子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンと子宮頸がん検診(細胞診)で予防できるがんです。世界では子宮頸がんの排除に向けて15歳までにワクチン接種率90%を目指した活動が始まっています。それに対して、日本では平成25年4月に定期接種化されたものの、わずか2カ月後に厚生労働省は接種勧奨を差し控えるという発表をしました。その後も定期接種は継続し、小学校6年生〜高校1年生相当の女子は公費(無料)で接種できるにもかかわらず、かつて約70%だった接種率は0%近くまで激減してしまいました。このため、世界全体では子宮頸がんの罹患数も死亡数も減少してますが、日本では罹患数・死亡数とも近年漸増傾向にあります。
2017年6月、WHOワクチンの安全性に関する委員会は、HPVワクチンの安全性に関して評価を行い、疼痛、運動障害を含む多様な症状との因果関係を示す科学的根拠はないと結論づけています。現在も続いている根拠のない主張の影響によってワクチン接種率が低迷するなど、真の害悪をもたらすことを懸念している、と繰り返し日本の現状に憂慮を示しています。
Global Advisory Committee on Vaccine Safety. 7-8 June 2017
https://www.who.int/vaccine_safety/committee/reports/June_2017/en/
各国のHPVワクチン接種プログラム対象女子の接種率
(ガーランドSM他 Clin Infect Dis, 2016; 63:519-527、厚生労働省定期の予防接種実施者数、MSD Connectより)
子宮頸がんについての基礎知識:
子宮がんは、子宮体部にできる子宮体がんと、子宮頸部にできる子宮頸がんに分類されます。
子宮頸がんは早期に発見すれば比較的治療しやすく予後良好ですが、進行すると治療が難しく予後不良となります。子宮頸がんの治療は、癌の組織型や広がり具合に応じて、円錐切除術、単純子宮全摘出術、広汎性子宮全摘出術、(化学療法併用)放射線療法などが行われます。子宮頸がん全体の治療後の5年相対生存率は76.5%(乳がん:92.3%、子宮体がん:81.3%、卵巣がん:60.0%)です。大事な子宮や卵巣機能、そして命を失わないために、HPVワクチンでのHPV感染予防と子宮頸がん検診での早期発見が重要となります。(国立がん研究センターがん情報サービス、がん登録・統計)
子宮頸がんの組織型は、扁平上皮がんと腺がんに大きく分けられます。扁平上皮がんが全体の7割程度、腺がんが2割程度を占めます。
扁平上皮がんには、異形成と呼ばれる前がん状態(現状ではがんとは言えないががんに進行する確率が高い状態)が存在します。さらに異形成には3つの段階があり、軽度異形成(CIN1)、中等度異形成(CIN2)、高度異形成(CIN3)と進みます。扁平上皮がんでは、高度異形成(CIN3)と上皮内がん(CIN3)を前がん病変(悪性・良性の境界にある状態)としています。
扁平上皮がんの発生・進行のしかた
(国立がん研究センター・がん情報サービスより)
腺がんでは、上皮内腺がんを前がん病変としています。子宮頸がんの前がん病変では円錐切除術または単純子宮全摘術が必要になります。
子宮頸がんは、日本全国で年間約11,000人が診断されます(上皮内がんを含まない)。子宮頸がんと診断される人は20歳代後半から増加して、40歳代でピークを迎え、その後横ばいになります。子宮頸がんと診断された人の治療では、広汎性子宮全摘出術または(化学療法併用)放射線療法などが選択されます。日本では今でも年間約2800人が子宮頸がんで死亡してます。世界全体では子宮頸がんの罹患数も死亡数も減少してますが、日本では罹患数・死亡数とも近年漸増傾向にあります。
(日本産科婦人科学会HPより)
(日本産科婦人科学会HPより)
子宮頸がんの発生要因:
子宮頸がんのほとんどは ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因です。HPVは100種類以上知られています。発見順に番号が振られているので重症度や頻度とは直接関係はありません。30~40種類が性的接触によって感染します。その中で、発がん性のある高リスク型(16、18、31、33、35、45、52、58型など約15種類)と、尖圭コンジローマなどのいぼの原因となる低リスク型(6、11型など)に分かれます。HPVはごくありふれたウイルスで、性的接触で性器だけでなく口や指などを介して男性にも女性にも感染します。コンドームを用いても完全に感染を防御することはできないといわれています。ほとんどの女性が生涯のうち一度はHPVに感染すると報告されています。HPVは性的接触で子宮頸部粘膜の細胞に感染し、細胞の変化(軽度異形成)を起こしますが、多くの場合は免疫の働きなどによってウイルスは排除されます。何らかの原因でウイルスが排除できずに持続的に感染を起こすと中等度異形成~高度異形成(前がん病変)となり、その一部が子宮頸がんに進行します。HPV感染が起こった女性のうち子宮頸がんを発症するのは0.1%程度と推計されています。
