コメント(私見):
救急科などで瀕死の状態で病院に運ばれたようなケースでは、病院で標準的治療が実施されていれば、たとえ結果が悪くても『何か医療ミスがあった筈だ』という発想にはなかなか結びつきません。
しかし、産科の場合は、健康な状態で自分で歩いて入院してきて、突然、病院の中で瀕死の状態になりますから、たとえ病院で標準的な治療が実施されていても、結果が悪ければ『何か医療ミスがあった筈だ』という発想に結びつきやすいことは確かです。
『お産は病気ではないのでうまくいって当たり前、何かあったらすべて医療ミスに違いない!』というのが一般的な認識となっています。大野病院事件で、加藤先生には悪意や重大な過失があったとは思われなかったのに、突然、逮捕・拘留されたことに対する医療界のショックは計り知れません。多くの産婦人科医がこの事件を契機に産科の医療現場から離れました。加藤先生が1人医長であったことから、少数医師の体制で産科医療に従事することのリスクが再認識され、マンパワー不足の産科が次々に廃止されて、その結果として分娩施設が急減し、全国的な産科空白地帯の拡大にさらに拍車がかかりました。
『産科では、標準的な医療の管理下であっても、一定の頻度で母体や胎児に悪い結果が起こり得る』という事実を、立法、行政、司法、警察、マスコミ、一般の方々にもよく理解して頂くことが非常に重要だと思います。
【追記】 大野病院事件で、検察当局が控訴を断念する方向で最終調整しているとのニュースがインターネット上に掲載されましたので、以下に引用させていただき、本日のブログのタイトルも変更しました。
****** 福島民報、2008年8月29日
遺族、控訴断念に言葉少なく 大野病院事件
福島県立大野病院(大熊町)の医療過誤事件で、産婦人科医を無罪とした福島地裁判決に対し検察当局が控訴断念の方向で検討に入ったことが分かった28日、遺族は「検察側から何も聞いていないのでコメントできない」と言葉少なだった。控訴しないことを願う医療関係者は「安心できそうな知らせ」と受け止めた。
帝王切開手術中に亡くなった女性=当時(29)=の父渡辺好男さん(58)=楢葉町=は控訴をめぐる動きについては言及を避けながらも、「真相を究明したいという思いは変わらない」と冷静な表情で語った。
無念の涙を流しながら無罪判決を聞いた20日、会見で「少しでも医療事故が減ってほしい」と訴えた渡辺さん。27日には舛添要一厚生労働相に中立公平な医療事故調査機関の設置を要望するなど、娘の死を無駄にしないとの思いは尽きない。
大野病院を運営する県病院局の尾形幹男局長は「検察の方針が確定していない段階ではコメントできない」とした。
一方、産婦人科医の本田岳安達医師会長は「控訴断念の方向と聞き、安心した」。無罪判決を受けた加藤克彦医師(40)が復職を望んでいることを踏まえ、「産科医療は難しい環境にあるが、頑張って地域を支えてほしい」と期待した。
判決当日に福島市で開かれたシンポジウムの発起人となった野村麻実医師(国立病院機構名古屋医療センター産婦人科)は「控訴を断念するなら早く決めてもらいたい」と望み、「ご遺族と病院側がよく話し合い、解決に向かってほしい」と願った。
(福島民報、2008年8月29日)
****** 日テレニュース24、2008年8月28日
大野病院医師無罪 控訴断念で調整~検察
福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、手術を行った産婦人科医が業務上過失致死罪などに問われた裁判で、医師に無罪を言い渡した福島地裁の判決について、検察当局が控訴を断念する方向で最終調整を行っていることがわかった。
大野病院の加藤克彦医師(40)は04年に当時29歳の女性の帝王切開手術を行った際、癒着した胎盤を無理にはがし、大量出血で死亡させたとして業務上過失致死などの罪に問われた。一審の福島地裁は20日、「加藤医師が胎盤をはがすことをやめなかった措置は、臨床現場で一般的に行われていて、注意義務に違反したとは言えない」として無罪を言い渡した。
この判決を受け、検察当局は控訴するかどうか検討してきたが、判決を覆すような臨床例を新たに示すことが困難なことなどから、控訴を断念する方向で最終調整を行っているものとみられる。
この裁判は、医師の医療行為について刑事責任を問うことの是非が注目されていたが、医師の無罪が確定する見通しとなった。
(日テレニュース24、2008年8月28日)
****** 共同通信、2008年8月28日
検察、控訴断念の方向
大野病院事件の産科医無罪
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦(かとう・かつひこ)医師(40)を無罪とした福島地裁判決に対し、検察当局が控訴を断念する方向で検討に入ったことが28日、分かった。
同事件は通常の医療行為で医師が逮捕、起訴されたことに医療界が反発、全国的な産科医不足に拍車を掛けたとされ、検察の対応が注目されている。
