うちのスパイダーマン。お菓子はいっぱいもらえたかな??
ピースの又吉の小説を読んで井の頭公園に行ってみたいと言った母と一緒に井の頭公園を十何年ぶりに訪れたのが一年前。
自由な雰囲気に惹かれて、また行きたいと思いながら一年後、家族で行き、立て続けに今度は友達と。
公園内にある素敵なカフェでお酒が飲みたくて。
定番いせや(残念ながら、すっかりキレイになってしまいましたが・・)でちょっと一杯やった後で、
公園内を散歩。なんといっても、ここは老若男女いろんな人がいて、色んな変わったパフォーマーがいて、みんな心から思い思いに、散歩と
お喋りを楽しんでいるところが私はすごく好き。空が広くて、緑は深くて、道もあんまり舗装されてないから、スニーカーで行くのがオススメ。
ベンチも何だか妙にこなれて見えて、パリの公園にでも来た気分になれる。
いくつかある公園内のカフェはボートのある池を一望出来て、すごく気持ちがいい。
豚肉のテリーヌはピスタチオ入りで、コリコリしてて美味しく、ワインもすすむ。
また園内の動物園には、リスが放し飼いされている小屋があって、びっくりするくらい真近で、リスがクルミを齧っているのを見ることが出来、
運が良ければ、リスが身体に乗ってくれたりするチャンスも。実際娘はその機会に恵まれ、大大大興奮でした。
今はランク外れたかもだけど、学生街で、こんなに大きな公園があるこの街に、私もいつか住んでみたい。
夫の誕生日。
夕方ガトーショコラを焼く。その後で、
なぜか、家族で「蛍の墓」を見た。
私は3回目くらいだったが、大まかな事以外、殆ど内容を憶えていないことに驚いた。
あまりにも悲しい映画なので、直視できない、皿洗いなどしながら見る。
子供たちも、途中で何度も声をあげながら、最後まで見た。
お兄ちゃんとセツコは成仏できずに、現代の世の中を見送っている。そんなことすっかり忘れていた。
いつまでも心が晴れない。
夕方ガトーショコラを焼く。その後で、
なぜか、家族で「蛍の墓」を見た。
私は3回目くらいだったが、大まかな事以外、殆ど内容を憶えていないことに驚いた。
あまりにも悲しい映画なので、直視できない、皿洗いなどしながら見る。
子供たちも、途中で何度も声をあげながら、最後まで見た。
お兄ちゃんとセツコは成仏できずに、現代の世の中を見送っている。そんなことすっかり忘れていた。
いつまでも心が晴れない。
いやあ、ジュリー酷いね。
ライブ中止の理由にびっくりです。
プライドの前に自己管理は出来ているのかしら??満員御礼のライブ会場を心の底から満足させられる自信はあるの??
自宅のパソコンのインターネットがいつも途切れ途切れで、まるでダイアルアップ時代みたい。
で、何となく遠ざかってたんだけど、ある日堪忍袋の緒が切れてプロバイダに電話して相談。
電話に出た人は、いかにも不器用そうな生真面目タイプ。
でもそれなりに対応してくれて、相談にも乗ってくれて、でも解決しなくて、
結局ソフトバンクから配布されたWi-Fiが原因かもしれないので、そこに電話すればということになって、
最後にその人は、不器用そうに
「あまり、お役に立てず申し訳ありませんでした。」
ととても真摯な感じに言った。そのまっすぐな態度に、思わず「とんでもないです。」と答えたんだけど、
その後になって、Wi-Fiは原因じゃない気がする。だって、Wi-Fiで携帯電話はきちんと動いてるんだから、と
今度はパソコンの設定の問題かも!!と色々いじったら、
なるほど、Wi-Fiじゃなくて、こっちの設定の問題だった。うまくいってたのが、何かの拍子に変な設定になってたみたい。
私は思った。
あの時のオペレーターの人は、すごく役に立ってくれたと。
Wi-Fiが故障しているかも、と言ってくれなかったら、今回の結論に結びついていないと思うから。
そこから考えて、設定を見直そうとかんがえ直したんだから。
まったく、ものすごく役に立ってくれたわけだ。
あまり役に立たないと思ったものが、思わぬ効を発揮することがある。
そんな諺もありそうなものだが、今回身をもってそう思った。
話がうますぎる人には裏があるし、役立たずはそうじゃなかったりする。
決めつけてはいけない。
ジュリーもやってみればよかったのに。
ライブ中止の理由にびっくりです。
プライドの前に自己管理は出来ているのかしら??満員御礼のライブ会場を心の底から満足させられる自信はあるの??
