ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

特集「大野病院事件判決」(共同通信)

2008年08月05日 | 大野病院事件

コメント(私見):

どんなに健康な女性でも、妊娠すれば、一定の頻度で、予測不能の母体死亡、周産期死亡などの不幸な出来事が起こる可能性があります。

この事実を全く無視して、産科で不幸な出来事が起こるたびに、正当な診療を実施した担当医師が結果責任だけで処罰されることになれば、産科医療には今後一切誰も従事することができなくなってしまいます。

「大野病院事件」での逮捕・起訴は、産科医療だけでなく、外科や救急医療などにも大きな影響を与えました。不安を抱えたままで仕事をしなければならない事態が改善されることを期待します。

福島県立大野病院の医師逮捕事件について
(自ブロク内リンク集)
 

****** 共同通信、2008年8月4日

特集「大野病院事件判決」 

帝王切開死事故どう判断 検察と弁護側真っ向対立 産科医に20日判決

 福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦(かとう・かつひこ)被告(40)の判決が20日、福島地裁(鈴木信行(すずき・のぶゆき)裁判長)で言い渡される。

 禁固1年、罰金10万円を求刑した検察側に対し、弁護側は「可能な限りの医療を尽くしており、過失はない」と無罪を主張。約1年4カ月におよんだ審理は、双方が全面的に争ってきた。

 医療行為の過失を問われて医師が逮捕、起訴された事件の影響は大きく、医療界は猛反発。全国的な産科医不足に拍車が掛かったとされる。

 検察側の論告によると、加藤被告は04年12月17日、帝王切開手術を執刀。子宮に癒着した胎盤をはがす「はく離」を無理に続ければ大量出血する恐れがあったのに、子宮摘出など危険回避の措置を怠り、大量出血で女性を死亡させた。異状死だったのに24時間以内に警察に届けなかったとして医師法違反にも問われた。子どもは無事生まれた。

 最大の争点は「はく離」を被告が続けた行為の是非だ。検察側は「癒着を認識した時点で、はく離をやめて子宮を摘出すべきだった」と主張。

 弁護側は「最後まではがした方が子宮収縮による止血が期待できた。その後に子宮摘出に移行するのが医療現場の標準」と反論した。

 はく離に手術用はさみ(クーパー)を使用したことの可否も争点で「不適切」とする検察側に対し、弁護側は「はく離を急ぐためで、外科手術で使用する一般的な器具であり問題ない」とした。

 事件をめぐっては福島県が05年3月に医療過誤を認める報告書を公表。これが捜査の端緒となり被告は逮捕された。

 「結果責任で捜査機関が介入するのか」「診療が萎縮(いしゅく)する」-。医療界は反発、学会の抗議声明も続いた。第三者の立場で医療死亡事故を究明する国の新組織が検討されるきっかけにもなった。

 全国的に産婦人科医は、深夜・長時間労働や訴訟リスクなどを背景に減少しており、この事件も影響したとされる。

 法廷で加藤被告は遺族に謝罪した上で「できる限りのことはした。非常に悔しい」と陳述。女性の父親は「娘の命を奪った医師を許さない」と厳しく非難した。

 患者が死亡した医療行為で医師に刑事責任を問うのは妥当なのか。医療関係者が司法判断を注目している。

医療事故調の論議促す 判決、法案審議に影響も

 大野病院事件は、公平な第三者の立場で死因を究明する国の新組織「医療安全調査委員会」(仮称)の論議を促すことになった。

 新組織は医療事故調とも呼ばれ、産科医逮捕に医療界から強い反発が出たことを受け、厚生労働省が議論を急加速。具体案を考える検討会を発足させ、今年4月には新組織による調査活動を捜査に優先させる方針を明らかにした。

 厚労省はこれまで3回にわたり新組織の試案を作成し、今年6月には設置法案の大綱案を公表。2011年スタートを目指し、秋の臨時国会に法案を提出する構えで、福島地裁判決は法案審議にも影響を及ぼしそうだ。

 新組織は患者死亡事例を対象に、医療事故の疑いがある場合、警察に代わり、医療機関からの届け出を受け付ける。医師や法律家らでつくる専門チームが解剖結果やカルテの分析、関係者からの聞き取りなどを実施し、報告書を作成する。