20日の福島地裁判決で鈴木信行(すずき・のぶゆき)裁判長は、子宮に癒着した胎盤をはがす「はく離」を加藤医師が続けた判断の是非について「標準的な措置だった」と過失を否定した。
検察側は公判で「直ちに子宮を摘出すべきだった」と主張したが、判決は「根拠となる臨床症例を何ら示していない」と立証不備を指摘。大量出血の予見可能性など検察側の構図を一部は認定したものの、禁固1年、罰金10万円の求刑に対し無罪を言い渡した。
検察当局は、主張の前提となる臨床例の提示や、新たな鑑定人確保が困難な事情などを慎重に検討しているとみられる。
▽大野病院事件
大野病院事件 福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性が死亡。子どもは助かった。県の調査委員会が医療過誤を認める報告書を公表、これが捜査の端緒となり、県警は06年、子宮に癒着した胎盤をはがす「はく離」を無理に継続し大量出血で死亡させたとして、業務上過失致死などの疑いで執刀した産婦人科医加藤克彦(かとう・かつひこ)医師を逮捕した。「医療が萎縮(いしゅく)する」と医療界は猛反発、関連学会の抗議声明も相次いだ。第三者の立場で医療死亡事故を究明する国の新組織が検討されるきっかけにもなった。
(共同通信、2008年8月28日)
**** NHKニュース、2008年8月28日
医師無罪判決 控訴断念へ協議
4年前、福島県立大野病院で行われた帝王切開手術で、無理な処置で女性を死亡させたとして業務上過失致死などの罪に問われ、無罪判決を受けた産婦人科の医師について、検察側は「判決を覆すのは難しい」として、控訴しない方向で最終的な協議を進めています。
福島県大熊町にある県立大野病院の産婦人科の加藤克彦医師(40)は、4年前、当時29歳の女性に帝王切開手術を行った際、胎盤を無理にはがし、大量出血で女性を死亡させたとして業務上過失致死などの罪に問われました。今月20日、福島地方裁判所は「多くの医師が用いる標準的な処置で、刑事責任は問えない」として、加藤医師に無罪を言い渡しました。判決の中で、裁判所は、胎盤をはがすのを中止する義務があったとする検察側の主張について「根拠となる過去の症例が示されていない」などと証拠の不足も指摘しました。これについて、検察側は控訴できるかどうか検討してきましたが、「判決を覆す新たな証拠を見つけるのは難しい」として、控訴しない方向で最終的な協議を進めています。
(NHKニュース、2008年8月28日)
****** 読売新聞、2008年8月28日
帝王切開死の医師無罪判決、検察側が控訴断念へ
福島県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死罪などに問われた加藤克彦医師(40)に無罪を言い渡した福島地裁判決について、検察当局が控訴を断念する方向で最終調整していることがわかった。
加藤医師は、帝王切開手術のミスによる大量出血で女性を死亡させたうえ、死亡を警察に届けなかったとして、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われ、裁判では、子宮に癒着した胎盤をはがし続けた処置が医学的に妥当かが争点になった。
今月20日の判決は、「子宮摘出手術に移るべきだった」とする検察側の主張について、「根拠付ける臨床例を何ら示していない」と、医師法違反も含めて無罪とした。
福島地検が上級庁と協議しているが、「標準的な医療措置」と認定した判決を覆すような臨床例を示すのは困難と判断しているとみられる。
判決を巡っては、日本産科婦人科学会などが控訴断念を求める声明を出したほか、27日には超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」のメンバーらが保岡法相に控訴を断念するよう要請した。
(読売新聞、2008年8月28日)
****** 毎日新聞、2008年8月28日
福島・大野病院医療事故:検察、控訴断念へ--最終調整
福島県大熊町の県立大野病院で04年、帝王切開手術中に患者の女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、福島地裁(鈴木信行裁判長)が業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医、加藤克彦医師(40)に無罪判決(求刑・禁固1年、罰金10万円)を出したことについて、検察当局が控訴を断念する方向で最終調整に入ったことが27日分かった。
今月20日の福島地裁の判決は、大量出血の予見可能性など検察側主張を一部認めたものの、最大の争点だった「胎盤剥離(はくり)を途中で中止すべきだったか」については「中止して子宮摘出手術などに移行することが当時の標準的な医療水準と認められず、剥離の継続が注意義務に反することにはならない」と加藤医師の過失を否定した。さらに、「剥離を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにしなければならないが、検察官は臨床症例を提示していない」と検察側の立証の不備も指摘した。
