ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

出産費用の無料化???

2006年01月14日 | 出産・育児

少子化対策の一環として、『出産費用の無料化が政府内で検討されているらしい???』というような記事が昨日の新聞に掲載されていました。

現在の日本の周産期医療の状況は非常に厳しく、もともと足りなくて困っていた実動の産婦人科医数が、ここにきてさらにどんどん減ってしまって、多くの病院や診療所が次々に産科業務停止に追い込まれ、どこにも産む場所がなくなってしまった地域が全国的に急拡大しているという現象があります。

出産に要する患者負担を一律に無料化したとしても、地域の周産期医療が崩壊して安全に分娩できる場所が、自分の住んでいる地域内のどこにも確保できなければ、何の解決策にもならないのは明らかです。

地域内に充実した周産期医療体制を確立して安全に出産できる場所を確保するために、2次医療施設(地域周産期センターなど)においては、産婦人科医、小児科医、麻酔科医、助産師、看護師、放射線技師、検査技師、薬剤師などの非常に多くの医療スタッフを24時間体制で院内に配置させるための人員確保、医療設備の充実などに莫大な資金を要します。財源がなければ何もできません。日本全体の周産期医療を充実させるような国の強力な政策とそのための財源確保が必要です。

現在の日本の出産に要する患者負担額は、医療費の高い米国などと比べると破格に安く、ほとんどタダ同然とも言われています。今後、日本の周産期医療を充実させてゆくための財源を確保するには、むしろ適正な患者負担増が必要になるのではないかとも考えられます。

施設によって受けられる医療サービスが全然違うのですから、施設によって出産費用に大きな差がでるのは当然のことだと思います。いくらタダになったとしても、まともな分娩場所が皆無になってしまったら全く意味がありません。出産費用の一律の無料化という政策が日本の周産期医療のさらなる崩壊を促進しかねないと危惧します。

********  読売新聞、2007年1月13日

出産無料化を検討、少子対策で政府

 政府は12日、少子化対策の一環として、入院を含めた出産費用全額を国が負担する「出産無料化」制度導入の検討に着手した。

 若年夫婦などの経済負担を軽減することで、少子化に歯止めをかけるのが狙いだ。6月に閣議決定する「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)に盛り込むことを目指す。

 政府の少子化対策は、〈1〉働く女性が出産後も社会復帰しやすい環境作り〈2〉出産や育児などの経済的負担の軽減――の2点が大きな柱となっている。出産無料化は、経済的負担軽減の目玉というべきもので、若年夫婦などが出産しやすい環境を整えるのが目的だ。

(以下略)

(読売新聞、2007年1月13日)


分娩件数、手術件数の急増

2006年01月12日 | 飯田下伊那地域の産科問題

近隣の病院や診療所の産婦人科の先生達が、次々と分娩取り扱いや手術をやめて診療規模を縮小しているため、最近は当科の診療規模が急拡大しています。

私が大学病院から今の病院に赴任してきた当時(十数年前)は、産婦人科の常勤医は私1人だけでした。当時は非常勤医にも来てもらえなかったので、手術のたびに他科の先生に助手をお願いして細々とやってました。それからだんだん診療規模が拡大して、今や、常勤医4人、非常勤医(2つの大学病院に依頼)3人でも、やりくりが非常に難しいくらいに仕事量が増えてきました。さらに、特別予算を組んで、現在、産科病棟や産婦人科外来の拡張・改修工事を行っており、医療機器も新規に多く購入してもらって、予想される今後の患者急増に備えようとしています。

これから先うまくいくかどうかは全くわかりませんが、今は、もう後には引き返せないところにまで来てしまったような気がしています。こういう状況になってしまったからには、産婦人科医、助産師などのスタッフをできるだけ多く集めてマンパワーの充実を目指し、設備もしっかりと充実させ、地域協力体制もしっかり確立させることを目指し、今の状況下でやれるだけのことを精一杯やってゆくしかないと考えています。

ただ、無理をしすぎて、医療事故を起こしたり、途中で倒れてしまうようなことがないよう、十分に気をつけなければならないと肝に銘じてます。


根拠に基づいた医療(EBM)

2006年01月09日 | 医療全般

今回、試しにブログなるものを立ち上げて、産科医療の分野の諸問題の中で、つれづれ思いつくままに、いくつかの話題を提供してみましたが、日本の産科医療では、施設や担当医によって判断の基準が異なっている場合もけっこうあるし、病院ごとにやっていることがかなり違う場合もあるので、ブログでそのような微妙な話題を提供すること自体で、いろいろな問題が現場に発生しかねないことに気がつきました。

