遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

頼山陽『七絶詩書 佐野常世國』

2022年06月29日 | 文人書画

先回のブログで、英一蝶『鉢木』の能画を紹介しました。

確か、書にも『鉢木』に関係した物があったはず、ということで探し出したのが今回の品です。

頼山陽の七絶詩書『佐野常世國』です。

全体、44.2㎝x199.5㎝。本紙(紙本)、29.8㎝x126.9㎝。江戸後期。

鑑定家西村南岳の添状によれば、頼山陽晩年(天保元年)の作です。

【頼山陽】安永九(1781)年―天保三(1832)年、江戸後期の儒学者、漢詩人、歴史家。名は襄(のぼる)、通称、久太郎。字を子成、山陽、三十六峰外史と号した。京都に住み、多くの文人たちと交わった。著書『日本外史』は死後に出版され、幕末勤王志士たちのよりどころとなった。
【北条時頼】安貞元(1227)年―弘長三(1263)年。鎌倉幕府5代執権(1246―1256年)。政敵を排除し、北条氏の執権を確立。禅宗にも帰依し、建長寺を建立。人望が厚く、諸国廻向伝説がうまれた。

雪白煙紅亦偶然。
龍身魚服豈虚傳。
聰明照徹覆盆底。
業鏡高懸三十年。

雪は白く煙紅にして、亦(また)偶然なり。
龍身にして魚服する、豈(あに)虚傳ならんや。
聰明にして照徹する覆盆の底。
業鏡高く懸くること三十年。

旅僧に身をやつした北条時頼が、佐野常世の貧家に一夜を請うた日は、大雪で辺り一面白一色であった。常世が時頼に暖をとるため、秘蔵の盆栽、梅、松、桜を伐って燃やした煙は紅で、常世の誠意も紅だった。時頼が僧に身をやつして諸国行脚を行ったという逸話は、どうして虚構であろうか。聡明な時頼は、常世が人の計略により零落し、不遇をかこっていることを明察し、常世に本領を戻したのだ。業鏡を高く懸けた三十年であった。

龍身魚服← 中国故事、白龍魚服:身分の高い人が気付かれないように出掛けて、不幸な出来事にあうこと。
業鏡:人の罪を映し出すという浄玻璃鏡。『吾妻鏡』によれば、禅宗に帰依していた北条時頼は、死に臨んで、「業鏡高縣 三十七年 一槌打碎 大道坦然」(人の業を写すという鏡を高く掲げて37年間やってきたが、これを一槌で打ち砕いたなら人の進むべき正しい道が広がっていただろうに)の偈を遺したと言う。   

 

頼山陽の七言絶句の題は「佐野常世国」となっています。けれども、詩の主題は佐野常世ではなく、北条時頼です。
聡明な時頼は所領を横領されて不遇であった常世を明察し、彼を本領に直し土地を与えました。衆生の善行も苦行も明らかに写す冥界の鏡のような時頼の明智、三十年の短い生涯でしたが名執権時頼を賞賛します。
この書は、彼の善政を誉め讃えた七言律詩なのです。
時頼の廻国伝説がもてはやされた江戸時代という時代背景もさることながら、『日本外史』を著した頼山陽にしてみれば、下級武士の常世よりも、支配者、北条時頼に光をあてたかったのかもしれません。

左(赤):今回の品。右(黒):『書画落款印譜大全』

頼山陽の書とくれば、まず真贋が頭を悩ませます。特に戦前は今とは比較にならないほど珍重されたので、膨大な量の偽物が作られました(^^;

今回の品は、書品上々、さらに、印譜もOK。どうやら、いけそうです(^.^)

 

赤貧の暮らしながら、いざ鎌倉となれば、真っ先にはせ参じる覚悟をもった常世をたたえた能『鉢木』は、忠君の代名詞として、戦前は修身の教科書に必ず登場しました。しかし、主従関係などもはや別世界のこととなった現代においても、男と男の約束事として観能することができます。私事ではありますが、数多くの謡曲の中には、謡っていると次第に思い入れが強くなってくるものがあります。「隅田川」と「鉢木」は、恥ずかしながら、途中で、思わず声がつまってしまう謡いです。我々はプロではないから、それでいいのだと思います(^.^)

なお、能『鉢木』では、旅僧(北条時頼、ワキ) が雪深い佐野の里で、貧家に一夜の宿を請います。そして、妻からそのことを聞いた佐野常世(シテ)が登場し、まず、「あ~、降ったる雪かな」との言葉を発します。冒頭のこの句が、能『鉢木』では非常に大切です。シテ常世のこの言葉で、観客の眼前には雪景色が広がり、人々は常世の貧しい家と不遇を感じとることができます。演者の力量と能の公演の出来が、この一言に凝縮されているのです。

「あ゛ぁ~~~  ふっ・たぁる ゆ・き・かぁなぁ」
謡曲の練習でも、極め付きの難物です(^^;

