必要な医師を確保できず、分娩取り扱いを断念せざるを得ない施設が後を絶ちません。今後、産科医を増やしていくためには、どうしたらいいのでしょうか?
医学部を卒業しただけでは、実際の臨床現場ではまだ何もできません。医学部を卒業して一人前の医師になるまでには非常に長い時間がかかります。若い医学生や研修医が一人前の医師に成長していく過程では、多くの患者さんが集まる一定以上の規模の病院で、指導医のもとで多くの経験を積んで、基本的な知識や技術を身に付けてゆく必要があります。臨床研修病院では、未経験の若者達がだんだんと成長して一人前の専門医になるまで、じっくりと育てていく教育体制をきちんと築き上げる必要があります。
人手不足のため、指導医が日常診療をこなすだけで精根尽き果てて精一杯の状況であれば、若い人を育成するどころではありません。若い人をじっくり育てていくためには、指導医にある程度の時間的余裕を与える必要があります。
要するに、若い人を育てるためには、豊富な症例数、スタッフの人的余裕などの条件は必要不可欠です。人的余裕の全くないような人手不足の病院に、未経験の若者達は決して集まって来ません。
現状では専門医の絶対数が全く足りてないわけですから、専門医を育成することがきわめて重要です。人を育てる体制を確立するという観点からも、産科施設の重点化・集約化は必要だと思います。
****** 個人的経験
同じ病院に18年間勤務していますが、最初の数年間はいわゆる1人医長で、1年のうちで休日は1日もなく、連日連夜病院に泊り込んで働き通しで、夜中の緊急帝王切開でも何でも1人で対処しなければなりませんでした。1日の睡眠は仕事の合間の仮眠だけというような、今から考えると、地獄のような過酷な毎日でした。
仲間が1人増えて医師2人体制になったとたんに、いきなり地獄が天国に変わった感じでした。いつでも手術は産婦人科の仲間と一緒に2人でできるようになったし、1日おきにでも帰宅できるようになったし、交替で学会にも出席できるようにもなりました。
さらに仲間が増えて常勤3人体制になると、けっこう余暇もできて、院内ボランティア活動とか、ホームページとかブログとかにのめりこんだりする時間もできてきました。英会話やピアノのレッスンに通ったりする余裕も生まれました。
常勤4人体制になると、医学生の教育や研修医の教育などに力を入れる余裕も少し出てき始めましたし、1日がかりの癌の手術などを毎週のように実施することも可能な体制となりました。緊急手術を2件同時に実施するようなことも十分に可能となりました。
常勤5人体制になってみると、さらに急に世界が大きく広がった感じがしています。安全性も格段に高まったように感じています。若い女性医師が多いことを考えると、今後は当然彼女ら自身が安心して妊娠・出産・子育てができる柔軟な勤務環境を作っていく必要があり、(何年かかるか全くわかりませんが、)将来的には常勤10人くらいの体制にもっていく必要があると考えています。
助産師の数も最初は1名の体制からの出発で、最初は毎日オンコールという非常に過酷な勤務体制でしたが、助産師数もだんだん増えてきて、現在は助産師28名の体制となり、助産師外来とか、フリースタイル分娩とか、助産師の力を存分に発揮できる体制になってきつつあります。助産師自身の妊娠・出産・子育てとも十分に両立できるような職場の体制になりつつあるように感じています。
やはり、人がいなければ何も始まりません。急には無理にしても、将来的には、産婦人科は大勢のスタッフを擁する病院の体制を中心にやっていくべきだと考えています。何はともあれ、長期的視野に立って、若い仲間がどんどん増えていくような流れを作っていくことが非常に大切なことだと思います。