲

2012-11-02 18:22:22 | 書評
谷村昌平著『埼玉の逆襲』という本がある。
わざわざ逆襲が必要なほど、普段は下に見られているということだろうか?
特に首都圏では千葉県と並び埼玉県は東京や神奈川から、あたかも片田舎であるような扱いを受け、埼玉に至ってはダサいという語源にまでなった。
だが、この本を読めば、埼玉県人であることにちょっぴり誇りが持てる。
日本列島のほぼ中央、人間の体でいうと心臓にあたる位置に埼玉県はある。いにしえより、大災害の影響を受けにくい土地だった。台風も少なく、なにより海がないため津波の心配もない。
関東大震災後は、被害の少なかった埼玉に東京や神奈川から多くの人が移り住んだそうである。
奈良時代は高麗人の集団移住があり、彼ら渡来人の活躍もあって、国内でも最先端の文化を誇る地域だった。
いまでも高麗という地名が残っているし、新座という地名は新羅から変化したものらしい。
県庁所在地はさいたま市、2001年に浦和、大宮、与野が合併して誕生した政令指定都市である。人口は122万人、みなさんは埼玉県に100万都市があるなんてご存知でしたか?
京都市や福岡市とも肩を並べる大都市なのである。
埼玉県には、全国一というのがけっこうある。
川の流域面積は日本一だし、1年間の快晴延べ日数も全国一、市の数も日本一、アイスクリームと洋菓子の出荷額も一位、若年層の割合も全国一で老齢人口は最下位だから、日本一若い県と言える。
医薬品の生産も日本一、浦和所沢街道両側に並ぶケヤキ並木の長さも日本一。
ケーキやパスタの消費量も日本一だ。
行田市にある丸墓古墳は円墳としては日本一の大きさを誇る。
日高市にあるサイボクハムは国際食肉プロフェッショナル競技会をはじめ、世界の食品コンテストで実に700個以上の金メダルを獲得した世界一のハムなのである。
埼玉発のチェーン店もけっこうある。
ファッションセンター「しまむら」、「かっぱ寿司」に「サイゼリア」ラーメンチェーンの「日高屋」焼肉の「安楽亭」など。
また、歴史上いち早く埼玉に導入されたものとしては、人力車や英語教科書、理髪店、図書館、西洋医学の病院などがある。
埼玉県には、何々の街と冠した個性的な都市が多い。
鋳物の街川口、小江戸川越、お茶が有名な狭山、煎餅が有名な草加、日本一の葱の産地深谷、人形の街岩槻、鯉のぼりとうどんの街加須、古墳の街行田、和紙の小川、箪笥の春日部、足袋の行田、首都圏でも有数の繁華街を擁する大宮、日本有数の文教地区浦和は、芦屋、田園調布と並び、日本三大高級住宅地として知られている。
そして、日本一暑い街熊谷。
埼玉県出身の有名人も多い。
『のぼうの城』で一躍有名になった成田長親。彼の守る城、忍城は豊臣秀吉が唯一落とせなかった城である。
忍城は現在の行田市にあった。
実業家の渋沢栄一、江戸城を築いた太田道灌も埼玉出身である。
芸能人では、竹内結子、菅野美穂、反町隆史、竹野内豊、YOU、所ジョージ、太田光、オードリーの春日俊彰、草なぎ剛、山口達也、森田剛、本木雅弘等。
歌手では、尾崎豊、CHARA、高見沢俊彦等。
文化人では、蜷川幸雄、森村誠一、久米宏等。
スポーツ選手では中澤祐二、川島永嗣、F1の鈴木亜久里、そして石川遼。
埼玉は水田地帯、畑作地帯ともに生産性が高かったこともあり、突出した大土地所有者が少なく、激烈な階級対立とは無縁の土地であった。
そのことが没個性的な県民気質と見られがちだが、実は何事にも動じないマイペースさと柔軟性を持ち合わせている。
石川遼くんが持つバランス感覚も、埼玉の風土が育んだものかもしれない。


夜離れ

2012-10-25 18:20:29 | 書評

「よがれ」と読む。
乃南アサの短編集。
女性心理の陰の部分を怖いくらいのリアリズムで描いた秀作である。
さすがは直木賞作家だと唸らせる。


友達の彼氏に思いを寄せた女性が、二人の結婚式のスピーチで、友達の過去の秘密を洗いざらい暴露する話。
人気歌手へのストーカー行為を繰り返す思い込みの激しい女性の話。
この話しはストーカー側から一人称で描いているところがすごい。


自分より美しい髪を持つ同僚に嫉妬したOLが事故を装い同僚の髪に火を点ける話等。
どの話も主人公の目線から描いているところが秀逸である。
実際に周りにいたら、かなり怖い女性も登場する。


本のタイトルにもなっている「夜離れ」
華やかな銀座のホステスが平凡な結婚に憧れ、OLとなる話。
自分の気持ちばかりを優先させた結果、男が離れて行ってしまう。
女の微妙な心理描写も上手いが男の心理描写にも納得できる。


この本に登場する女性、怖い女性だったり、思い込みが激しかったり、嫉妬深かったり、自分勝手だったり・・・
でも、どこか人間くさく、憎めないところもある。