ダイエーは親会社のイオンの完全子会社となり、昨年12月26日付けで上場廃止となった。
2018年頃には『ダイエー』の屋号も完全になくなるという。
かつて、ダイエーは小売業の頂上を極めたこともある。
1957年、中内功が神戸で創業した。一貫して価格破壊をスローガンとして拡大路線を進めてきた。1972年、三越を抜き、小売業のトップの座につく。一次期はグループ会社が300社もあった。
コンビニのローソンやビッグ・エーを展開し、リクルートも一時期ダイエーの傘下にあった。
南海ホークスを取得し、福岡にドーム球場を建設する。
スーパー内で初めてDPEを始めたのもダイエーである。プリントした写真を受け取りに再度来店することを狙ったと言われている。
スーパーでオリジナル雑誌オレンジページを創刊したのもダイエーである。ダイエーで売られている食材を使った料理を提案し、雑誌の売り上げと食材の売り上げの相乗効果を生み出した。
今では珍しくない元旦から営業を始めたのもダイエーである。
バブルの頃、出店のために土地を取得する際、わざわざ出店面積より広い土地を取得した。
やがてダイエーが出店することで周辺の土地が値上がりする。すかさず出店に必要な土地以外の周辺の土地を売り、次の出店のための土地購入の資金の一部とした。
自ら店舗を作ることで土地の値上がりを誘引し、その値上がり分でさらに店舗を増やす、まさにバブルの拡大方法だった。
やがてバブルが崩壊し、土地の値段が暴落し、拡大路線にほころびが見え始めることとなる。
丸紅の傘下をえて、ライバル会社のイオンの傘下に入る。
所沢にもダイエーがある。
所沢の繁華街では随一の店舗面積を誇る。
かつて、ダイエー所沢店は地元の球団であるライオンズを応援していた。南海ホークスがダイエーホークスとなってからもしばらく、ダイエー所沢店はライオンズを応援した。店内にあったライオンズグッズを売るコーナーもしばらくは続けられたそうである。
やがてライオンズコーナーは無くなり、恐らく本社の意向だと思われるが、ライオンズではなくホークスを応援するようになる。
ホークスがダイエーに取得されてから最も複雑だったのがダイエー所沢店だったと思う。
僕はこの店が好きである。所沢に住み始めてから、ずっと利用してきた。
店はなくならないのだろうが、ダイエーでなくなることは寂しいことである。
今、イオンの勢いは凄い。
車で少し行ったところに、かつてはサティやカルフールといった大きなスーパーがあったが、今では両方イオンになってしまった。次はダイエーもイオンになるのだろう。
どこへ行ってもイオンばかりでは面白くない。
もっと多様な店舗がしのぎを削ってほしいと思う。