産科という分野では、『自分のお産はこうだった。』とか、『私の友達はこういういいお産でとても満足した。』とか、いろいろな個々の経験に基づく情報が身近にあふれています。しかし、それらの個々の情報は、たまたま偶然その時はそうだったという一つの経験談にしか過ぎません。万人に適合する情報とは限りません。

また、産科の専門家の意見にも似たような傾向があって、『私の二十年来の経験の範囲ではうまくいっていることが多いので、あなたの場合もきっとうまくいくはずですよ。』とか、『私の今までの経験の範囲では一度もそのような異常事態は発生してないので、あなたの場合にもそんなことはきっと起こらないでしょう。』などという、個人的見解に基づいた医療が少なくない気もしています。私自身もそういう旧来の習性からなかなか抜け出せてません。

今後の医療にとって大切なことは、『担当医自身の少ない経験や修得した技術にはこだわらず、根拠(エビデンス)に基づいた最新の医学情報を患者さんに提供し、その患者さんにとって現時点で最適と考えられる医学的な対応を提案し、患者さん自身にご自分で一番納得できる治療法を選択してもらう』という姿勢であると言われてます。すなわち、今後は『根拠に基づいた医療(EBM)』を実践してゆくことが大切と考えられ、産科医療も決して例外ではないと思われます。十分信頼に足る事実(エビデンス)を患者さんにわかりやすく情報提供してゆくことが、今後の良い医師の基本姿勢だと感じています。


乳幼児突然死症候群(SIDS)について

2006年01月08日 | 出産・育児

それまで元気で、ミルクの飲みもよく、すくすく育っていた赤ちゃんが、眠っている間に突然死亡してしまう。これが乳幼児突然死症候群(SIDS)という病気です。事故や窒息死とは違います。

日本では出生した赤ちゃんの約4000人のうち1人がSIDSで亡くなっており、日本の乳幼児の死亡原因の第2位となっています。欧米では乳幼児の死亡原因の第1位です。特にかわいい盛りの4~6ケ月の赤ちゃんがこの病気の最大の犠牲者で、ほとんどが1歳未満の赤ちゃんに起きています。

SIDSの原因はまだ解明されていませんが、私達が赤ちゃんの育児環境に気を付けることによって、SIDSを減らすことが出来るいくつかの因子があることが分かってきました。

多くの国で、うつ伏せ寝を止めること赤ちゃんを暖めすぎないこと母乳にすることお母さんが禁煙することを中心としたキャンペーンが行われ、SIDSの発生率が実際に減少しています。うつ伏せ寝が大幅に減り、仰向け寝が増えたことで、特に問題が起こったことは報告されていません。

日本におけるSIDSについての厚生省研究報告書では、うつ伏せ寝は一般には14%に過ぎなかったのに、SIDSで発見された赤ちゃんの79%がうつ伏せ寝でした。これらのことから日本においても、リスク因子を少なくすることによってSIDSの発生頻度をもっと少なくすることが出来ると考えられます。

 ** SIDSを少なくするための具体的な育児上の注意 **
赤ちゃんを仰向け寝にする。しかし、医師が特別な理由でうつ伏せ寝を勧める場合は医師の指導を正しく守りましょう。
妊娠中および赤ちゃんの周囲では煙草は吸わない。これは母親だけでなく、周りの人にも指導することが大切です。特に、妊娠中の喫煙はSIDSのリスク因子だけでなく、胎児の発育に悪い影響を与えることが知られています。
赤ちゃんを暖めすぎず、厚着をさせたり重い布団を使用しない。室温を調節し、赤ちゃんが自由に動けるような着衣、寝具にすることが大切です。
できるかぎり母乳栄養にする。母乳は栄養面や感染を少なくすることに加え、母と子のつながりを強めるなどの効果が知られています。
赤ちゃんを長い時間ひとりにしない。母親でなくとも誰かが赤ちゃんと一緒にいるように心がけ、寝室も家族と一緒が望ましい。

前回帝王切開時の子宮切開方法とVBACにおける子宮破裂の発生率

2006年01月08日 | 出産・育児

前回帝王切開時の子宮切開方法と、VBAC(帝王切開後の経膣分娩)における子宮破裂の発生率の関係は、以下の通りです(アメリカ産婦人科学会、1999)。

古典的帝王切開(子宮縦切開) 4~9%の子宮破裂
T字切開               4~9%の子宮破裂
子宮下部縦切開            1~7%の子宮破裂
子宮下部横切開            0.2~1.5%の子宮破裂