福島地検が上級庁と協議を進めているが、女性の症状の「癒着胎盤」は症例が極めて少なく、剥離を中断した臨床例の提示も困難なことなどから、慎重に検討しているとみられる。今回の事件を巡っては、全国の医療関係者が「医師の裁量に捜査機関が介入している」と反発していた。
(毎日新聞、2008年8月28日)
****** 毎日新聞、2008年8月28日
医療事故:防止へ第三者機関設置を 厚労相に遺族ら要望
医療事故の被害者遺族らでつくる「医療過誤原告の会」など6団体は27日、事故原因究明のための中立な第三者機関「医療安全調査委員会」の設置法案を、来月開会する臨時国会で成立させるよう舛添要一厚生労働相に要望した。要望に先立っての会見では、20日に医師に無罪判決が出た「大野病院事件」で死亡した女性(当時29歳)の父親の渡辺好男さん(58)も同席。「娘が死んだ真相を知るには裁判しかなかった。第三者機関があれば状況は変わっていたと思う」と調査委の早期実現を求めた。【夫彰子】
(毎日新聞、2008年8月28日)
****** 福島放送、2008年8月28日
遺族が厚労相に要望/大野病院事件
大野病院事件で娘を亡くした楢葉町の渡辺好男さんは27日、舛添要一厚生労働相に中立公平な医療事故調査機関の設置を要望した。全国組織「患者の視点から医療安全を考える連絡協議会準備会」の要望活動に参加した。渡辺さんは判決後に県病院局に提出した「医療事故再発防止のための要望書」を舛添厚労相に手渡し、「(医療)現場の声を何でも聞くことのできる体制をつくってほしい」と述べた。
これに対し舛添厚労相は9月12日召集予定の臨時国会に、医療安全調査委員会(医療事故調)設置に向けた関連法案を提出する考えを示し、「医療側、患者側双方の意向を聞き、党派を超えて早く制度をつくり動かしたい。全力を挙げて取り組む」と約束した。
舛添厚労相との面会に先立ち渡辺さんは、厚生労働記者会で会見に臨み、「第三者機関があれば少しでも真実をつかめただろう。医療側が痛みを出せるような制度をつくってほしい」と訴えた。
(福島放送、2008年8月28日)
****** TBSニュース、2008年8月27日
帝王切開事故、無罪判決受け申し入れ
先週、無罪判決が出た福島県立大野病院事件の裁判を受けて、超党派の議員連盟が法務大臣らに控訴を断念するよう申し入れました。
申し入れを行ったのは、尾辻秀久会長ら超党派で作る「医療現場の危機打開と再建を目指す国会議員連盟」の議員たちです。
尾辻会長らは、出産の際の医療行為をめぐり、業務上過失致死などの罪に問われた医師が、先週、無罪判決を受けた事に対して、控訴しないよう保岡興治法務大臣に申し入れました。また、厚生労働省にも、同様の要望書を提出しました。
これに対し、舛添要一厚生労働大臣は、「法務大臣ともよく相談し、今後どういう対応を取るか決めたい」とした上で、医療事故の原因究明を専門家が行う「医療版の事故調査委員会」の設置を急ぎたいとの考えを改めて示しました。(27日14:34)
(TBSニュース、2008年8月27日)
****** 日テレニュース24、2008年8月27日
大野病院事件で控訴断念を要望~超党派議連
出産後の妊婦の死亡をめぐり、福島県立大野病院の医師に無罪を言い渡した福島地裁判決について、超党派の議員連盟の代表が27日、法務省を訪れ、保岡法相に控訴しないよう求める要望書を手渡した。
要望書を手渡したのは、「医療現場の危機打開と再建を目指す国会議員連盟」の尾辻秀久会長ら。要望書では、大野病院事件で医師に無罪を言い渡した20日の福島地裁判決について、医療現場の不安と混乱を放置しないために、控訴しないよう求めている。
尾辻会長によると、保岡法相は「控訴の判断は検察に任せている」とした上で、医療事故について第三者の調査機関を設置する必要があるとする議連側の意見に「ほとんど同じ考えだ」と述べたという。
(日テレニュース24、2008年8月27日)
****** 毎日新聞、2008年8月27日
大野病院医療事故:医師無罪に超党派議連「控訴断念を」
福島県立大野病院の医療事故で、産婦人科医を無罪とした福島地裁判決(20日)について、超党派の国会議員150人でつくる「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)は27日、保岡興治法相と舛添要一厚生労働相に控訴断念を求める要望書を提出した。
要望書は「(事故が刑事事件になったため)ハイリスクな医療では、通常の医療行為でも刑事訴追される不安がまん延し、医療崩壊に拍車をかけた」と指摘。控訴断念を求める理由を「医療現場を不安と混乱のまま放置しないため」としている。
(毎日新聞、2008年8月27日)
****** 読売新聞、2008年8月27日
超党派議連、法相に大野病院事件の控訴断念を要請
超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」の尾辻秀久会長(元厚労相)らが27日午前、保岡法相と法務省で会い、福島県立大野病院で起きた医療事故で業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医に無罪判決が出た裁判での控訴を、断念するよう要請した。
