遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料13 江戸の小謡集(2)『下掛諷酒宴小諷大成』

2020年10月13日 | 能楽ー資料

 先回に続いて、江戸時代の小謡集、『下掛諷酒宴小諷大成』です。


       『下懸酒宴小諷大成』

宝暦九(1759)年、谷口七左衛門、(再版)寛政七(1795)年、書林 此村欽英堂、31丁

 


能舞台で演じられる三番叟と観客。町人が多い。女性も。

 


曲は、春夏秋冬の順に並んでいます。全部で百番です。

鼓瀧、松竹、横山など、先回の『拾遺小諷小舞揃』同様、現行曲にないものが見られます。また、五節句の謡いとして、正月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日という謡が入っています。これらも、現行曲にはありません。

タイトルが、『下懸酒宴小諷大成』となっていますが、酒宴向きの曲は、30番ほどです。

 

目次の上の図が面白い。

この図のタイトルは、「謡有十徳」です。謡いには、10の徳があるというのです。

これは、現在でも、「謡曲十徳」とか「謡曲十五徳」といわれるもので、能(謡曲)を習うと、10(15)の良いことがあるとされています。江戸時代から現代まで、流派や時代によって少しずつ異なりますが、謡曲によって多くの徳が得られると言われてきました。

江戸後期の『謡曲十五徳幷注解』(文政六癸羊歳仲春 弘章
堂)にはに、十五徳が次のように説明されています。
①不行而知名所 行かずして名所を知る
②在旅得知音  旅に在つて知音を得る
③不習而識歌道 習はずして歌道を識る
④不詠而望花月 詠ぜずして花月に望む
⑤無友而慰閑居 友無うして閑居を慰む
⑥無薬而散欝気 薬無うして欝気を散ず
⑦不思而昇座上 思はずして座上に昇る
⑧不望而交高位 望まずして高位に交はる
⑨不老而知古事 老いずして古事を知る
⑩不戀而懐美人 戀ひずして美人を懐ふ
⑪不馴而近武藝 馴れずして武藝に近づく
⑫不軍而識戦場 軍ならずして戦場を識る
⑬不祈而得神徳 祈らずして神徳を得る
⑭不觸而知佛道 觸れずして佛道を知る
⑮不厳而嗜形美 厳ならずして形美を嗜む

 


この本、『下懸酒宴小諷大成』ではどうなっているのでしょうか。

位なうして高位にまじハる <・・・・・>⑧
賤して貴人とあそぶ   <・・・・・>⑧?
ならわずして文字を知る <・・・・・>?
行ずして名所をしる   <・・・・・>①
学ばずして歌道をしる  <・・・・・>③
願わずして仏道にいたる <・・・・・>⑭
祈らすして神意にかなふ <・・・・・>⑬

伽なくして閑居をなぐさむ <・・・・>⑤
ぐち(愚智)にしてさとりを得る <・・・>?   
療治なうして病を治す    <・・・>⑥

 

右側に、「謡曲十五徳」のどれに相当するか、番号で示しました。
両者には、微妙な違いがあります。

この本の十徳の中で、「ならわずして文字を知る」は、一般向け啓蒙書である小謡集ならではの項目かもしれません。

 

 

 

本文上欄には、式三番、能面の図、小道具図、小舞の謡、語問對、諷章句、大小鼓打様とあり、これらが、上欄に、以降、掛かれています。先回のブログで紹介した『拾遺小諷小舞揃』と同様、狂言小舞の謡いが載っています。

 


烏帽子と冠。

 


能の作り物。

 


「語(かたり)の部」もり久(盛久)です。謡本の音曲ではない部分が語りです。もちろん、謡いでも習うのですが、メロディでなく話し言葉なので、普通、あまり一生懸命になりません。実は、語りの部分は含蓄が深く、それだけに本当は難しいで所です。こういう、小謡本に語りが載っているのは珍しい。他に、七騎落、鉢木などの語りも載っています。

 


狂言の小道具。

 


狂言面の図。

 


謡い本の記号、章句のかな止めの説明。

 


小鼓打様頭付と狂言面。

 


最後は、やはり、プチ知識です。

篇と冠のいろいろ。

 


イロハ、12月の異名。

 


十干十二支。

 

先回と同様、この小謡本でも、謡いを楽しみながら、教養が身につくように工夫がなされています。また、狂言についても、かなり頁がさかれています。当時の人々は、能と狂言、どちらも楽しんでいたのでしょう。

コメント (7)
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