HPVワクチン:
日本国内で承認されているHPVワクチンは2価と4価の2種類があります。2価ワクチン(サーバリックス®)は子宮頸がんの主な原因となるHPV-16型と18型に対するワクチンです。一方、4価ワクチン(ガーダシル®)は16型・18型と、良性の尖形コンジローマの原因となる6型・11型の4つの型に対するワクチンです。これらワクチンはHPVの感染を予防するもので、すでにHPVに感染している細胞からHPVを排除する効果は認められません。したがって、初めての性交渉を経験する前に接種することが最も効果的です。現在世界の80カ国以上において、HPVワクチンの国の公費助成によるプログラムが実施されています。
なお、海外ではすでに9つの型のHPVの感染を予防する9価HPVワクチンが公費接種されています。日本でも、MSD株式会社は、2020年7月21付けで厚生労働省から、9価HPVワクチン(商品名:シルガード9®)の製造販売承認を取得したと発表しました。シルガード9® は、HPV-6、11、16、18、31、33、45、52、58の9つの型に対応した9価HPVワクチンです。これらの型のうちHPV-16、18、31、33、45、52、58の7つの型は、子宮頸がん、外陰がん、腟がんなどの原因となります。また、HPV-6、11型は尖圭コンジローマの原因の約90%を占めます。9価HPVワクチンは2014年12月に米国で承認されて以降、現在では世界で80カ国以上で承認されています。子宮頸がんに対するHPV型のカバー率は4価HPVワクチンが約65%に対し、9価HPVワクチンは約90%を示します。シルガード9®は薬価基準の適用外で、今後議論される予防接種法に基づく定期接種にどのように位置付けられるか、また、シルガード9®の登場を機にHPVワクチンの積極的な接種勧奨が再開されるか注目されます。
現時点で定期接種として認められているHPVワクチンはサーバリックス®︎とガーダシル®のみで、シルガード9 ®︎は任意接種となり自費になりますが、今は発売前で値段もまだ決まってないようです。発売時期は未定のようです。
産婦人科診療ガイドライン・婦人科外来編2020
CQ207 HPVワクチン接種の対象は?
Answer
1.最も推奨される10~14歳の女性に接種する。(A)
2.次に推奨される15~26歳の女性に接種する。(A)
3.ワクチン接種を希望する27~45歳の女性に接種する。(B)
4.子宮頚部細胞診軽度異常女性(既往を含む)には接種できる。(B)
5.原則的に、接種の可否を決めるためのHPV検査は行わない。(B)
6.妊婦には接種しない。(B)
※HPVワクチンは平成25年度から定期予防接種となり、小学6年生から高校1年までに相当する年齢(概ね12~16歳)の女子は市町村が契約する医療機関で無料(もしくは低額)にて接種を受けることができる。ただし厚生労働省では現在は積極的な接種の勧奨を一時中止している(2018年4月現在)。
産婦人科診療ガイドライン・婦人科外来編2020
CQ208 HPVワクチン接種の際の説明は?
Answer
以下の説明を含むこと。
1.2価ワクチン(サーバリックス®)、4価ワクチン(ガーダシル®)ともにHPV16型/HPV18型の感染を予防し、性交未経験の女性に接種した場合には子宮頸がんの60~70%の予防が期待できるワクチンであること。(A)
2.4価ワクチン(ガーダシル®)では、HPV16型/HPV18型に加えてHPV6型/HPV11型の感染も予防し、尖圭コンジローマの予防効果もあること。(A)
3.子宮頸がんやその前がん病変、既存のHPV感染に対する治療効果はないこと。(B)
4.性的活動の開始前に接種すると最も効果的であること。(B)
5.子宮頸がん検診の必要性。(B)
6.3回接種の接種スケジュールと費用。(A)
7.局所の疼痛・発赤・腫脹、頭痛、失神、ショックなどの主な有害事象発生の可能性。(A)
8.接種後に注射部位に限局しない激しい疼痛、しびれ、脱力などの異常が認められた場合には、ただちにかかりつけ医やワクチン接種医の診察を受けるように被接種者またはその保護者に予め伝えておく。(A)
参考Webサイト:
1)国立がん研究センターがん情報サービス、子宮頸がん
2)子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために、日本産科婦人科学会
3)子宮頸がん予防ワクチンQ&A、厚生労働省
4)シルガード9水性懸濁筋注シリンジ 添付文書
参考文献:
1)産婦人科診療ガイドライン・婦人科外来編2020、日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会、2020