今回は、寺子屋用の小謡本『童子小うたひ』です。
『童子小うたひ』
書肆 天満屋安兵衛、天保十二(1841)年、15丁。
これまでの小謡本と大さは同じですが、分量は半分ほどです。
38番ほどの小謡いが載っています。
見開きは、式三番(右頁)と能面、被り物など(左頁)の図です。
囃子楽器や小道具の図(右頁)があって、そのあとに小謡いが続きます。
上欄はありません。本文の小謡いのみです。したがって、これまでの小謡本に見られたような、能、謡いの説明やプチ教養的な記事は全くありません。
本文は、他の小謡本と同様、高砂から始まります。
小謡いは3つ。
Ⓐ「所は高砂の。尾上の松も年ふりて・・・・それも久しき名所かな」
Ⓑ「四海波静かにて。国もおさまる時津風・・・・君のめぐみぞありがたき」
Ⓒ「高砂やこの浦船に帆をあげて・・・・・・はや住之江に着きにけり」
私の持っている江戸時代の小謡本すべてに、Ⓐ、Ⓑが最初に出てきます。さらにⒸも含め、ⒶⒷⒸと載っているのは、小謡本の約半数です。
この『童子小うたい』では、ⒶⒷⒸが出ています。
江戸時代後期、全国で寺子屋教育が盛んになり、読み書きそろばんを中心に、歴史や文学、道徳なども教えたといわれています。
謡いは、その中で主要な教材でした。
謡いをうたうだけでなく、謡いの文句を読み書きすれば、謡や能が習得できるだけでなく、読みや書写の勉強にもなるわけです。さらに、能、謡いから発展して、古典文学や歴史までを学ぶことが出来るのです。
小謡本は、寺子屋のテキストとして最適だったのですね。
ところで、今回の小謡本『童子小うたひ』は、文字の書体が特徴的です。
『童子小うたひ』 『泰平小謡萬歳大全』
先回の『泰平小謡萬歳大全』と比べてみると、両者の違いが歴然です。
江戸時代、徳川幕府は公用書体に御家流を採用し、寺子屋の手本にも用いられました。
『童子小うたひ』は、さらに文字のうねりが大きく、歌舞伎などに使われる勘亭流に似てますね(^^;
それから、童子が学ぶわけですから、男女の仲や妾、遊女などの話はどうかと思うのですが・・
〖ゆや(熊野、湯屋)』や『江口』も、おかまいなしに載っています(^^;
最終頁、最後の小謡いは千秋楽です。
これは、独立した曲目ではなく、実は、『高砂』の終章です。
Ⓓ「さすかひなには。悪魔を祓ひ。おさむる手には。寿福をいただき。千秋楽は民を撫で。萬歳楽には命をのぶ。相生の松風 颯々の聲ぞ楽しむ。/\」
この小謡いの「千秋楽は民を撫で」以降の部分は、現在、能の公演が終わった後、附祝言としてうたわれることが多いです。
この部分を、最後に載せている小謡本は、先回の『泰平小謡萬歳大全』があるのみですから、『童子小うたひ』は色々な意味で毛色の変わった小謡集といえるでしょう。
『童子小うたひ』を開いていると、寺子屋で大声で小謡いをうたう童子たちの顔が浮かんでくるようです(^.^)