議連は「事件後、ハイリスクな医療では刑事訴追される不安がまんえんし、産科空白地帯が急速に拡大した。控訴がなされないようお願い申し上げる」とする要望書を法相に手渡した。保岡法相は「(控訴については)現場の判断に任せる」と述べた。
(読売新聞、2008年8月27日)
****** 共同通信、2008年8月27日
法相に控訴断念を申し入れ 「医師に不安」と議員連盟
福島県立大野病院事件をめぐり、超党派でつくる「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」会長の尾辻秀久氏ら5議員が27日、保岡興治法相に面会し、業務上過失致死などの罪に問われた医師を無罪とした20日の福島地裁判決に対して控訴しないよう申し入れた。
議員連盟は「医師の逮捕後、通常の医療行為を行っても刑事訴追されるという不安がまん延し、医療崩壊に拍車を掛けた」と訴えた。面会後、尾辻氏は「法相は捜査にとやかく言える立場ではないが、医療事故に対する基本的な考え方では一致した」と語った。
(共同通信、2008年8月27日)
****** CBニュース、2008年8月27日
大野事件「控訴しないで」―超党派議連
超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」の尾辻秀久会長ら5人が8月27日午前、法務省を訪れ、保岡興治法務相に「福島県立大野病院事件」について、「控訴することのないようお願いします」と要望書を手渡した。
要望書は、事件が地域の産科医療に重大な影響を与え、刑事訴追への不安がまん延して医療崩壊に拍車を掛け、近隣で産科医療が受けられない「産科空白地帯」が急速に拡大したと指摘。医療現場を不安と混乱のまま放置しないためにも、控訴をしないよう求めている。
法相との話し合いを終えた尾辻会長は、「保岡法相は、基本的にはわれわれと考えは同じだが、意見を言う立場になく、現場の判断になるとおっしゃった。医療事故原因の特定は、司法では分かりにくいため、専門家による第三者機関の設置は有効な手段であることも話し合った」と報告した。
同議連は午後、舛添要一厚生労働相にも同様の要望書を提出。要望を受けた舛添厚労相は「法相とも相談しながら、政府としてどう対応するか議論していきたい。医療を提供する側と受ける側の相互信頼を再構築するために努力する」と述べた。
(CBニュース2008年8月27日)
****** m3.com医療維新、2008年8月26日
福島県立大野病院事件◆Vol.23
「検察は控訴すべきではない」と国会議員が発言
シンポジウム『福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える』vol.3
村山みのり(m3.com編集部)
シンポジウム『福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える』第2部のフリーディスカッションでは、シンポジストの他に、全国から集まった医師、国会議員、地元の市会議員、高校教諭など、様々な立場の参加者からの発言があった。主なものを紹介する。
【国会議員コメント(発言順)】
◆民主党参議院議員・仙石由人氏
「医療」という行為が刑法上どのような評価を受けているのか、受けなければならないかが問われる。刑法35条では「正当行為」として「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」と定めている。医療行為はナマの事実としては傷害行為であるが、そもそも人間にとって必要であるので正当行為に当たり、犯罪に問われる筋合いのものではない。それを刑事事件として捜査するなど大問題である。われわれはこのようなことを許してはならない。
抽象的概念としての法律において、「ここから先は良い、悪い」というのは、誰が判断するかによっても違ってくる。法務省・検察庁には、今回の事件を教訓にして、起こすべからざることの事例を積み上げ、専門的観点からの深い洞察がなければやってはならないということを十分に認識するよう、申し出ていきたい。
◆自由民主党参議院議員・世耕弘成氏
今日の判決は高く評価する。判決が出るまでは、司法への介入になってはいけないので発言を控えていたが、判決は出た以上は、検察は控訴すべきではないということを、与党の政治家として申し上げたい。
事件がここまで複雑になった背景には、福島県が行った調査委員会が、患者と示談をするために、あたかも加藤医師の過失を認めた調査報告を作ってしまったことが原点として存在する。これを防ぐために、一日も早く、無過失保障制度を立ち上げなければならない。過失を認めた報告がなければ患者が納得できるような示談・保障に応じられないという現状は、早急に改めなければならない。この制度は、(産科医療については)来年1月には立ち上げることになっている。これを確実に運営していくことが非常に重要である。