古典的帝王切開(子宮縦切開)の時代には、『一度帝王切開受けたのなら、ずっと帝王切開(Once a cesarean, always cesarean)』が常識でした。

1980年に米国NIH(国立衛生研究所)はVBACを推進する勧告を発表し、1990年に米国厚生省は2000年までに帝王切開率を15%、VBAC率を35%にする目標を掲げました。これらの国策によって、米国では1990年代の半ばには帝王切開の既往のある妊婦の約6割に試験分娩が行われるまでになりました。

しかし、その後の大規模研究で、選択的帝王切開群に比べ、試験分娩群での子宮破裂の頻度上昇とそれに伴う児の予後の悪化、母体合併症の増加、医療費増大などの報告が相次ぎ、 エビデンスに基づきVBACの安全性をもう一度考え直す機運が高まりました。帝王切開率も1996年を境に上昇に転じ、VBAC率も低下しつつあります。

1999年にアメリカ産婦人科学会はVBACに関するエビデンスに基づいた勧告を発表し、米国においては、現在、従来より慎重な対応が求められるようになり、十分なインフォームドコンセント(説明と同意)が強調される傾向にあります。

我が国においては、帝王切開の既往のある妊婦の分娩方法を決定する際に臨床医が準拠すべきガイドラインがまだ示されてないので、VBACを希望する妊婦に試験分娩を実施するかどうかの判断は各施設の全くの自由裁量に任されています。積極的にVBACを実施している施設もある一方で、帝王切開の既往のある妊婦の全例に選択的帝王切開を実施している施設も多く、施設による方針の差が大きく、VBACの是非に関しては未だに議論が多いのが現状です。


帝王切開後の経膣分娩(VBAC)を実施する施設が満たすべき条件

2006年01月06日 | 出産・育児

帝王切開後の経膣分娩(VBAC)で最も警戒しなければならないのは子宮破裂で、胎児が腹腔内に脱出していた場合の児の予後はきわめて厳しく、迅速な開腹術によって児を救命しても生存児に神経学的後遺症を残す危険性が高いです。

また、VBACで発生した子宮破裂により母体死亡にいたるような例では経膣分娩には成功している例も多く、経膣分娩成功後の母体の厳重監視が重要です。

既往の帝王切開における子宮切開方法が通常の子宮下部横切開であっても、試験分娩中に子宮破裂が起こる頻度は0.2~1.5%と報告されています。子宮破裂を起こした場合の母体死亡率は約1%、児死亡率は約6%、胎児仮死率(5分後のアプガールスコア<7点)は39%と報告されています。

また、子宮破裂の兆候である胎児心拍モニタリングでの異常の出現から児娩出までの所要時間が17分以内であれば児の予後は良好との報告があります。

これらのVBACに関する多くのデータは、米国を中心とした人員・設備の十分に完備した施設での成績であることを忘れてはなりません。

米国では、ACOG(アメリカ産婦人科学会)の定めたVBACに関するガイドラインがあり、VBACを受け入れることができるのは人員・設備の十分に完備した施設にかぎられます。しかし、我が国ではガイドラインが定められてないため、病院ごとに独自のVBAC受け入れの適応基準を設定しているだけで、巨大病院から、医師一人の診療所、助産院まで、さまざまな施設でVBACが実施され、規制が全くないのが現状です。

帝王切開の既往のある妊婦の分娩様式を決定する過程でインフォームドコンセント(説明と同意)は非常に重要です。VBACの利点とリスクを妊婦とその家族に十分に説明し、最終的には妊婦自身が分娩様式を決定するのが原則です。その話し合いの過程を文書に残すことが大切で、当科では担当医師が所定の説明用紙を用いて説明し、妊婦およびその家族に署名捺印していただいてます。

子宮破裂の正確な予測ができない現段階では、すべてのVBAC症例で子宮破裂を想定した分娩管理が求められます。すなわち、 VBAC実施施設が満たすべき条件としては、1.胎児心拍の連続モニタリング、2.産科医、新生児科医、麻酔科医が院内に常在していること、3.緊急手術に対する24時間即応体制、4.いつでも大量の輸血ができる院内体制、などが考えられます。

また、子宮破裂の発生後に他施設へ緊急搬送された母児の予後はきわめて厳しいので、妊婦自身がVBACを強く希望しても、自施設で子宮破裂に十分に対応できない場合は、対応可能な医療機関に最初から分娩管理を委ねる必要があります。