 ただ、医師に重大な過失があるとみられる事例などについては、新組織が警察に通知する仕組みとなっており、現場の産科医からは「医師に対する刑事訴追の可能性がある限り、誰も危険なお産に手を出さなくなる」との指摘が出ている。

 厚労省幹部は「判決を機に、法案に対する医療現場からの反発が一層強まる可能性もある」と話している。

有罪なら産科の休診に拍車 刑事罰は医師の意欲奪う

 大野病院事件は、医療界にどのような影響をもたらしたのか。日本産科婦人科学会理事の岡井崇(おかい・たかし)昭和大教授(60)に聞いた。

 -事件の経過をどうみているか。

 「癒着胎盤は極めて珍しい症例。被告の産科医は経験がない中、できる範囲で全力を尽くしており、重大なミスをしたわけではない。患者が死亡した結果は重く、きちんと受け止め再発防止に向けた努力をする必要はあるが、刑事罰を適用するのは間違い。医師の意欲や使命感を減退させるだけだ」

 -具体的な影響は。

 「事件を受け、産科の休診や診療拒否が相次いだ。以前なら小さな規模の病院でも診察していた症例が、どんどん大学病院に回されている。手錠をかけられた姿を目にした多くの医師が『あすはわが身』と考え、リスクを回避するようになった。仮に有罪となれば、こうした状況はさらに深刻化するだろう」

 -医療事故で刑事責任を追及するのは問題か。

 「故意や著しい怠慢があった場合は別だが、正当な医療行為をしたが力が及ばなかった場合に刑罰を与えるというのは現場を萎縮(いしゅく)させるだけ。ミスをなくすための方策にはならず、何より医療の向上につながらない」

 -事故の対応をめぐる医療側の努力不足も指摘されるが。

 「患者や遺族に真摯(しんし)に対応するのは当然。その上で、事故の情報を公表し、学会などで専門家が研究を進めるといった取り組みを強化することが必要だ。刑事罰を問われない代わりに、不注意によるミスを繰り返す医師に一定期間手術をさせないとか、医師側が自ら処分に乗り出す制度も検討すべきだろう。今回の事件を機に、事故を減らすための方策を皆で考えなくてはならない」

  ×  ×  ×

 和歌山県出身。東大医学部を卒業後、同大助教授、愛育病院副院長を経て2000年から現職。

率直な説明と謝罪が必要 クレーマー扱いは誤り

 大野病院事件をめぐる医療界の反発を、患者や遺族はどうみたのか。自らも医療事故で娘を亡くした「医療過誤原告の会」の宮脇正和(みやわき・まさかず)会長(58)に聞いた。

 -産科医の逮捕に対する医療界の反応をどのように感じたか。

 「産科医が刑事責任を問われる事態に直面し、医療費削減や医師不足により過酷な勤務を強いられてきた医療従事者のストレスが噴き出した。一部の医師が遺族らを攻撃する現象が起き、『刑事責任の追及が医療崩壊を招く』といった意見まで出てきたのは気になる」

 -事件と裁判の経過から感じたことは。

 「遺族にとって必要なのは、事実関係の率直な説明と謝罪だ。反省と再発防止に真摯(しんし)に取り組む姿勢を医療側が示せば、遺族側は刑事罰を望むような気持ちにならないことが多い。そういう意味では、今回の裁判で、被告側が医療ミスはないと強固に主張し続けたのは残念だ」

 -医療事故をめぐる医療界のこれまでの取り組みをどうみているか。

 「大きな流れで言えば、事故を隠さずに患者への説明を徹底し、安全性の向上につなげる取り組みは着実に浸透しており、その点は評価できる。患者側と意思疎通を図り、互いの信頼関係を構築することが何より重要。事件を機に『医療事故被害者の多くはクレーマー』とする根拠のない誤った論調が出たことで、こうした前向きな動きが後退しないよう願う」

 -刑事責任の追及に反対する声は根強いが。

 「いいかげんな治療を行う医師も現実には存在しており、医師だけ刑事責任を除外されるのは、今の状況では社会が許さない。まずは、そうした医師を自発的に処分するような仕組みを医療界が自ら構築し、国民の信頼を得ることが大切だ」

