プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★中欧4カ国巡り⑦スロヴァキア前編

2009-07-11 09:38:41 | 旅行記

 第7日目の6月28日は、ウイーンを発ち、スロヴァキアの首都ブラチスラヴァとトレンチーンを訪ねた後、温泉保養地ピエスタニー泊まりの旅程。096_461 096_452 ブラチスラヴァに着く頃に、またまた雨が降り出した。 しかも、城が修復工事中で入場できなかった。 人影がまばらな市街地を歩いていたら、恨めしげに見上げるマンホール男。 すぐ先には、カメラを構えるパパラッチを発見し096_510 た。 他にも、ユニー096_506 クな創作物096_481が並ぶ魅力的な町だった。096_578

096_568昼食後、約120㎞離れたトレンチーンに着く頃、青空が覗いた。 人口6万人のこじんまりとした町に、要塞風の堅牢なトレンチーン城が、覆いかぶさるように建っている。096_587096_583_2  この城は角度によって、さまざまな表情を見せるので、城を見上げながら、 市庁舎前の時計台を中心にした美しい街並みを散策した。  096_593 どこの国でも、子供は水遊びが好きらしく、噴水シャワーで戯れていた。

 夕刻、ピエスタニーのホテル付属の温泉プールで、泳いでいたら、老人が話しかけてきた。フロリダから毎年、療養に来ているという88歳のアメリカ人は、7年間のアウシュヴィッツでの収容所生活を語った。左腕に残る数字の入れ墨が痛々しかった。奥さんを3年前に亡くして、聞き役がいなくなったのだろうが、戦争が残した心の傷跡は、命ある限り癒えないに違いない。