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能画16.英一蝶『鉢木』

2022年06月27日 | 能楽ー絵画

同じような古面ばかりが続きましたので、気分を変えて、能画シリーズに戻ります。

全体、88.9㎝x148.5㎝。本紙(絹本)、83.2㎝x56.9㎝。江戸中期。

江戸時代の絵師、英一蝶の落款、印がある掛軸です。

【英一蝶】承応元(1652)年~享保九(1724)、江戸中期の画家。狩野安信に学び、後に、浮世絵風の軽妙なタッチで都市風俗を描いた。また俳諧を松尾芭蕉に学び、諸芸にも通じた。1698年幕府の忌諱にふれて12年間三宅島に流罪の後、英一蝶と改名。    

描かれているのは、能『鉢木』の一場面です。能画としては、舞台ではなく、情景を描いたAタイプの絵です。

【あらすじ】ある雪の夜、上野(コウズケ)の佐野に着いた旅の僧が、(佐野源左衛門)常世の住む貧屋に宿泊を請う。いったんは断った常世だが、妻の言葉を受け入れて僧を連れ戻り、粟の飯をすすめ、秘蔵の鉢植えの梅、松、桜を火にたいて、精いっぱいの歓待をする。常世は、一族の横領にあってこのように落ちぶれているが、もし鎌倉に事が起きたら一番に駆けつけて命を捨てて戦う覚悟だと話す。翌朝、旅僧はなごりを惜しんで家を去る。
 後日、鎌倉から諸国の武士に召集がかかる。常世もやせ馬に乗って駆けつけると、例の旅僧は前執権の最明寺入道時頼で、常世の言葉に偽りがなかったことを賞し、鉢の木のもてなしに報いるためだと言って、梅田、松枝、桜井の三荘を与える」(『能狂言事典』平凡社)

旅僧に身をやつして諸国行脚をする北条時頼のために、落ちぶれた武士佐野常世が、大切に育ててきた盆栽の、梅、松、桜を切りくべて、雪の夜、暖をとろうとする場面を、英一蝶らしい温かな筆致で描いています。この場面は、謡曲では「薪の段」とよばれ、広く親しまれています。

【薪の段 】仙人に仕えし雪山の薪。かくこそあらめ。我も身を。捨人の為の鉢の木。切るとてもよしや惜からじと。雪打ち払いて見れば面白やいかにせん。まづ冬木より咲きそむる。窓の梅の北面は。雪封じて寒きにも。異木よりまづ先立てば。梅を切りやそむべき。見じという人こそ憂けれ山里の。折りかけ垣の梅をだに。情なしと惜しみしに。今さら薪になすべしとかねて思ひきや。櫻を見れば春ごとに。花少し遅ければ。この木や侘ぶると。心を尽し育てしに。今はわれのみ侘びて住む。家櫻切りくべて火櫻になすぞ悲しき。さて松はさしもげに。枝をため葉をすかして。かかりあれと植え置きし。そのかい今は嵐吹く。松はもとより煙にて。薪となるも理や切りくべて今ぞみ垣守。衛士の焚く火はおためなりよく寄りてあたり給えや。

降りしきる雪の中、秘蔵の盆栽を伐ろうとしている佐野常世。

その常世をながめている旅僧、北条時頼。

白黒を基調とした絵が、しんしんと降り積もる雪と、その中での二人の心の通い合いを浮かび上がらせます。

松や衣服の模様には、地味な色がさされています。

旅僧の頭巾、袈裟に色。

目立たないですが、笹葉にも薄く彩色がなされています。

しっかりとした描線や淡い色使いなどは、狩野派を学んだ英一蝶らしい表現だと思います。

しかし、英一蝶は江戸時代から人気のあった作家だけに、贋物が非常に多いことでも有名です。実際の所、この絵の真贋はわかりせん。

落款と印章からすると、グレーか?(^^;

この絵をよく見ると、左上に馬がいます。

いざ鎌倉に際して、佐野常代が、ボロの具足(絵の右上)を身にまとい、痩せ馬に乗って馳せ参じる時の馬です。

馬の表情が何とも言えません。

英一蝶は、時として、動物を擬人化して描くことがあったという・・・ひょっとしたら期待できるかも(^.^)

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古面35.癋見(べしみ)4・・永享庚戌(室町時代、1430年)銘

2022年06月21日 | 古面

今回も癋見(べしみ)です。時代は古いです。

幅16.6㎝ x 長23.2㎝ x 高8.2㎝。重 207g。室町時代。

木彫の上に胡粉を塗り、朱に彩色されています。さらに、所々に黒で毛描きがなされています。木が枯れていて、大きさの割には軽いです。

眼光鋭いですが、

怒りよりは、威厳をたたえた表情です。

 

左目の端に孔があけられていますが、理由は不明です。

眉、口髭、顎髭が墨で描かれています。目も、黒で縁どられています。

非常に大きな鼻先が、スパッと削られています。

 