また、遺族の方々にご納得いただき、一方、現場で働く医師が萎縮するようなことがないよう、これらを両立させるため、医療安全調査委員会を早急に立ち上げることが必要である。この中で免責の話も出ている。刑法、医師法21条としっかり向き合い、特例を明記した法律を作ることが求められる。
今回の問題には、現場の臨床の医師だけが関心を持っていた訳ではない。昨日、中学時代からの 友人である、IPS細胞の研究者・山中伸弥教授(京都大学)と話したが、判決に大変注目していた。研究が臨床段階に入り、何かが起こった際に、最終的に研究者まで責任が追求されることがあったら、日本の医学研究そのものが止まる、また、そのようなものを現場の先生も使わなくなってしまう、と心配していた。
先般、道路特定財源を一般財源化した。福田内閣が安心・安全を重視した政権であることを国民に理解してもらうため、ぜひこの財源の多くの部分を医療の建て直しに使ってほしい。これを首相にも提言していきたい。
◆民主党参議院議員・鈴木寛氏
日本の医療崩壊は二つのことが悪循環になっている。一つは医師不足、またその結果による過剰な勤務状況。もう一つは現場の医師が、刑事訴追、訴訟のリスクに日々さらされていること、それによる萎縮医療。これらがどんどん悪循環を起こし、泥沼のような2年半だった。しかし、今日はその一つの軸に歯止めが加えられた、日本の医療を立て直すための記念すべき日。
2年半前、医療の危機的状況について、国会議員はほとんど認識しておらず、むしろ医療費削減が国会の主力議論だった。しかし、今年2月に立ち上げた「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」には、現段階で、国会議員720人中150人が参加している。これが360人を超えた瞬間にこの国の医療は復活することを、心にとどめていただきたい。
現場の医師があまりにも多忙であるために、その実態すら国会や各省庁、メディアに伝わってこなかったという不幸が、日本の医療をここまで深刻にしてきた。しかし今や、医療現場が大変だということは、全国民的に共有できている。では、第二のステップ、何をどうしたら良いのかの具体論について、より精緻で真摯で真剣な議論を積み重ねていくことが重要。それぞれの人が、医師も含め、最終的には自分は患者、患者の家族なのだという原点に立って、個々の人間としてつながり合い、そのネットワークを通じて色々なことを話し合うことにより、相互間の情報の非対称性が埋まり、リテラシーが深まり、その結果おぼろげに色々な解が見つかっていく。
様々な立場を超えて日本の医療の在り方を模索し続ければ、必ず光明は見出せる。そのことを大野病院の事件を通して感じさせていただいた。今日集まっている人が、それぞれの現場に帰ってこれを深めてほしい。
◆民主党参議院議員・足立信也氏
厚生労働省の第三試案と民主党案を比較したインターネット上の1万人アンケートで、民主党案は3倍の支持を得た。良質な医療とは、医療を提供する側も受ける側も納得することだと思う。その納得をするためのシステムを作りたい。今回の事件の大きな要因はコミュニケーション不足、情報の行き違い。そこを埋めることが最も大事であり、そのギャップを埋める人が絶対に必要。
刑法211条の「業務上過失致死傷」については正面から議論すべき。われわれ医療者が自律的に処罰する仕組み、それ以前に原因究明をしっかりする仕組みを作らなければ、これを外すことはできない。
また、医師法19条に「求めがあった場合に診断書、検案書、出生証明書または死産証書を出さなければならな」とある。さらに、20条には「自ら診察しないでこれらを交付してはならない」とある。では、どういう場合に診断書を書き、どういう場合に検案書を書くのか、これはどこにも書いていない。21条には、それを明記すべき。診断書、検案書を書ける場合は、適切な検査に基づいてこれを書く、それが書けない場合は捜査で死因を究明する必要がある--そういう構成にすべきだ、というのがわれわれの案だ。これにより、今まで曖昧であった「異状」という概念がきちんと明文化された形として現れると考えている。
医療はする側と受ける側の共同作業であることは間違いない。それを支えるための法整備をしっかり行っていきたい。
【医師コメント(発言順)】
◆福島県立医大産婦人科教授・佐藤章氏
無罪判決が出てほっとしている。医学的にどうか、という点で、裁判官も一生懸命勉強していただいたようだ。外科系の先生方からもかなりのプレッシャーを受け、「負けたらお前責任をどう取るんだ」と言われていた。控訴期間があり、まだ最終的な結論は出ていないが、今のところほっとしたというのが正直なところ。
今後、このようなことが起こらないようにすることが極めて重要。現在はこの判例により、検察側はかなり医療分野に対して躊躇している。しかし、忘れてはならないのは、法律が変わらない限り、同様のことはすぐ起こるということ。われわれは、医療事故でこのように逮捕されるような法律を、刑事訴追の起きないような、医療行為が業務上過失致死に当てはまらないというくらいのものに変えていかなければ、この問題は解決しない。一生懸命取り組んでいくので、ご支援のほどよろしくお願いしたい。
