輪島塗源氏物語横笛四方盆です。
21.4x21.2㎝、高2.3㎝。明治―戦前。
これまでの盆と同じく、沈金で絵と和歌が描かれています。
源氏物語37帖『横笛』の一場面です。
一管の笛と笛袋が描かれています。
歌口と7個の指孔がありますから、雅楽で用いられる龍笛でしょう。平安時代の公家にとって、横笛(龍笛)の素養は必須であり、源氏物語や謡曲には、すばらしい音色の名管とともに笛の名手が何人も登場します。
今回は、そのような名管をテーマにした品です。
「横ふえの
しらへは
ことに
かわらぬを
むなしく
なりし
ねこそ
つきせね」
源氏物語第37帖『横笛』の中の和歌です。
源氏物語も後半になると、人物間の関係はますます複雑になり、何が何だか分からなくなります(^^;
第37帖のこの場面に登場するのは、源氏ではなく、その子の夕霧(28才)です。
源氏の息子、夕霧は、友人の柏木が亡くなった後、その妻、落葉の宮を見舞います。そして、落葉の宮の母、一条御息所は、柏木が愛用した笛を夕霧に託します。
この時に、夕霧が詠んだ歌がこれです。
「横笛の 調べはことに 変はらぬを むなしくなりし 音こそ尽きせね」
(横笛の音色は特に昔と変わりませんが、亡き人を悼んで泣く声は尽きません)
この日、夕霧はそのまま帰るのですが、結局、二人は仲むつまじくなります(^^;
なお、落葉の宮は俗称です。彼女は、朱雀帝(源氏の異母兄)の娘、女二宮なのです。
柏木は、妹の女三宮に惹かれていたのですが、源氏に先をこされ、やむなく姉の女二宮を妻にしました。しかし、女三宮をわすれることができません。
「もろかずら落葉をなにに拾いけん、名はむつましきかざしなれども」(『若菜(下))
(桂と葵の髪飾りの様に、仲睦まじい姉妹ではあるが、どうして落葉の様に劣った姉、女二宮を妻にしたのだろう)
このように、夫に、ボロカスに言われ、「落葉の宮」とよばれるようになったのです。
落葉の宮を主人公にした能が、『落葉』です。実は、私、この能を知りません。謡曲でもやったことがありません。
能『落葉』は、金剛流に伝わった能で、他では、喜多流で演能されるのみです。
旅僧が、山城国小野の里にやってきます。この地は、かつて浮舟が住んだ場所であり、僧が浮舟を弔い成仏させようとしていると、里女(シテ)が現れます。そして、手習いの君(浮舟)しか供養しないのかと問い、ここは、女二宮が隠棲しようとした落葉の宮の旧跡であると告げます。そして、女二宮の一生を説いて、彼女も供養してほしいと言って姿を消します。(前段)
あの里女は女二宮の亡霊が化身したものであったのかと僧が夜通し仏事を営むと、ありし日の姿で女二宮があらわれ、仏事の効力による成仏を喜んで舞を舞い、去っていきます。(後段)
横笛の和歌は、後段、落葉の宮が序の舞を舞い、能が最終段階に入った時に詠まれます。
シテ「横笛の。調べは殊に変わらぬを。
地「空しくなりし音こそつきせね。音こそつきせね。音こそつきんせね。
シテ「もとより此身は落葉衣の。袖をひるがへし。
地「嵐も木枯しも。
シテ「はげしき空なるに。
地「さやけき月に妄執の夕霧。身一つに降りかかり。目も紅の落葉の宮は。せんかた涙に咽びけり。
シテ「されども逆縁の御法を受けて。
地「されども逆縁の御法を受けて。罪科も脆き落葉の音は。ほろほろはらはらと。時雨にまじりて行く雲の。棚引く山より明け渡れば。時雨と聞きしも跡絶えて。落葉と聞きしもあとはかなくて。山風ばかりや残るらん。
横笛の和歌をうたったのち・・・・・・
自分の身は落葉のようなもので、嵐、木枯らしがはげしかった空に月明かりがさしても、夕霧に対する執心が身から離れず、目を赤くして涙にくれています。
しかしながら、不意の御追弔を受けて、落葉がはらはらと散るように、罪科も時雨まじりの雲の様に去っていきます。雲がかかった山から明けていくと、時雨と聞こえた音も落葉と聞こえた音もあとかたなく消えて、山風ばかりが残っています。
能『落葉』は世阿弥の作です。地元の人間の形を借りた主人公(ここでは、里女)が、僧に自分の身の上を語り、その夜、僧が亡き人を供養している時に、亡霊が現れ、舞いをまって成仏し、去っていきます。このような夢幻能は、世阿弥の得意とするところで、派手な劇的要素はありません。中でも特に、『落葉』では、主人公が自分の境遇を淡々と語る事に終始しています。言い換えれば、源氏物語をなぞっているとも言えます。女二宮を落葉にたとえた柏木の歌も出てきます。主人公、落葉の宮が、柏木や夕霧に対して抱いていた自然な感情を、ほぼそのまま表しています。夢幻能であっても、人物の性格、感情設定に一捻りを加え、ストーリーを設定する世阿弥の能にしてみれば、能『落葉』はかなり珍しいものだと思います。落葉の宮が、スポットライトの当たることのない、地味な女性であったからこそ、能でとりあげようと考えたのではないでしょうか。。この能の冒頭、シテ、里女は、旅僧に対して、浮舟だけでなく、落葉の宮の旧跡も弔ってくれと頼みます。これは、世阿弥の言葉でもあったと思いたいです。
輪島塗源氏物語盆ー謡曲シリーズはこれで終わりです。
おまけ:
角度を変えながら見ると、木目が浮かび上がります。どのようなな塗物であっても、木製の器には、かすかに年輪などが凹凸となって表れます。プラスチック製との違いはここにあります。また、丸い盆や椀なら、轆轤挽きされているので、器体は、中心から周縁にむかって次第に薄くなっています。プラスチックは、すべて均一です。
宇宙船に誘われるET(^.^)