今回の古面は、私の持っている面の中で、資料的には一番貴重な物だと思います。

それはひとえに、面の裏の墨書きのためです。

上州               永享
 秋葉山       庚戌 
               三月
 御寶前

大權現

         政次郎
          本人 

永享二(庚戌、1430)年三月、 上州(群馬県)の秋葉山大権現(秋葉神社)に、政次郎なる人物が奉納した面であることがわかります。

上州には、14もの秋葉神社があるので、どの社かははっきりしませんが、この品によって、室町時代の奉納面の一様式がわかります。

秋葉神社は、火伏信仰とともに、天狗が祀られていることで有名です。

ですから、今回の品は、癋見(べしみ)面のうちの天狗面と考えて良いでしょう。

鼻が削られているので、よく知られている天狗のように長い鼻なのか、これまで見てきた癋見(べしみ)と同じく、大きめではあるけれど長くはない鼻なのか、どちらなのかはわかりません。

しかし、状況証拠から、この面は、これまで紹介してきた癋見(べしみ)と同じタイプの面と考えられます。

1)秋葉信仰における天狗は、元々、鼻の短い烏天狗であったらしい。
2)能(室町時代に確立)では、天狗の役者が癋見(べしみ)を被る。
3)長い鼻の天狗が一般的になったのは、江戸時代に入ってから。

それにしても、見事なまでにスパッと削られた鼻です。

かつては、鼻削りの神事があったのでしょうか?

 

 

 

 

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これがまあ終の茶碗か飯五勺

2022年06月19日 | 故玩館日記

先日、親爺の43回忌をすませました。

家の内外の掃除だけで、ほとほと疲れ果てました。

ただ、思わぬ品の発見も・・・・

少し古い飯茶碗です。

明治44年の新聞と一緒に、ぼろ箱に入っていました。

この茶碗、親爺の専用でした。子供の頃からずっと見ていて、きたならしい茶碗だなあ、あんなのでご飯を食べるのは嫌だなぁ、と思っていました。親爺の死後、すっかり忘れていたのですが、掃除の時に見つけた次第です(^.^) 時代からすると、祖父もこの茶碗を使っていたのかも知れません。

径 11.9㎝、高 6.2㎝。明治時代。

志野焼に絵瀬戸風の菊柄が描かれた飯茶碗です。ありそうでない品です。

8個とも、形、重さ、絵付けなどが微妙に異なります。

ほんのりと緋色の出た物もあって(写真ではわかり難い)、

茶だまりは無いけれど、なんなくお茶がたてられました。

手取り良し。結構な風情であります(^.^)

 

さて、肝心のご飯です。

よそってみると、丁度、半合=五勺です。男子に適量。

今日からは、この茶碗で三食をいただくことにしましょう。

実は、私も、親爺が亡くなった年齢に到達しました。

なんと、祖父も同じ歳で亡くなりました。

どうやら、ウチの男寿命は決まっているようです(^^;

    これがまあ終の茶碗か飯五勺

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スモモが色づきはじめました

2022年06月17日 | ものぐさ有機農業

今年、出来がイマイチの梅を収穫してみれば、5㎏強ありました。これで何とか、一年分の梅ハチミツと梅ジャムを作れそうです(不足分は、柚子ジャムで追加予定)。

梅が一段落したので、類似種であるスモモはどうかとのぞいてみました。

故玩館向い、中山道沿いの畑の端にあるスモモの木です。

相当古い樹で、私が物心ついた頃にはもう大木でした。100年位の樹齢があるかもしれません。

あまりに大きいので、5年前、庭師さんに三分の一に伐り詰めてもらいました。

こんなに伐ったので枯れるだろうと思っていたのですが ・・・・

毎年、サルノコシカケ、数本と

スモモの実をたわわにみのらせます。

まだ、色づき始めたばかりです。

 

樹が大きいのであまり目立ちませんが、このなり具合だと、例年通り、バケツに5杯ほどのスモモがとれます。あちこち捌くのに、また、宅配便代金がかさみます(^^;

驚いた事に、木を伐る前よりも、ずっと良い味のスモモになりました。こいう木は、どんどん剪定するのが良いのですね。

木漏れ日の下でスモモを眺めていると、思わず抒情詩人の気分になります(^.^)

すももの蒼さ身にあびて
田舎暮しのやすらかさ
けふも母じやに叱られて
すもものしたに身をよせぬ
         (室生犀星「抒情小曲集」)

修正歌:

    「母じゃ」⇒「奥方」 (遅生「叙情小心集」)

 

せっかくですから、いくつか実をつんで、まずは試食。

現川焼の小皿(江戸の品のつもりで(^.^)に盛り付け。

うーん、これならどんな器でも同じですね(^^;

ならば、初夏向きに昭和ガラスの小皿で。

甘酸っぱい少年時代がよみがえります(^.^)

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