ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

常位胎盤早期剥離について

2006年01月24日 | 健康・病気

常位胎盤早期剥離は、『正常位置に付着している胎盤が、妊娠後半期または分娩経過中に、胎児娩出前に子宮壁から部分的または完全に剥離し、ときに重篤な臨床像を呈する症候群』と定義されます。

通常、胎盤は児娩出後に自然に子宮から剥がれてきます。ところが、常位胎盤早期剥離という病気では、まだ胎児が子宮の中にいるのに胎盤が子宮から剥がれてしまいます。胎盤が剥がれると子宮の壁から出血し胎盤後血腫という血の塊が子宮壁と胎盤の間に形成されます。

常位胎盤早期剥離は、正常の分娩経過中に病院内で突然おこることもあれば、まだ臨月にもなっていない時期に自宅で突然おこることもあります。胎盤が子宮から剥がれてくると、胎児への酸素と栄養の供給は突然ストップしてしまいます。剥がれる面積が小さいうちは胎児は何とか生きていますが低酸素のため弱ってきます。広い範囲で剥がれると胎児死亡となります。 発症直後に胎児死亡となる例もめずらしくありません。胎盤後血腫のために母体の血液の状態が変化してDICという状態になると、血が止まらなくなり、出血のために母体の生命が奪われることもあります。

常位胎盤早期剥離の典型的な自覚症状は、動けなくなるぐらいに激烈な下腹痛で、お腹は板のように硬くなります。 性器出血がみられることもあります。 胎動が減少または消失します。症状が典型的でない場合も多いです。以上のような症状があった場合には、自己判断で様子を見ないで夜中でも必ず産婦人科での診察を受けることが大切です。 診断するためには胎児心拍をモニタリングする必要があります。超音波検査で胎盤後血腫が認められた場合の診断は確実ですが、実際には超音波検査ではっきりした所見が認められないことの方がむしろ多いです。

常位胎盤早期剥離は母児の命にかかわる非常にこわい病気ですが、いつ誰におこるのかは全く予想ができません。いかに医学が進歩したとはいえ、この病気の発症を予測することは未だに不可能です。重症の妊娠高血圧症候群(旧称:妊娠中毒症)がある場合におこりやすいといわれていますが、実際には妊娠高血圧症候群と関係なく発症することも多いです。 適切な予防法もありません。常位胎盤早期剥離がおこった場合に発症後できるだけ早く診断して緊急帝王切開などの母児の緊急救命処置を行うことが、我々にできる唯一かつ最善の道です。たとえ来院時にすでに胎児死亡になっていたとしても、母体のショック状態、DICを早急に改善させて、大量輸血の準備が整い次第、直ちに帝王切開で胎盤及び胎盤後血腫と胎児を子宮から取り出さないと、胎児ばかりではなく母体の生命にも危険がおよびます。

常位胎盤早期剥離は全妊娠の0.44~1.33%程度に発症すると言われてます。胎盤の剥がれる面積が小さかったり、進行がゆっくりであれば母児とも無事に助かる場合もありますが、来院時にすでに胎児が弱りきっていると、緊急帝王切開で児を娩出して新生児科医に蘇生処置を実施してもらっても脳性麻痺などの障害が残る場合もあります。自宅で発症した場合や他院からの母体搬送例では、来院時にすでに胎児死亡となっている場合が非常に多いです。

常位胎盤早期剥離の母体死亡率は4~10%児死亡率は30~50%といわれています。発症のリスク因子としては妊娠高血圧症候群、絨毛羊膜炎、骨盤位に対する外回転術などがあります。また、前回の妊娠でこの病気を発症した場合には、今回の妊娠での反復率は5~10%と極めて高率となり発症率は約10倍に増加するので厳重な管理が必要となります。

一次医療施設から高次医療施設への母体搬送の時期ですが、妊娠週数とは関係なく、常位胎盤早期剥離が疑われた場合は直ちに高次医療施設へ母体搬送することが望ましいと考えられます。この病気では、児死亡が非常に高率であり、母体にもDIC、多臓器不全などの重篤な合併症が高率に発症しますから、大勢の専門医の力を結集して治療にあたる必要があります。

常位胎盤早期剥離は発症の予知がきわめて困難で、妊婦であれば誰にでもいつでも発症する可能性があり、母体死亡や児の周産期死亡に密接につながる緊急性のきわめて高い病気であり、発生頻度も比較的多いです。気になる症状があれば、自宅で様子を見ることなく病院にすぐに連絡しましょう