pregnancy-induced hypertention (PIH)
【定義】 妊娠高血圧症候群(PIH)は、妊娠20週以後、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。
【名称】 従来「妊娠中毒症」と称した病態は、妊娠高血圧症候群(pregnancy-induced hypertention = PIH)との名称に改める。(日本産科婦人科学会、2005年)
【病型分類】
a. 妊娠高血圧(GH: gestational hypertension)
妊娠20週以後に初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常に復する場合。
b. 妊娠高血圧腎症(PE: preeclampsia)
妊娠20週以後に初めて高血圧が発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩後12週までに正常に復する場合。
c. 加重型妊娠高血圧腎症
(superimposed preeclampsia)
①慢性高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後蛋白尿を伴う場合。
②高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後、いずれか、または両症状が増悪する場合。
③蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後に高血圧が発症する場合。
d. 子癇(eclampsia)
妊娠20週以後に初めてけいれん発作を起こし、てんかんや二次性けいれんが否定されるもの。けいれん発作の起こった時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇に分ける。
【症候による亜分類】
①軽症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 140mmHg以上、160mmHg未満
拡張期血圧 90mmHg以上、110mmHg未満
蛋白尿:300mg/日以上、2g/日未満
②重症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 160mmHg以上
拡張期血圧 110mmHg以上
蛋白尿:2g/日以上
【発症時期による分類】
①早発型(EO: early onset type)
妊娠32週未満に発症するもの
②遅発型(LO: late onset type)
妊娠32週以後に発症するもの
軽症は遅発型が大多数を占める。重症は早発型と遅発型のいずれでも発症する可能性がある。早発型では合併症の頻度が高く、母や児が予後不良となりやすい。早発型は胎児の発育が障害されていることが多く、胎盤形成不全が大きく関わる。遅発型は胎児発育の障害はないかあっても軽度で、胎盤形成不全以外の母体因子(肥満など)が発症原因と考えられる。
【頻度】
PIHの発生頻度は全妊婦数の約5%(4~8%)である。
重症PIHは全妊婦の1~2%である。
PHのうち約25%がPEに移行する。
子癇は1000~2000分娩に1例の頻度である。
【リスク因子】
①遺伝素因:高血圧家系
②既往歴:既往妊娠のPIH、高血圧症、慢性腎炎、糖尿病、抗リン脂質症候群、甲状腺機能亢進症
③身体的因子:高年齢、肥満(BMI≧26)
④産科的因子:初産、多胎、羊水過多、
⑤社会的因子:過労、ストレス、低所得、塩分過剰摂取
【検査】
①血液濃縮(Ht ↑)
②水、Naの貯留
③腎機能低下(GFR ↓、BUN ↑、尿酸 ↑)
④アシドーシス
⑤慢性DIC(血小板 ↓、過凝固)
⑥尿蛋白(+)、低蛋白血症
⑦脂質 ↑
⑧PGI2/TXA2比の低下 (TXA2優位)
子宮・胎盤のほか主要臓器の血流低下、血小板機能異常
PGI2(プロスタサイクリン):血管内皮細胞で主に産生され強力な血管平滑筋弛緩作用と血小板凝集抑制作用を有する
TXA2(トロンボキサンA2):血小板で産生され血管平滑筋収縮作用や血小板凝集作用を有する
【合併症】 PEでは、全身の血管内皮細胞障害による血管攣縮、血管透過性亢進、凝固亢進が生じ、重大な合併症が生じやすく、厳重な監視とその患者に適した分娩時期・方法の決定が必要になる。
DIC、子癇、脳出血、肺水腫、肝機能障害、HELLP症候群、腎機能障害、常位胎盤早期剥離、子宮内胎児発育遅延(IUGR)、胎児機能不全など
【治療】 PIHの最終的な治療は妊娠中断である。
児が未熟な場合は妊娠を継続し、適切な分娩時期を判断する。
1. 安静・食事療法(食塩摂取7~8g/日程度)
※以前は厳重な塩分制限が推奨されていたが、現在は否定的である。
2. 薬物療法:
①降圧薬:ヒドララジン、メチルドーパ
②硫酸マグネシウム:子癇の治療、発症・再発の予防
※ PIHに降圧利尿剤は禁忌である。
3. 妊娠中断
①重症で、児が十分に成熟している場合
②母体の状態悪化や合併症、胎児機能不全がある場合