元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「マイ・レフトフット」

2006-05-18 06:48:48 | 映画の感想(ま行)
 (原題:My Left Foot)89年作品。あふれる涙をぬぐいきれないような映画でも、数日で忘れることがあるように、始終冷静で観ることができても感動が心の底にいつまでも残る映画というのも確実に存在する。この映画はその典型であろう。

 この映画の主人公クリスティ・ブラウンは実在の人物で、優れた画家・詩人・作家である。彼が他の人々と少し違うのは、生まれつきの重度の脳性小児マヒで、わずかに自由のきくのが左足だけという体であることだ。彼はその左足で絵を描き、タイプを打った。そういう人物の伝記映画だから、作りようによっては、とんでもないお涙頂戴の感動を押し付けてくる下世話なシャシンになるところである(大昔の日本映画によくあったパターン)。ところが、この映画は痛快なほどクールでドライである。身障者を健常者と変わりなく一人のちゃんとした人格を持った人間としてとらえている(考えてみればそれが当り前のことだが、映画ではことのほかそれが難しい)。

 もちろん、観る者を感動させずにおかない場面もある。知恵遅れと思われていた子供の頃の彼が身重の母の危機を左足でドアを叩いて近所の者に知らせたり、床にチョークでMOTHERと綴ってみせたり、長じて、近所の連中とのサッカーで左足でシュートを決めたり、といったシーン。しかし、それらは意外なほどあっさりとした描写で無駄がない。

 映画は彼を一種の天才扱いはしていない。失恋もすれば、嫉妬もする。自殺未遂までやると思えば、冒頭の彼の自伝出版記念コンサート席上で看護婦をナンパしたり、といった等身大の人間として扱っているところがすばらしい。

 こうしたクリスティの成長には、たとえ貧しく、父親は飲んだくれのしがない煉瓦職人とはいえ、母親をはじめ父や兄弟たちみんなの暖かい愛情(決してべとつかない)が不可欠であった。それゆえに、健常者のなかに入って普通に暮らして好結果を得たのだろう。そのへんが決して教訓調ではなく、ドキュメンタリー・タッチで描かれ、効果をあげている。舞台はアイルランドのダブリン、オール・ロケによる映像も美しい。

 クリスティを演じるのがダニエル・デイ・ルイスで、すばらしい演技をみせている。アカデミー主演男優賞をとったのも当然と思われる。

 観る者に生きることの貴さ、生きる勇気を与えてくれる秀作だ。これが映画初演出のジム・シェリダンの腕も達者である。
コメント
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