先回のブログで、傳寂連筆『和漢朗詠集断簡「秋・紅葉」』を紹介しました。
よく知られているように、能には、和歌や中国の漢詩が多く取り入れられています。
特に、和漢朗詠集は、和と漢の詩を集めて編まれたものですから、多くの能にその一部が取り入れられています。
飯塚恵理人氏によれば、和漢朗詠集には、589句の漢詩文があり、そのうち、163句が、367曲の謡曲に取り入れられているそうです(飯塚恵理人「和漢朗詠集から謡曲へ」國文學 : 解釈と教材の研究 / 學燈社 [編] 49 (10), 29-35, 2004)
今回の『和漢朗詠集断簡「秋・紅葉」』も、能に取り入れられています。
紅葉
不堪紅葉靑苔地 又是涼風暮雨天 白
黄夾纈林寒有葉 碧琉璃水浄無風 白
洞中清浅瑠璃水 庭上蕭条錦繍林 保胤
外物独醒松澗色 余波合力錦江声 山水唯紅葉
しらつゆもしくれもいたくもるやまは
したはのこらすいろつきにけり 貫之
モミジシニケリ
むら/\のにしきとそみるさほやまのはゝ
そのもちきりたたぬまハ 清正
このうち、能『紅葉狩』に取り入れられているのは、「不堪紅葉靑苔地 又是涼風暮雨天」の部分です。
<能『紅葉狩』あらすじ>平維茂が鹿狩りで山奥へ入ると、女たちが紅葉狩りの酒宴を催していた。通り過ぎようとすると留められ、酒宴に引き入れられた。維茂が盃を重ねると、女は舞を舞い、維茂は酔い伏してしまう。女はこれを見届け山中に隠れてしまう(前場)。維茂が目を覚ますと、鬼女が現れ、襲ってきたが、維茂はこれに立ち向かい、討ち平らげた(後場)。
河鍋暁翠「紅葉狩」木版)、18.5㎝x25.5㎝。明治時代。
地「・・月の盃さす袖も。雪を廻らす袂かな。堪えず紅葉。
≪中之舞≫
シテ「堪へず紅 葉青苔の地
地「堪へず紅葉青苔の地。又これ涼風暮れ行く空に。雨うち濺ぐ夜嵐の。物凄しき。山陰に月待つ程の假寐に。片敷く袖も露深し。夢ばし覺まし給ふなよ夢ばし覚まし給ふなよ
女(シテ)は、中の舞を舞った後、「堪へず紅葉青苔の地~」と謡って、地の謡にのって舞いながら、維茂(ワキ)をあしらい、作り物の中へ消え入ります。
前場の最後のこの場面が、能「紅葉狩」の一番の見どころと言って良いでしょう。
なお、能『紅葉狩』には、今回の断簡のみならず、和漢朗詠集の他の部分(やはり白居易の漢詩)からの引用があります。
林間煖酒燒紅葉
石上題詩掃緑苔
(白居易「送王十八帰山、寄題仙遊寺」)
林間に酒を煖めて紅葉を燒く
石上に詩を題して緑苔を掃ふ
能『紅葉狩』前場の中ほど、惟茂と女とのやりとりの場面です。
・・・・
地ク「げにや虎渓を出でし古も。心ざしをば捨てがたき。人の情の盃の。深き契のためしとかや。
シテ「林間に酒をあたゝめて紅葉を焼くとかや。
地「げに面白や所から。巌の上の苔莚。片敷く袖も紅葉衣の。くれなゐ深き顔ばせの。
ワキ「此世の人とも思はれず。
地「胸うち騒ぐばかりなり。
・・・・
今回の『和漢朗詠集断簡「秋・紅葉」』に戻ります。この断簡には、『紅葉狩』に取り入れられた漢詩以外に、やはり白居易の2行目の漢詩「黄夾纈林寒有葉 碧琉璃水浄無風」(の意)が能『江口』に取り入れられています。
能『江口』
クセ「紅花の春の朝。紅錦繍の山粧ひをなすと見えしも。夕べの風に誘はれ黄葉の秋の夕べ。黄纐纈の林。色を含むといへども朝の霜にうつろふ。松風蘿月に言葉を交はす賓客も。去つて来る事なし。翠帳紅閨に。枕を竝べし妹背も何時の間にかは隔つらん。およそ心なき草木。情ある人倫いづれあはれを遁るべき斯くは思ひ知りながら
能『紅葉狩』:今回の部分は、40分頃から。ちなみに、笛は師匠です(作り物の陰で、ほとんど見えません(^^;) いつもながら、冴えた音色です。