ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

妊娠高血圧症候群

2010年03月03日 | 周産期医学

pregnancy-induced hypertention (PIH)

【定義】 妊娠高血圧症候群(PIH)は、妊娠20週以後、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。

【名称】 従来「妊娠中毒症」と称した病態は、妊娠高血圧症候群(pregnancy-induced hypertention = PIH)との名称に改める。(日本産科婦人科学会、2005年)

【病型分類】
a. 妊娠高血圧(GH: gestational hypertension)
妊娠20週以後に初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常に復する場合。

b. 妊娠高血圧腎症(PE: preeclampsia)
妊娠20週以後に初めて高血圧が発症し、かつ蛋白尿を伴うもので、分娩後12週までに正常に復する場合。

c. 加重型妊娠高血圧腎症
 (superimposed preeclampsia)
①慢性高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後蛋白尿を伴う場合。
②高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後、いずれか、または両症状が増悪する場合。
③蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以後に高血圧が発症する場合。

d. 子癇(eclampsia)
妊娠20週以後に初めてけいれん発作を起こし、てんかんや二次性けいれんが否定されるもの。けいれん発作の起こった時期により、妊娠子癇、分娩子癇、産褥子癇に分ける。

【症候による亜分類】
①軽症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 140mmHg以上、160mmHg未満
拡張期血圧 90mmHg以上、110mmHg未満
蛋白尿:300mg/日以上、2g/日未満

②重症
血圧:次のいずれかに該当する場合
収縮期血圧 160mmHg以上
拡張期血圧 110mmHg以上
蛋白尿:2g/日以上 

【発症時期による分類】
①早発型(EO: early onset type)
妊娠32週未満に発症するもの

②遅発型(LO: late onset type)
妊娠32週以後に発症するもの

軽症は遅発型が大多数を占める。重症は早発型と遅発型のいずれでも発症する可能性がある。早発型では合併症の頻度が高く、母や児が予後不良となりやすい。早発型は胎児の発育が障害されていることが多く、胎盤形成不全が大きく関わる。遅発型は胎児発育の障害はないかあっても軽度で、胎盤形成不全以外の母体因子(肥満など)が発症原因と考えられる。

【頻度】
PIHの発生頻度は全妊婦数の約5%(4~8%)である。 

重症PIHは全妊婦の1~2%である。

PHのうち約25%がPEに移行する。

子癇は1000~2000分娩に1例の頻度である。

【リスク因子】
①遺伝素因:高血圧家系

②既往歴:既往妊娠のPIH、高血圧症、慢性腎炎、糖尿病、抗リン脂質症候群、甲状腺機能亢進症

③身体的因子:高年齢、肥満(BMI≧26)

④産科的因子:初産、多胎、羊水過多、

⑤社会的因子:過労、ストレス、低所得、塩分過剰摂取

【検査】
①血液濃縮(Ht

②水、Naの貯留

③腎機能低下(GFR 、BUN 、尿酸

④アシドーシス

⑤慢性DIC(血小板 、過凝固)

⑥尿蛋白(+)、低蛋白血症

⑦脂質

⑧PGI2/TXA2比の低下 (TXA2優位)
 子宮・胎盤のほか主要臓器の血流低下、血小板機能異常

PGI2(プロスタサイクリン):血管内皮細胞で主に産生され強力な血管平滑筋弛緩作用と血小板凝集抑制作用を有する

TXA2(トロンボキサンA2):血小板で産生され血管平滑筋収縮作用や血小板凝集作用を有する

【合併症】 PEでは、全身の血管内皮細胞障害による血管攣縮、血管透過性亢進、凝固亢進が生じ、重大な合併症が生じやすく、厳重な監視とその患者に適した分娩時期・方法の決定が必要になる。

DIC、子癇、脳出血、肺水腫、肝機能障害、HELLP症候群、腎機能障害、常位胎盤早期剥離、子宮内胎児発育遅延(IUGR)、胎児機能不全など

【治療】 PIHの最終的な治療は妊娠中断である。

児が未熟な場合は妊娠を継続し、適切な分娩時期を判断する。

1. 安静・食事療法(食塩摂取7~8g/日程度)

