ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

羊水塞栓症について

2006年01月19日 | 健康・病気

羊水塞栓症は、8000~30000件の分娩に1回の割合で起こる非常にまれな疾患です。分娩中や分娩直後に、突然、急激に血圧が下がり、呼吸循環状態が悪化してショック状態になるものです。重篤なものは引き続き呼吸停止、心停止となります。非常にまれな疾患ではありますが、もし発症した場合には、致死率は60~80%にも及ぶとされています。事前に発症を予測することは不可能です。

羊水塞栓症で亡くなった方を解剖すると肺などの組織から羊水の成分が見つかることから、分娩時に羊水が血液に入ったことにより肺などの血管が詰まって(塞栓して)発症すると従来は考えられていました。しかし、最近の研究により、分娩時に羊水が血中に入ることは珍しくないことがわかりました。その中のごく一部の人が、羊水成分に対して激しいアレルギー症状を起こすことが羊水塞栓症の原因との学説が最近は注目されています。

すなわち、分娩時などに微量の羊水が母体の血中に入ります。羊水は胎児側のものであり、母体にとっては他人のものということになります。その(自分のものではない)羊水に対して激しいアレルギー症状を起こすことによりショック状態になるという説が有力です。

羊水塞栓症は、分娩中または分娩直後に主に発症し、臨床症状がアナフィラキシーショック症状に類似していること、アトピー性皮膚炎の妊婦に多いこと、また男児に多く、破水直後に発症しやすいことなどが特徴としてあげられています。

羊水塞栓症が発症した場合は、発症直後にショックに対応した治療を迅速に行い、引き続いて、集中治療室(ICU)での集中的な呼吸や血圧の管理、DICの治療などが不可欠となります。しかし、重篤例での母体の救命はきわめて困難な場合が多いのが現状です。

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羊水塞栓症は非常にまれな疾患であり、産科医もこれまでは身近な疾患とは考えてませんでした。しかし、昨今、産科医療訴訟は増加の一途にある中で、羊水塞栓症は、非常にまれとはいえ、これがいつ起こるかは全く予測ができないわけですし、母体死亡率は86%、周産期死亡(妊娠22週以降の死産+生後1週間以内の新生児死亡)率は50%とも言われてますので、産科業務に従事する以上は我々もこの疾患に対して全くの無関心では済まされなくなってきました。少なくとも、『羊水塞栓症という疾患がこの世の中に存在し、妊婦であれば誰にでも起こり得る。非常にまれとはいえ、いったんこの疾患が発生すれば母体の救命は現時点ではほとんど不可能である。』という事実を、自施設で分娩を予定している妊婦さんとそのご家族に対しては周知徹底させておく必要があると私は考えています。


胞状奇胎後に絨毛癌が続発する可能性について

2006年01月19日 | 健康・病気

従来、胞状奇胎娩出後の1~2%に絨毛癌が発生すると言われてきましたが、胞状奇胎後の徹底した管理の普及により、現在わが国では胞状奇胎後に絨毛癌と確定診断される人はほとんどいないと考えられます。

胞状奇胎後は、みんな用心してhCGが陰性化するまで厳重に経過観察し、hCG値の再上昇がみられた時点ですぐに化学療法を開始するので、はっきり絨毛癌だと確定診断できるような状態になることはほとんどないわけです。

それに対して普通の妊娠の後には誰もhCG値の経過観察などしないので、万一、正常妊娠後に絨毛癌が続発した場合、全身転移した状態でもなかなか絨毛癌と診断されず、手遅れに近くなってしまいます。

当科で以前に治療したある患者さんの場合は、無数の肺転移があり呼吸困難におちいっていて、前医の診断は『肺癌末期』で余命あと1週間以内と言われていたのが、たまたま担当医が妊娠反応陽性に気づき当科に紹介され、絨毛癌と診断されました。その患者さんの場合は胞状奇胎の既往はありませんでした。その患者さんは当科で化学療法を実施して完全治癒し、後にお子さんを出産されました。

また、他の患者さんの場合、正常分娩後まだ半年の人で、脳転移、肝転移、脾転移、小腸転移まである人でしたが、当科に紹介される直前までは他院の内科で原発不明の癌の全身転移という診断でした。やはり担当の内科の先生がたまたま妊娠反応陽性に気づいたのが診断のきっかけでした。その患者さんも現在では完治し年に1度の外来経過観察中ですが、発病前と同様に元気に働いてらっしゃいます。

このように絨毛癌は、化学療法の奏効率がほぼ100%近くになったと考えられていて、現在ではほぼ100%近く完全寛解が期待できる病気です。(ただし、抗癌剤抵抗性で治療困難な例や、完全寛解後に再発する例などが一部にあります。)

胞状奇胎は日本人には比較的多い疾患です。当科でも2~3ヶ月に1度の頻度で経験します。胞状奇胎娩出後のhCG検査の間隔は、検査値が再上昇してきたらなるべく早めに化学療法を開始した方がいいので、最初のうちは週1回くらいで、経過順調であれば、2週に1回、月に1回とだんだん検査の間隔を長くしていきます。また、胞状奇胎娩出後、約半年は避妊が指示されます。