◆北里大学医学部産婦人科教授・海野信也氏
医療の不確実性や医療者・患者間の情報の非対称性は、どうしても存在せざるを得ないことを前提としつつ、緩和の努力をしていかなければならない。しかし、今の医療現場は、その余裕を全く与えられていない。もちろん現場の努力は重要だが、それと共に、全体のシステムとして、もう少し余裕のある状況、人間らしい環境で仕事をし、治療し、また治療を受ける、という環境に、日本の医療を変えていくことが必要である。
産婦人科医不足は、大野病院事件以前から、既に危機的状況だった。その中でこの事件が起き、実際にはそれがきっかけとなって産婦人科医不足の問題が広く理解される経過となった。加藤先生がもし有罪になったら、われわれはただ加藤先生を犠牲にしただけなのではないか、と、今日も本当に心配していた。
大野病院事件を経験して感じたのは、分かってくださる方々はたくさんおられるということ。「周産期医療の崩壊を食い止める会」、日本産婦人科学会、産婦人科医会、日本医師会、その他多くの臨床学会、医療関連団体、皆同じ気持ちで進んできて、今日の無罪判決を迎えられた。医療界以外からも、多くの方々に我々の現状を分かっていただくことができた。分かっていただくことができるのだ、ということを信じることができた経験でもあった。これを糧に、今の崩壊している医療現場再建のため、皆で理解し合いながら進んでいきたい。
◆国立病院機構名古屋医療センター産婦人科・野村麻実氏(発起人:閉会のコメント)
準備段階において、判決の出る日にこの企画を開催することは、加藤医師に迷惑がかかるのではないか、裁判官への心証を害するのではないか、との懸案もあった。しかし、一方で、地元の妊婦さんから、「福島はやっぱり困ってるんです」という声もあった。そこで、判決結果はどうであれ、大野病院事件が萎縮医療を招いたことは間違いない、地元の妊婦さんは困っているに違いない、との思いから、このシンポジウムを実施した。
現在、大都市である名古屋ですら産婦人科医の人数は足りず、以前は2次病院で行っていたことも3次病院へ回ってくるようになっている。逮捕そのものが皆の首を絞めた。これは、われわれ皆が不勉強であったことが原因ではないか。司法や報道の問題、また産婦人科医自身もリスクについてきちんと触れて説明してこなかった。それぞれに、色々と反省すべき点がある。
「産科崩壊」---言うのは簡単な言葉である。しかし、産婦人科医たちは、皆ずっと好きで産婦人科をやってきた。今福島でがんばっている先生方も同じ思いだと思う。辞めていった先生方も、皆つらかったことと思う。
忙し過ぎて、疲れ果てて、患者さんのお話も十分に聞けないという状況、36時間労働を当たり前に3日に1回やるような状況を続けてきた。深夜の帝王切開には2人の産婦人科医が必要。もちろん小児科医、麻酔科医もいることが望ましいが、翌日のことを考えると2人だけで対応せざるを得ないこともある。なるべくなら医療レベルは落としたくないが、切羽詰った状況まできている。皆さまにご理解とご協力をお願いしたい。
どうか産科医療を温かい目で見守ってほしい。
(m3.com医療維新、2008年8月26日)
****** 相馬市長エッセー、2008年8月22日
http://www.city.soma.fukushima.jp/mayor/essay/essay.asp?id=157
「大野病院事件」
立谷秀清市長
8月20日、大野病院事件に無罪の判決が出た。全国の医師や福島県の医療関係者が、固唾を呑んで見守る中での明快な判決内容だったことに安堵している。もちろん亡くなられた方には本当にお気の毒だし、ご冥福を祈るしかないのだが、この事件の社会に及ぼした影響は余りにも大きかった。
「医療現場からの医師の立ち去り」という社会現象の象徴的な原因を作ってしまったからである。その影響は単に産婦人科医師の萎縮診療や、なり手不足に止まらなかった。医療現場の緊急事態で、生命の危機と戦う医師たちを震撼させたのである。
通常、医師たちは状況に応じて最善の努力をする。自分の判断に患者の生命がかかっているとしたら尚のこと、あらゆることを忘れて没頭するものだ。その極みが手術室である。私は外科医ではないので、メスの先端に全神経を込めた経験は無いのだが、内科医として、外科的処置を必要と診断した患者の手術には何度も立ち会ってきた。その度ごとに見てきた彼らの鬼神のような表情には、人の命に対する畏敬の気持ちと、ベストを尽くそうとする強い意志がみなぎっていた。
しかし手術台の上の患者が、教科書どおりの病態を示す例はほとんど無いという。人間の体で解剖の教科書のように臓器が整然と並んでいることなどあるはずもないし、まして患っている臓器が病理学の図譜のとおりに見えることも無い。それでも治療効果(つまりは救命)を信じて困難に立ち向かう医療行為は、結果が保証されない「挑戦」なのだ。
いま現場の医師たちの間で、この厳しい日々の挑戦に危機感を抱く傾向が出てきている。