自宅のパソコンのインターネットがいつも途切れ途切れで、まるでダイアルアップ時代みたい。
で、何となく遠ざかってたんだけど、ある日堪忍袋の緒が切れてプロバイダに電話して相談。
電話に出た人は、いかにも不器用そうな生真面目タイプ。
でもそれなりに対応してくれて、相談にも乗ってくれて、でも解決しなくて、
結局ソフトバンクから配布されたWi-Fiが原因かもしれないので、そこに電話すればということになって、
最後にその人は、不器用そうに
「あまり、お役に立てず申し訳ありませんでした。」
ととても真摯な感じに言った。そのまっすぐな態度に、思わず「とんでもないです。」と答えたんだけど、
その後になって、Wi-Fiは原因じゃない気がする。だって、Wi-Fiで携帯電話はきちんと動いてるんだから、と
今度はパソコンの設定の問題かも!!と色々いじったら、
なるほど、Wi-Fiじゃなくて、こっちの設定の問題だった。うまくいってたのが、何かの拍子に変な設定になってたみたい。
私は思った。
あの時のオペレーターの人は、すごく役に立ってくれたと。
Wi-Fiが故障しているかも、と言ってくれなかったら、今回の結論に結びついていないと思うから。
そこから考えて、設定を見直そうとかんがえ直したんだから。
まったく、ものすごく役に立ってくれたわけだ。
あまり役に立たないと思ったものが、思わぬ効を発揮することがある。
そんな諺もありそうなものだが、今回身をもってそう思った。
話がうますぎる人には裏があるし、役立たずはそうじゃなかったりする。
決めつけてはいけない。
ジュリーもやってみればよかったのに。
母がガラクタ市(日本の)で6千円くらい出して買ったもの。
これが本当にバターケースなのかはよくわからない。
年季の入った木の取っ手がついていて、ピカピカの金で塗られている。宝石箱みたいなバターケース。
一目で気に入って、欲しがったけどなかなか貰えなかったのに、ある日突然、何かものすごく大したことないことの
お礼としてくれた。
ここからバターを使うときはいつも誇らしい気持ちになる。
大切な宝物です。
小学校1年生の娘が書いた大なわ跳びの極意?!みたいなもの。
突然こういうのを書くところが、やっぱり絵が大好きだったお兄ちゃんとは違うなあ、女の子。
気が付いたら、冷蔵庫に貼ってあって、面白かったので。
おおなわ
あいことばは、「はしる!とぶ!」
かえるまでがんばってれんしゅう!もくひょう①10かい②100かい③300かい
はしるとぶをいってさいごまでいきいきたのしくがんばる!
なわをゆらすひとはちゃんとやろう!
このえのようにえがおでたのしくやろう!
さいごまでぜんよく(※全力のこと)でかけぬけよう!
最近、中国語と、フランス語と、イタリア語を習い始めた。
寝る前にイヤホンつけて、何やらモゴモゴと呟いている。
結構楽しい。
そう、スマホの無料アプリでなんだけど、この夏に今更やっとガラケーからアイフォンにしたもうすぐ72歳の母にも
同じアプリを入れて、やらせている。語学って生涯学習にピッタリ。
70代の母も、これまで通話とメールしか使ってこなかったガラケーに毎月一万円近く払って、(よくわからないけど、○フトバンクは
こういう老人のガラケーから非常に高い料金を徴収している。)
今は、格安スマホ(UQ)で安く、初めてのインターネット検索なんかもして、そして何よりYOUTUBEで
昔の音楽を見たり聴いたりをすごく楽しんでる。
こんなことならもっと早くスマホに変えてあげればよかった。
私の習い事もいつまで続くかわからないけど、中国語の発音は結構その気になれるので楽しいのだ。
時間があれば子供たちにもぜひやらせたい!!