 ※以前は厳重な塩分制限が推奨されていたが、現在は否定的である。

2. 薬物療法:
 ①降圧薬:ヒドララジン、メチルドーパ
 ②硫酸マグネシウム:子癇の治療、発症・再発の予防

 ※ PIHに降圧利尿剤は禁忌である。

3. 妊娠中断
 ①重症で、児が十分に成熟している場合
 ②母体の状態悪化や合併症、胎児機能不全がある場合


妊娠高血圧症候群、問題と解答

2010年03月03日 | 周産期医学

【練習問題11】(産婦人科研修の必修知識2007)

重症妊娠高血圧症候群の母体検査所見で認められるのはどれか、2つ選べ。

a. ヘマトクリット値の低下
b. 血糖値の上昇
c. 血小板数の減少
d. 尿酸値の上昇
e. 動脈血酸素分圧の上昇

解答:c、d

妊娠高血圧症候群の検査所見:
①血液濃縮(Ht ↑)、
②水、Naの貯留、
③腎機能低下(GFR 、BUN 、尿酸 )、
④アシドーシス、
⑤慢性DIC(血小板 ↓、過凝固)、
⑥尿蛋白(+)、低蛋白血症、
⑦脂質 ↑、
⑧PGI2/TXA2比の低下 (TXA2優位)

******

【国試過去問】

妊娠高血圧症候群の病態として正しいのはどれか。

a. ヘマトクリット値の低下
b. 血小板数の増加
c. 血液凝固能の低下
d. 血管透過性の亢進
e. 腎血流量の増加

解答:d

妊娠高血圧症候群では、血管透過性の亢進から血漿成分の血管外漏出をきたし、ヘマトクリット値は脱水により高値となる。血小板数は低下、血液凝固能は亢進、腎血流量は低下する。

******

【国試過去問】 25歳の初妊婦。妊娠36週の妊婦健診で高血圧、下腿浮腫を指摘されて紹介、入院。胎児発育は週数相当と言われていた。血圧146/94mmHg。子宮口の開大はなく、展退も認めない。尿蛋白(-)。Ht33%、血小板20万。

