「 海のごと 花を落とせど なほ紅し
太陽に似る めでたき椿 」(与謝野晶子)
先週まで
「根津美術館」でひらかれていた・「百椿図展」。
つばきの一大ブームがおこった
江戸時代に
ひろしま(広島)の おとのさまが
「椿の素敵な絵巻物、つくろうよ!」
と
みんなによびかけて
作られました。
<百椿図:伝・狩野山楽筆>
こうもん(黄門)さまを、はじめとし
当代の
じょうそう(上層)の方々が、
サン(讃)を よせています
さらに
(・・こんなつばき、今は見かけません)
つばきにムチュウ(夢中)だったのは、
こちらの おとのさま
「松平忠国」のみならず、
同じころ、
「安楽庵策位」というお方が、「百椿集」を
出していて、
みぶん(身分)の上下なく、
みんなが もりあがってたみたい
うめ(梅)や、
さくら(桜)の人気のかげに かくれがちな
つばきですが、
「長寿木」として、また
その「造形美」が、ふかく あいされてきました
やまだたありとも(かんじ:山県有朋)が、
山ごとかって、やしきをたて、
(椿山荘では椿ビュッフェかいさい中→http://www.chinzanso.com/ )
西洋でも
マルグリットが、むなもとをかざったし(椿姫)、
ココ・シャネル女史も、むちゅうでデザインしました。(カメリア)
話は
さらに、大々的で、
はたまた
町ぐるみで・つばきラブの
「伊豆大島」というちいき(地域)までも、
つきうごかす力を
つばきはもって いるのです
あいさずには・いられません