当科における帝王切開後の経膣分娩(VBAC)についての説明書

2006年01月05日 | 出産・育児

  前回帝王切開後の経膣分娩についての説明書

前回帝王切開後の経膣分娩では「子宮破裂」の危険性が存在します。子宮破裂が起こる頻度は、一般的には0.05%~0.1%くらいですが、前回帝王切開後の経膣分娩時には約0.2%~1.5%といわれています。

子宮破裂が起こった場合、大量出血のため輸血が必要になったり、破裂した創部の縫合や子宮摘出が必要となることもあります。母体死亡となる可能性も考えられます。また、子宮破裂が起こった場合には、胎児仮死(重度の精神発達障害などの後遺症が残る可能性があります)・胎児死亡・新生児死亡などが生じる場合があります。

当院では、下記の条件を満たし、更にこれらの危険性を御本人、御家族に御理解していただいた上で、前回帝王切開後の経膣分娩を行います。ただし、経過中に経膣分娩が不可能だと判断された場合には、帝王切開に変更します。帝王切開に変更された場合でも、夜間等スタッフがそろっていない状況では、手術開始まで時間を要する可能性があります。

帝王切開は、産婦人科では一般的に行われている手術ですが、出血、感染、周囲臓器の損傷などの危険性や術後の合併症(腸閉塞、創部離開など)が起こることがあります。また、肺血栓塞栓症の頻度は経膣分娩と比較して増加するといわれています。

なお、帝王切開で分娩となったとしても児の状態が不安定な場合もあり、点滴や、挿管し人工呼吸器を必要とすることもあります。

<前回帝王切開後の経膣分娩の条件>
1. 既往帝王切開は1回であること。
2. 前回の帝王切開は子宮下部横切開であることが確認されていること。
3. 単胎で頭位であること。
4. 経膣分娩のリスクが前回帝王切開以外存在しないこと。
5. 子宮破裂が発生した場合の母児のリスクを患者本人、家族が十分承知していること。

                     ○○病院産婦人科
以上の説明を受け、前回帝王切開後の経膣分娩を希望します。

   年 月 日
      患者本人:             
      家族(続柄):           
      説明担当医:                  


産科領域における肺血栓塞栓症について

2006年01月04日 | 周産期医学

日本における妊産婦死亡は減少していますが,血栓症は増加傾向にあり,肺血栓塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)は母体死亡原因の第2位となっています。

静脈血栓症は全身の表在性や深部のどの静脈にも起こりえますが、深部静脈(下腿静脈、大腿静脈、骨盤内深在静脈など)の血栓症は頻度も多く、致命的となりうる肺血栓塞栓症を生じる可能性があり臨床的に重要です。

産科領域における深部静脈血栓症の頻度は0.1~2.0%と報告されていますが、妊娠中よりも産褥期に多く発症します。帝王切開術後では、経腟分娩後に比べて、深部静脈血栓症の発症頻度は7~10倍と高率となります。深部静脈血栓症の約4~5%が肺血栓塞栓症につながるといわれています。

肺血栓塞栓症は発症すれば極めて重篤であり、最近では我が国の妊産婦死亡の10%以上を占めています。産科特有の疾患としては、高齢妊娠、重症の妊娠高血圧症候群、前置胎盤や切迫早産による長期ベット上安静、常位胎盤早期剥離、帝王切開術後、著明な下肢静脈瘤などが深部静脈血栓症のリスク因子となります。

肺血栓塞栓症の臨床症状として最も多い症状は突然発症する胸部痛と呼吸困難ですが、軽い胸痛のみの軽症例から突然の心肺停止で発症する重症例まで多彩です。手術後12~24時間に急速に発症することもありますが、術後2~3日で発症することも多いです。

深部静脈血栓症の予防が肺血栓塞栓症の予防につながります。帝王切開後の一般的な血栓予防法は、早期離床、血栓予防の弾性ストッキング、下肢間欠的器械マッサージ法、十分な補液(1日1,500~2,000ml/日)などです。薬剤による予防(ヘパリンを術後12時間より5,000単位1日2回皮下注)は、静脈血栓塞栓症の既往、血栓性素因などのリスク因子がある場合に行います。

肺血栓塞栓症の治療: 急性期には呼吸循環状態の改善を行います。心肺停止で発症した重症例の場合は、発症直後より心肺蘇生処置を行います。酸素吸入、昇圧剤、中心静脈圧測定などにより、低酸素血症、ショック、胸痛の改善を行います。薬物療法として、ヘパリン、ワーファリンによる抗凝固療法、ウロキナーゼによる血栓溶解療法などがあります。ショック、低血圧、乏尿が持続し薬物療法が奏効しない場合は、人工心肺を用いて経皮的カテーテル肺動脈血栓除去術を行うことがあります。