まず行うべき検査はどれか。2つ選べ。

a. ノンストレステスト(NST)
b. 超音波検査による羊水量計測
c. 羊水鏡検査
d. マイクロバブルテスト
e. 胎児血液ガス分析

解答:a、b

妊娠高血圧症候群では、まず胎児機能不全の検査(NST、羊水量計測など)を行う。

******

【正誤問題】

(1)癒着胎盤は妊娠高血圧症候群(PIH)において起こりやすい。

(2)常位胎盤早期剥離はPIHにおいて起こりやすい。

(3)子宮内胎児発育遅延(IUGR)はPIHにおいて起こりやすい。

(4)仰臥位低血圧症候群によるショックはPIHにおいて起こりやすい。

(5)重症PIHでは羊水過多症がみられる。

(6)PIHではヘマクリット値の低下がみられる。

(7)PIHでは血小板増加がみられる。

(8)PIHでは血液凝固能低下がみられる。

(9)PIHでは血管透過性亢進がみられる。

(10)PIHでは循環血液量が減少する。

解答 ――――――

(1)X 絨毛が子宮筋層に侵入し、胎盤と筋層が癒着するもの。

(2)O 

(3)O

(4)X 妊娠子宮による下大静脈圧迫のために起こる。左側臥位に体位変換すれば軽快する。

(5)X 重症PIHでは羊水過少症を起こすことが多い。

(6)X PIHでは血液は濃縮状態でヘマトクリット値は上昇する。

(7)X 血小板減少がPIHの重症化の目安となる。

(8)X 血液凝固能は亢進状態である。

(9)O 血管内皮の障害に基づく血管透過性の亢進が浮腫の一因となる。

(10)O

******

【正誤問題】

(1)PIHは双胎妊娠に合併しやすい。

(2)PIHは糖尿病妊婦に合併しやすい。

(3)甲状腺機能亢進症が妊婦に及ぼす影響としてPIHがある、

(4)PIHは一般に妊娠28週以降に発症するものをいう。

(5)PIHは初産婦に多い。

(6)妊娠高血圧腎症(PE)では次回妊娠で再発しやすい。

(7)PEの症状の多くは分娩後早期に消失する。

(8)妊娠30週以前に発症するものは加重型妊娠高血圧腎症が多い。

(9)加重型妊娠高血圧腎症は、妊娠回数を重ねると重症化する。

(10)PIHでは正期産で低出生体重児が生まれやすい。

解答 ――――――

(1)O

(2)O

(3)O

(4)X 妊娠高血圧症候群(PIH)は、妊娠20週以後、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。

(5)O

(6)X PEでは次回妊娠での再発はあまりない。加重型妊娠高血圧腎症は再発しやすい。 

(7)O PEの症状の多くは約1カ月で消失する。

(8)O 加重型妊娠高血圧腎症は比較的早期に症状が現れ、慢性の経過をとる。

加重型妊娠高血圧腎症とは、妊娠前、または妊娠20週前より高血圧、蛋白尿のいずれか、もしくは両方の症状を呈し、妊娠20週以降に増悪を見た場合をいう。

(9)O 加重型妊娠高血圧腎症は、妊娠回数を重ねると、子癇、肺水腫などへの移行が多い。

(10)O

******

【正誤問題】

(1)重症PIHの判定基準として収縮期血圧160mmHg以上は正しい。

(2)重症PIHの判定基準として拡張期血圧100mmHg以上は正しい。

(3)PIHは全妊娠の2~4%にみられる。

(4)PIHは一般に胎盤病とされている。

(5)PIHには妊娠偶発合併症による高血圧を含める。

(6)妊娠偶発合併症による高血圧で症状が増悪した場合を、加重型妊娠高血圧腎症という。

(7)PIHの症候による亜分類では、収縮期血圧が140mmHg以上、160mmHg未満、拡張期血圧が90mmHg以上、110mmHg未満を軽症とする。

(8)PIHの症候による亜分類では、収縮期血圧が160mmHg以上、拡張期血圧が110mmHg以上を重症とする。

(9)24時間尿の蛋白尿が300mg/日以上、2g/日未満を蛋白尿軽症、2g/日以上を蛋白尿重症とする。

(10)重症PIHは全妊娠の1~2%に発生する。

解答 ――――――

(1)O

(2)X 拡張期血圧110mmHg以上が重症PIHの判定基準である。

(3)X PIHは全妊娠の4~7%にみられる。

(4)O

(5)X

(6)O

(7)O

(8)O

(9)O

(10)O

******

【正誤問題】

(1)32週未満の発症を早発型、32週以後の発症を遅発型とする。

(2)早発型では遅発型に比較してIUGR減少する。

(3)PIHでは一般に血液希釈が認められる。

(4)PIHでは一般に循環血液量の増加が認められる。

(5)PIHによるIUGRはsymmetrical IUGR(均衡型発育遅延)になる。

(6)PIHの治療の基本は安静・食事療法である。

(7)PIHでは一般に高カロリー療法を行う。

(8)PIHでは一般に食塩摂取量を5g/日に制限する。

(9)PIHでは一般に厳重な水分制限を行う。

(10)PIHの薬物療法ではACE阻害薬が第一選択である。

解答 ――――――

(1)O

(2)X 早発型では遅発型に比較してIUGRが増加する 

(3)X PIHでは血液濃縮が認められる。

(4)X PIHでは一般に循環血液量の減少が認められる。

(5)X asymmetrical IUGR(不均衡型発育遅延)

(6)O

(7)X PIHでは一般に軽度の低カロリー療法を行う。

(8)X PIHでは一般に食塩摂取量を7~8g/日に制限する。極端な塩分制限はしない。 

(9)X PIHでは循環血液量の減少が認められるため、極端な水分制限はしない。口渇を感じない程度に摂取させる。 

(10)X PIHではACE阻害薬は禁忌である。PIHの降圧剤としてはヒドララジン(アプレゾリン)やメチルドーパ(アルドメッド)を用いる。