少子化対策の一環として、『出産費用の無料化が政府内で検討されているらしい???』というような記事が昨日の新聞に掲載されていました。
現在の日本の周産期医療の状況は非常に厳しく、もともと足りなくて困っていた実動の産婦人科医数が、ここにきてさらにどんどん減ってしまって、多くの病院や診療所が次々に産科業務停止に追い込まれ、どこにも産む場所がなくなってしまった地域が全国的に急拡大しているという現象があります。
出産に要する患者負担を一律に無料化したとしても、地域の周産期医療が崩壊して安全に分娩できる場所が、自分の住んでいる地域内のどこにも確保できなければ、何の解決策にもならないのは明らかです。
地域内に充実した周産期医療体制を確立して安全に出産できる場所を確保するために、2次医療施設(地域周産期センターなど)においては、産婦人科医、小児科医、麻酔科医、助産師、看護師、放射線技師、検査技師、薬剤師などの非常に多くの医療スタッフを24時間体制で院内に配置させるための人員確保、医療設備の充実などに莫大な資金を要します。財源がなければ何もできません。日本全体の周産期医療を充実させるような国の強力な政策とそのための財源確保が必要です。
現在の日本の出産に要する患者負担額は、医療費の高い米国などと比べると破格に安く、ほとんどタダ同然とも言われています。今後、日本の周産期医療を充実させてゆくための財源を確保するには、むしろ適正な患者負担増が必要になるのではないかとも考えられます。
施設によって受けられる医療サービスが全然違うのですから、施設によって出産費用に大きな差がでるのは当然のことだと思います。いくらタダになったとしても、まともな分娩場所が皆無になってしまったら全く意味がありません。出産費用の一律の無料化という政策が日本の周産期医療のさらなる崩壊を促進しかねないと危惧します。
******** 読売新聞、2007年1月13日
出産無料化を検討、少子対策で政府
政府は12日、少子化対策の一環として、入院を含めた出産費用全額を国が負担する「出産無料化」制度導入の検討に着手した。
若年夫婦などの経済負担を軽減することで、少子化に歯止めをかけるのが狙いだ。6月に閣議決定する「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)に盛り込むことを目指す。
政府の少子化対策は、〈1〉働く女性が出産後も社会復帰しやすい環境作り〈2〉出産や育児などの経済的負担の軽減――の2点が大きな柱となっている。出産無料化は、経済的負担軽減の目玉というべきもので、若年夫婦などが出産しやすい環境を整えるのが目的だ。
(以下略)
(読売新聞、2007年1月13日)
今回、試しにブログなるものを立ち上げて、産科医療の分野の諸問題の中で、つれづれ思いつくままに、いくつかの話題を提供してみましたが、日本の産科医療では、施設や担当医によって判断の基準が異なっている場合もけっこうあるし、病院ごとにやっていることがかなり違う場合もあるので、ブログでそのような微妙な話題を提供すること自体で、いろいろな問題が現場に発生しかねないことに気がつきました。
産科という分野では、『自分のお産はこうだった。』とか、『私の友達はこういういいお産でとても満足した。』とか、いろいろな個々の経験に基づく情報が身近にあふれています。しかし、それらの個々の情報は、たまたま偶然その時はそうだったという一つの経験談にしか過ぎません。万人に適合する情報とは限りません。
また、産科の専門家の意見にも似たような傾向があって、『私の二十年来の経験の範囲ではうまくいっていることが多いので、あなたの場合もきっとうまくいくはずですよ。』とか、『私の今までの経験の範囲では一度もそのような異常事態は発生してないので、あなたの場合にもそんなことはきっと起こらないでしょう。』などという、個人的見解に基づいた医療が少なくない気もしています。私自身もそういう旧来の習性からなかなか抜け出せてません。
今後の医療にとって大切なことは、『担当医自身の少ない経験や修得した技術にはこだわらず、根拠(エビデンス)に基づいた最新の医学情報を患者さんに提供し、その患者さんにとって現時点で最適と考えられる医学的な対応を提案し、患者さん自身にご自分で一番納得できる治療法を選択してもらう』という姿勢であると言われてます。すなわち、今後は『根拠に基づいた医療(EBM)』を実践してゆくことが大切と考えられ、産科医療も決して例外ではないと思われます。十分信頼に足る事実(エビデンス)を患者さんにわかりやすく情報提供してゆくことが、今後の良い医師の基本姿勢だと感じています。