ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

地域周産期医療体制の今後の流れは?

2006年01月28日 | 飯田下伊那地域の産科問題

世間一般の人達は、妊娠・出産でまさか妊婦や胎児・新生児が死ぬことがあるなんてことは全く考えてなくて、分娩では母児ともに安全なのが当然と信じきっている人がほとんどだと思います。ところが、実際の産科医療の現場では、常位胎盤早期剥離だの、前置胎盤出血だの、弛緩出血だの、血栓性肺塞栓症だのと、まさに死ぬか生きるかの修羅場の世界です。

例えば、常位胎盤早期剥離がいつ誰に起こるかは全く予知できませんが、いったん常位胎盤早期剥離が起これば発症後数時間以内の母体死亡も十分にあり得ることなので、常位胎盤早期剥離の症例に直面した産科の医療現場では、母体の救命が第一の目標となり、胎児の救命は全くの偶発性に依存し、運がよければ胎児を救命できることもあるというのが実態です。母体の命だけでも何とか助けることができれば我々は使命を果たせてほっと安堵しますが、いくら頑張っても母体死亡になることだって十分にあり得ます。

今後、産科診療がこの世の中に存続してゆくためには、まず、分娩で母児ともに安全なのが当然という世間一般の常識を根本から改めてゆく必要があると考えています。医学的常識が全く通用しなくなって、産科で結果が悪ければすべて訴訟というような社会になってしまえば、現在残り少なくなってしまった現役の産科医達も今の職場からは全面的に撤退するしかありません。万一、そういう産科医絶滅という事態になってしまえば、昔の産婆さん時代に逆戻りになってしまい、母体死亡率、周産期死亡率が現在の何十倍にもなってしまうかもしれません。そういう事態を社会が許容するということであれば、産科医療が滅亡しても仕方がないでしょう。

現在の医療水準に見合った分娩の安全性を社会が求めるのであれば、その社会要請に応じて、医療圏ごとに地域の周産期医療システムを構築し、大勢の専門医達がチームを組んで一致協力して24時間体制で母児の急変に対応してゆく必要があります。しかし、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門医の数は全国的に全く足りていないという現状があり、今後、広域医療圏ごとに、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門医をセンター病院に集約化してゆかざるを得ない時代の流れであると考えられます。

私自身は、現在勤務している職場が今後もこの世の中に存続してゆけるように退職までにあとひと頑張りしてみようかと今は一応考えています。しかし、私もいつ健康を害して働けなくなってしまうかわかりませんし、職場と心中する気など毛頭ありませんから、もしも地理的条件などから他の医療施設に専門医を集約して、より広域の医療圏をカバーする周産期センターを構築するというような時代の流れとなってくれば、その新しい時流に素直に従って、他の専門医達と全面的に協力してゆく道を選びたいと考えています。今の職場の存続には全くこだわりません。産科医療自体の存続の方がはるかに重要な問題だと思います。