 ×  ×  ×

 1983年に医療事故で娘を亡くし10年後に病院側と和解。2005年「原告の会」会長に就任。

大野病院事件の経過

2004年12月17日 福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡

 05・1・13 県が「県立大野病院医療事故調査委員会」を設置

 3・30 事故調査委が「医療ミス」との報告書を公表。県は謝罪

 6・16 県が執刀した加藤克彦被告を減給処分

 06・2・18 県警富岡署が加藤被告を逮捕

 3・10 福島地検が加藤被告を起訴

 7・21 公判前整理手続きの第1回協議

 07・1・26 福島地裁での初公判で加藤被告が無罪主張。検察側は「大量出血を予見できた」と指摘

 8・31 初の被告人質問

 08・1・25 女性の遺族3人が「医師を許さない」などと意見陳述

 3・21 検察側が禁固1年、罰金10万円求刑

 5・16 弁護側があらためて無罪を主張し結審

 8・20 加藤被告に判決

(共同通信、2008年8月4日)


ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う公立・公的病院は、常勤産婦人科医3名以上が原則!

2008年08月02日 | 地域周産期医療

産婦人科医の多くが少人数体制の過酷な勤務環境にあり、それが産婦人科医を志望する若手医師や医学生が少ない原因の一つとも言われています。平成17年の日本産科婦人科学会の調査でも、分娩取り扱い大学関連病院のうちで、14.2%が一人医長、40.6%が常勤医2名以下という事実が明らかとなりました。

そこで、産婦人科医の過酷な勤務条件を改善する目的で、平成18年4月に、『ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う公立・公的病院は、3名以上の産婦人科に専任する医師が常に勤務していることを原則とする。』という緊急提言が日本産科婦人科学会・産婦人科医療提供体制検討委員会より発表されました。それから2年以上が経過し、全国的に産婦人科・勤務医の再編成が進行しつつあり、常勤産婦人科医2名以下の公立・公的の分娩取り扱い施設はかなり減ってきている筈です。

しかし、地域によっては、産婦人科の勤務条件改善の必要性が理解されず、1人でも産婦人科医を確保すれば分娩の取り扱いを継続できるという考え方に立って、産婦人科医確保の努力を行っている自治体や病院の事例も、時々報道されています。もしも、産婦人科の集約化が全く進まないまま、個別の自治体や病院の努力で一人医長体制の産婦人科が復活するだけの状況が続けば、産婦人科の勤務条件はますます悪化するばかりで、母児の安全も確保できません。

参考記事:

産婦人科医療を安定的に供給する体制の提案、日本産科婦人科学会

緊急提言(日産婦委員会):ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う病院は3名以上の常勤医を!

拡大産婦人科医療提供体制検討委員会配付資料

                      平成18年4月7日

各位

                    日本産科婦人科学会
            産婦人科医療提供体制検討委員会

本委員会は、中間報告書の提出に際して、以下の点について緊急の提言を行います。本提言の趣旨をご理解の上、何卒、迅速かつ適切なご対応をお願い申し上げます。

緊急提言

ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う公立・公的病院は、3名以上の産婦人科に専任する医師が常に勤務していることを原則とする。

提言の理由

1. 産婦人科医の不足の原因の一つが、その過酷な勤務条件にあることは、既に周知の事実である。しかし、平成17年度の本学会・学会あり方検討委員会の調査においても、分娩取扱大学関連病院のうちで、14.2%が一人医長、40.6%が常勤医2名以下という事実が明らかとなっており、勤務条件の改善傾向は認められていないと考えざるを得ない。

2. それに加えて、地域の病院によっては、産婦人科の勤務条件改善の必要性が理解されず、一人でも産婦人科医を確保すれば、分娩取扱を継続できるという考え方に立って、産婦人科医確保の努力を行っているという現状がある。

3. 産婦人科医を志望する医師および医学生に対して、近い将来の産婦人科医の勤務条件の改善の見通しを提示するためには、この状況を改善する明確な意思を学会が示す必要があると考えられる。

4. 本提言を実効のあるものとするために、各地域の医療現場で働く産婦人科医師は主体的にその活動の場を再編成すべきである。