10月初めは暑くてノースリーブを着ていたのに、この週末は肌寒く、曇って、洗濯物も一日干しても湿ってる。
今はタートルネックを着ていてちょうどいい。
涼しくなってきたから、そろそろ外で思いっきりスポーツできるな、と思って、先週に引き続き、今週も、ちょっと公園で子供と運動してきた。
それでなくても、もうそろそろそんな機会もなくなっていくし。
相変わらず早朝のウォーキングは続けていて、そろそろまる4年。一緒にやる友達なくしては、続けられなかったことは確か。
有り難や。
息子は、一年生から始めたスイミングをそろそろやめて、来年から少林寺拳法を習ってみようかと思っている。
私も、何かバトミントンあたりで運動を始めたいな。
そんな秋です。
一番好きなテレビ番組に、BS4の「イタリアの小さな村から」がある。
タイトル通り、イタリアの小さな村に住む家族の一日をそのまま映すドキュメンタリーだ。
三上博史のナレーションが耳に心地いい。
『今日も村では たくさんの小さな物語が生まれている
歴史には残ることのない ささやかな一日かもしれない
でも 当たり前の日常が やっぱり 一番 美しい』
最初は母親が見ていて、大概イタリア人の老人が、暗い部屋でエスプレッソを飲んでいたり、家畜の世話をしていたり、
散歩をしていたり、こんなの面白いの??と横目に見ているだけだったが、いつしかとってもはまってしまった。
彼らの暮らしぶりには、派手さはまるでなく、西洋人特有のバカンスに行く様子も見られない。それどころか、休んでだらけてる場面など
まるでなく、皆一様に働き者で、室内は、たとえ80代のおじいさんの一人暮らしでさえも、ハッと息を飲むほど、整然と設えられている。
また、一番の見どころは食事を作るシーンで、それが、どんな家庭でも、週末にはたいてい家族で(車で30分程の距離に住んでたりする。彼らの多く
は、週末ごとに親族が集まる。)大きな食卓を囲むんだけど、それがどんな高級三ツ星レストランでも敵わないほど、美味しそうで幸せに満ち溢れて
いる食卓なのだ。
そこには、地産地消の野菜や肉が並び、トマトソースは自家製で、時にはワイン農家や、酪農家もいて、チーズもまるまると大きいのを大胆に削って
食す。
そこには、これ以上他に何がいるの??というくらい幸せがある。悲しみがある。家族が互いに寄り添っている。
夫婦は日本の殆どの夫婦と大きく違って、互いに慈しみ尊敬しあっている。
嘘だと思うでしょう。
いつも見ている私でさえ、ときどき嘘でしょう??と思う。でも本当にそうやって静かに愛情深く、敬虔に暮らしている。
毎回冒頭シーンで三上博史が語る、「私たち日本人が遥か昔に忘れてしまった豊かで美しい暮らし」がそこには確かにそこには在るのです。
インスタやSNSを他人に見てもらって、「いいね」をもらうような、特別なことはなにもない。
最新流行の服も、ミラノコレクションも遥か遠くにあるのに、皆自分が住んでいる村が大好きで、世界中で一番だと信じている。
悲しいかな、私はあんな風に自分の住んでいる場所が大好きで誇りを持てたことはない。
たぶんこれから先もその感情は味わえない。
だからこそ、憧れてやまないのかもしれない。
タイトル通り、イタリアの小さな村に住む家族の一日をそのまま映すドキュメンタリーだ。
三上博史のナレーションが耳に心地いい。
『今日も村では たくさんの小さな物語が生まれている
歴史には残ることのない ささやかな一日かもしれない
でも 当たり前の日常が やっぱり 一番 美しい』
最初は母親が見ていて、大概イタリア人の老人が、暗い部屋でエスプレッソを飲んでいたり、家畜の世話をしていたり、
散歩をしていたり、こんなの面白いの??と横目に見ているだけだったが、いつしかとってもはまってしまった。
彼らの暮らしぶりには、派手さはまるでなく、西洋人特有のバカンスに行く様子も見られない。それどころか、休んでだらけてる場面など
まるでなく、皆一様に働き者で、室内は、たとえ80代のおじいさんの一人暮らしでさえも、ハッと息を飲むほど、整然と設えられている。
また、一番の見どころは食事を作るシーンで、それが、どんな家庭でも、週末にはたいてい家族で(車で30分程の距離に住んでたりする。彼らの多く
は、週末ごとに親族が集まる。)大きな食卓を囲むんだけど、それがどんな高級三ツ星レストランでも敵わないほど、美味しそうで幸せに満ち溢れて
いる食卓なのだ。
そこには、地産地消の野菜や肉が並び、トマトソースは自家製で、時にはワイン農家や、酪農家もいて、チーズもまるまると大きいのを大胆に削って
食す。
そこには、これ以上他に何がいるの??というくらい幸せがある。悲しみがある。家族が互いに寄り添っている。
夫婦は日本の殆どの夫婦と大きく違って、互いに慈しみ尊敬しあっている。
嘘だと思うでしょう。
いつも見ている私でさえ、ときどき嘘でしょう??と思う。でも本当にそうやって静かに愛情深く、敬虔に暮らしている。
毎回冒頭シーンで三上博史が語る、「私たち日本人が遥か昔に忘れてしまった豊かで美しい暮らし」がそこには確かにそこには在るのです。
インスタやSNSを他人に見てもらって、「いいね」をもらうような、特別なことはなにもない。
最新流行の服も、ミラノコレクションも遥か遠くにあるのに、皆自分が住んでいる村が大好きで、世界中で一番だと信じている。
悲しいかな、私はあんな風に自分の住んでいる場所が大好きで誇りを持てたことはない。
たぶんこれから先もその感情は味わえない。
だからこそ、憧れてやまないのかもしれない。