羊水塞栓症は、8000~30000件の分娩に1回の割合で起こる非常にまれな疾患です。分娩中や分娩直後に、突然、急激に血圧が下がり、呼吸循環状態が悪化してショック状態になるものです。重篤なものは引き続き呼吸停止、心停止となります。非常にまれな疾患ではありますが、もし発症した場合には、致死率は60~80%にも及ぶとされています。事前に発症を予測することは不可能です。
羊水塞栓症で亡くなった方を解剖すると肺などの組織から羊水の成分が見つかることから、分娩時に羊水が血液に入ったことにより肺などの血管が詰まって(塞栓して)発症すると従来は考えられていました。しかし、最近の研究により、分娩時に羊水が血中に入ることは珍しくないことがわかりました。その中のごく一部の人が、羊水成分に対して激しいアレルギー症状を起こすことが羊水塞栓症の原因との学説が最近は注目されています。
すなわち、分娩時などに微量の羊水が母体の血中に入ります。羊水は胎児側のものであり、母体にとっては他人のものということになります。その(自分のものではない)羊水に対して激しいアレルギー症状を起こすことによりショック状態になるという説が有力です。
羊水塞栓症は、分娩中または分娩直後に主に発症し、臨床症状がアナフィラキシーショック症状に類似していること、アトピー性皮膚炎の妊婦に多いこと、また男児に多く、破水直後に発症しやすいことなどが特徴としてあげられています。
羊水塞栓症が発症した場合は、発症直後にショックに対応した治療を迅速に行い、引き続いて、集中治療室(ICU)での集中的な呼吸や血圧の管理、DICの治療などが不可欠となります。しかし、重篤例での母体の救命はきわめて困難な場合が多いのが現状です。
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羊水塞栓症は非常にまれな疾患であり、産科医もこれまでは身近な疾患とは考えてませんでした。しかし、昨今、産科医療訴訟は増加の一途にある中で、羊水塞栓症は、非常にまれとはいえ、これがいつ起こるかは全く予測ができないわけですし、母体死亡率は86%、周産期死亡(妊娠22週以降の死産+生後1週間以内の新生児死亡)率は50%とも言われてますので、産科業務に従事する以上は我々もこの疾患に対して全くの無関心では済まされなくなってきました。少なくとも、『羊水塞栓症という疾患がこの世の中に存在し、妊婦であれば誰にでも起こり得る。非常にまれとはいえ、いったんこの疾患が発生すれば母体の救命は現時点ではほとんど不可能である。』という事実を、自施設で分娩を予定している妊婦さんとそのご家族に対しては周知徹底させておく必要があると私は考えています。