肺血栓塞栓症が疑われた場合は、高次医療センターへの速やかな搬送、循環器専門医、麻酔科医、胸部外科専門医などによる集学的治療が必要となります。しかし、本症は臨床症状が出現してから、十分な検査や治療をする間もない短時間に患者さんが急死してしまうこともあります。そのような不幸な転帰をとった場合、ご家族にとっては手術や分娩後の突然の全く予期しない出来事であり、人生最大の至福の時のはずが突然人生最大の不幸のどん底に転じてしまうわけですから、医療訴訟となってしまう可能性が高いのもやむを得ないことです。妊婦さんやそのご家族に対して、本症について十分に説明し、理解を得ておくことが重要と考えられます。


もしも昔の医療水準に戻ってしまったら...

2006年01月02日 | 医療全般

我が国の妊産婦死亡率の推移を見ると、1950年は10万分娩に対して176でしたが、2000年には6.3となりました。また、周産期死亡率(早期新生児死亡率と妊娠28週以後の死産率との合計)の推移を見ても、1950年は出生1,000に対して46.6でしたが、2000年には3.8となりました。

これらのデータから、この五十年間で分娩の安全性が著しく向上したことがわかります。また、現在の我が国の周産期医療は世界でもトップレベルの水準に達していると考えられます。

しかし、今でも実際には、1,000人に4人の赤ちゃんが、また1万人に1人の母親がお産で亡くなっているわけですから、現在の医療水準であっても、必ずしも、一般に信じられているように『お産は母児ともに安全』とは限りません。

まして、万一、このまま地域から産婦人科医が絶滅してしまって、昔(五十年前)の医療水準に戻ってしまったら、現在の何十倍もの母児がお産で亡くなりかねないということを一般の人達にもよく理解していただきたいと思います。

崩壊の危機に直面している地域周産期医療体制を守ってゆくために、我々は今何をしなければならないのか?何ができるのか?それぞれの地域の実情に合わせて、長期的な視野に立って、地域全体で考えてゆかなければならないと思います。


『自然分娩』と『医療で管理された分娩』

2006年01月01日 | 出産・育児

昔は普通だった自宅分娩は、1950年には95%、 1960年でも50%を占めていましたが、その後は減少し、1990年頃には自宅分娩は0.1%程度まで減少し助産所の扱う分娩を併せても1%強に過ぎなくなり、この数字はその後ほとんど変わっていません。

近年、病院・診療所での分娩が全体の99%近くを占めるようになり、分娩は昔とは比較にならないくらいに安全性が高まりましたが、病院の『医療で管理された分娩』に不満や反感を抱く妊産婦さんも決して少なくないことは事実です。

分娩全体の95%までは正常分娩ですから、たとえ分娩場所が病院であっても、妊娠・分娩経過が正常であれば、助産師の介助で『自然分娩』を目指すべきなのは当然です。

問題は正常の分娩経過の途中で異常事態が起こった時で、産科では結果が不良の場合は医事紛争が多発します。残念ながら、医療事故による医事紛争は産科がもっとも多いです。これは『お産はうまくいって当たり前』と一般の人が考えるようになったことも一因だと思われます。

リスクを持たないと考えられる低リスク妊婦であっても、破水後になかなか陣痛が始まらず分娩が遷延したり、微弱陣痛・回旋異常・狭骨盤などのために分娩が停止したり、胎児仮死の症状が現れたり、正常分娩の後に弛緩出血を起こしたりなど、分娩の前後にはさまざまな異常が発生する可能性があり、その発生前の予測は非常に困難です。

従って、分娩の経過が正常であれば、余計な医学的処置は一切ひかえて『自然分娩』を目指すのは当然のこととしても、分娩の途中で医学的処置が必要となった時点において直ちに必要な医学的処置が実施できるような分娩環境が望ましいと思います。

また、分娩を取り扱う医療施設は、『低リスク妊婦の自然分娩』を中心として患者サービスに尽力する一次医療施設(民間の診療所など)と、『ハイリスク妊婦の分娩管理、異常分娩の緊急救命処置』を中心として集中的な治療を行う高次の医療施設(総合周産期センター、地域周産期センターなど)の2群に分化しつつあり、医療施設間の緊密な連携(病診連携、病病連携)が不可欠と考えられます。