ひと昔前は、家族と医師が手を取り合って手術の成功を喜んだものだが、今は違う。上手くいって当たり前、結果が悪ければ訴えられるのだから、放って置けば死ぬと分かっている患者に一縷の望みをかけて手術をしようなどというお人よしはもういない。出来るだけ事前のリスクを取り去っていても、手術を受ける病気の体に何時不測の事態が起こるとも限らないから、続けていれば何時かはババを引くことになるだろう。運の悪いことにならないうちに安全地帯に非難しておいたほうが無難だとして、立ち去った医師は、産婦人科、外科、小児科に多い。もちろん医学生たちも先輩医師たちの不幸な現実を教訓とするようになる。5年前から始まった臨床研修制度は、医学生たちに、鬼神になろうとする先輩医師たちの危険な人生を、自分たちは回避しようと考えさせるのに充分な時間を与えてしまった。比較的トラブルや訴訟の少ない皮膚科や、眼科の希望者が増えたのは、増え続けた訴訟と、進路決定までの教育期間を2年延ばした影響である。医師不足とは、医師の絶対数の減少をさすのではなく、救急医療や外科系医師などの命と直接向き合う医師の枯渇状態を言うのだ。
もうひとつ深刻な状況が国民医療を覆っている。近い将来、外科医が大量に不足することが予想されるのだ。比較的外科医のなり手の多かった団塊の世代が退職を迎えると絶対的に不足する。特にこの10年間は、新たな外科医のなり手が少ないのだ。緊急手術が出来ない社会の不安は産婦人科の比ではない。
訴訟社会の不安に対しては、国家の経費負担による保険や弁護士のサポートといった、産婦人科を含めた外科系医師への護送船団を作る必要がある。報酬が見直されるべきも当然である。
しかし。今回の大野病院事件のような、結果が悪かったから刑事罰で逮捕というのは、マスコミの過大報道や、医師教育制度の変更による国民医療の環境悪化とは根本的に別問題だった。このまま手術室にいたら、いつの日かは逮捕されかねないという恐怖感を医師たちに与えたのだから。
判決理由にある「また、医療行為が患者の生命や身体に対する危険性があることは自明だし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難だ」この当たり前の理屈を証明するために費やした2年6ヶ月の加藤医師の苦労に思いを馳せると胸が熱くなる。この事件を民事とせずに刑事事件として逮捕拘留した段階で、全国の医師たちから抗議の声明がいっせいに挙がったが、医療の現場で働く立場としては当然だった。不可抗力による不幸な結果をいちいち犯罪にされたら医療は成り立たない。
厳しい状況のなかで加藤医師は能く信念を貫いたと思う。もしも彼の精神力が途中で途切れたりしていたらと思うと背筋が寒くなる。おそらく日本の医療は挽回不可能な打撃を受けたに違いない。
重ねて言うが亡くなられた方には本当にお気の毒だった。加藤医師本人の忸怩たる思いも相当なものだったことは会見でうかがい知れた。しかし、そのうしろ向きな気持ちと戦いつつも筋を通した彼の人格を、私は評価したいと思う。
(相馬市長エッセー、2008年8月22日)
****** m3.com医療維新、2008年8月26日
福島県立大野病院事件◆Vol.24
ご遺族の視点からの大野事件をとらえ直す
刑事訴追は必要だったのか、ご遺族が求めていたものとは…
野村麻実(国立病院機構名古屋医療センター産婦人科
8月20日、大野事件における第一審の判決が出た。この判決は癒着胎盤を経験したことのある、すべての産婦人科医師にとって「術中死ではあっても病死」と受け取れる、正しいとしか言いようのない判決ではあったが、同日行われたご遺族の記者会見では 「一生、機会があれば真実を追究していきたい」との発言もあったという。「再発防止」「いまだに(真実究明は)不十分」との言葉の裏には、隠された医療過誤があったはずとの強い気持ちを感じざるを得ない。
15回に及ぶ裁判の中で審議は尽くされ、少なくとも加藤医師の医療行為については、これ以上の新事実は見いだせないのではないだろうか。癒着胎盤は、大学病院で十分な輸血を用意し、最初から胎盤を剥離せずに子宮摘出を行っても亡くなる可能性のある病気である。
ご遺族がここまで思いつめるに至り、裁判にご遺族を巻き込んでいった部外者の手による「刑事訴追」が、どのようであったのか。私見ながら考察してみたい。
■捜査の開始
患者さんが亡くなったのは2004年の12月、2005年1月に福島県は事故調査委員会が設立され、県は否定しているものの、補償金を払う目的で加藤医師のミスを認めた報告書が3月に出された。恐らくそれで穏便に済ますのが、県や病院長の意向であったのだろうと思う。というのは、第12回の公判で実父が「事故後の12月26日に加藤医師から聞いた話と、法廷での説明がなぜ違うのか、不思議な気持ちでいっぱいです」と証言し、またその際、病院側から示談の話が持ち上がっていたことも示され、加藤医師も減俸処分に粛々と従っている。自身に問題がなかった、精一杯やったと思ってはいても、それが加藤医師の誠意だったのだろう。
しかし、県側の意思とは裏腹に、この報告書を受けて警察は業務上過失致死の嫌疑で捜査を開始した。
■警察・検察には何が必要だったのか
友人のある大学の医師が、大野病院の癒着胎盤術中死について、福島県警より意見を求められている。加藤医師の逮捕・起訴前の話である。「癒着胎盤で亡くなるのは、当然でしょうね。救命できるときもありますが」と返答したところ、食下がりもせずに、「そうですか」とあっさり去っていったという。警察には同業者によるかばい合いと映ったのかもしれない。しかし、幾つもの施設で同じような見解を言われている可能性が高い。
第6回の公判で検察側証人となった大学教授は、「検察側の鑑定を書いてくれる医師がいなくて困っているから」と頼まれたと証言している。正しくは「検察側の鑑定を書いてくれる医師」ではなく「検察側の立てた仮説上、有利な鑑定を書いてくれる医師」がいなかったこと、検察はかなりの大学に足を運んでいた可能性、つまりコンタクトをとったほとんどの産婦人科医師から刑事訴追に値しない病名であったことを聞いていたことが考えられる。いわゆる「無理スジ」の事件であった可能性の自覚だ。
そんな中、警察が現役医師を逮捕するためには強力に必要なものがあった。遺族の恨み、怒りといった負の感情である。強ければ強いほど裁判ではアピール力を持つ。しかも遺族は警察に相談してはいない。ここをどう裁判に持ち込むか。腕の見せどころである。
■ご遺族の気持ち―すり込まれた「医療ミス」
死は誰しも簡単に受け入れられるものではない。突然の出来事ならなおさらだ。日々診療の中で、治療の甲斐なく亡くなっていく患者さんのご遺族と接する医師にとって、何を見ても涙があふれ、「ああすればよかった」「こうすればよかった」とただ呆然と虚脱されているご家族の姿は心からこたえる。そして申し訳なく思う。かける言葉も見つからず、どこまで立ち入っていいかも分からず、なるべく淡々とそっと立ち去るように、本当はもっと何か言った方がいいのだろうか、声をかけた方がいいのだろうか、それとも空気のようでいた方がいいのか。悩みが尽きることは、恐らく一生ないだろう。
この事件で、いつ警察がご遺族に接触したかは分からない。ただ時期的には、あやすと笑うようになった赤ちゃんの成長を喜びつつも、見ればはらはら涙があふれる頃だっただろうということは想像が付く。なぜだろう、なぜこの子の母は死んだのだろうと日々悲嘆にくれ、何も目に入らず、何を食べても砂をかむ感覚で過ごしているところへ、親切を装いながら警察は遺族に近づいたのではないだろうか。
あくまで想像の域を出ないが、「医療ミスがあったのです」「これは殺人です」くらいのことは言ったかもしれない。というのは、捜査段階で警察は(任意でも)平気で嘘を付くことを私は知っている。最近、名古屋市立大学での学位をめぐる贈収賄事件で、かつて大学院生であった人々が任意聴取を受けた。「AとBは君が渡したと言っている、認めるなら無罪放免するが、認めないなら君も贈収賄有罪の仲間入りだな」などと言われ長時間拘束された。あとで突き合わせてみたら、みんなそれぞれ言ってもいないことを勝手に証言したことにされていた、という話もある。
少なくとも遺族に「ミス」を心から信じさせ、医師を憎ませないことには話が始まらない。証言の際にも重要になってくる。そう思わせるように誘導したのだろう。そして警察の都合のいいことに、警察が動き出したことによって示談に関する話がストップし、遺族が県に提出した質問状(第12回証言)の回答は永遠に返ってこないこととなった。遺族の不信感がますますつのり、警察のささやきに傾いていったことは想像に難くない。
■「警察・検察には感謝している」
逮捕・起訴から判決までは2年半の歳月をかけてゆっくりと進み、ご遺族の知りたいこととは裏腹に、裁判所内では癒着胎盤についての基礎知識などを争点とした医師の裁量権についての論証が重ねられていった。ご遺族が分かってうれしかったことの中に「胎盤の表面の血管がぼこぼこしていた」という助産師の証言が上げられていたが、前置胎盤を数多く見たことのある医療関係者には当たり前のことであり、わざわざ語るに及ばない。しかし、ご遺族は帝王切開手術はどのように進んだのか、自らは目にしていないその様子を素朴に知りたかったのではないかと思う。
警察・検察の関与は本当に必要だったのだろうか。
ご遺族にとって大事だったのは警察が介入することで踏み潰してしまったもの、つまり県からの「示談」に対し、事の経緯を知りたいと考えて「質問状」を送ったことから始まるはずだった病院と医師と、その場に居合わせた人々との話し合いだったのではないか。カウンセリングと死の受容、納得、そういったものではなかったのか。ご遺族から申告されていない刑事訴追は、必要だったのだろうか。
刑事事件では、当然ながら遺族に控訴権はない。その中で控訴されるのか否か、現在もじりじりと時を過ごしているに違いないご家族の気持ちを思うとやりきれない。そして「警察・検察には感謝している」という言葉も、痛々しく身を切られるようにつらいもののように感じてしまう。
(m3.com医療維新、2008年8月26日)