勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

感想文

2008-09-10 23:54:10 | Weblog
 過日、終末期の在宅ケアーについて、慶應義塾大学で看護医療を学ぶ生徒さんとお話をさせていただいた。その時の感想文が届いた。十数人の方からいただいた感想文には、医療従事者を目指す皆さんの想いが綴られている。その一部をご紹介します。
 拙い話にも関わらず真剣に聞いてくださった皆さんに感謝し、少しでもお役に立てたことがあるなら嬉しい。皆さんのこれからの活躍を願い、我が身にも、やがて訪れる終末に思いをめぐらせた。

秋桜

2008-09-09 23:15:08 | Weblog
 新聞の天気欄を見ると、北海道から沖縄まで、 マークが並んでいる。晴天に恵まれた東京は、湿度は低いが、暑い日射しが照りつけた。そんな日射しの中にも秋の気配が忍び寄る。
隅田川の畔に咲く秋桜が風に揺れ、夏が今まさに去ろうとしている。
 
 「折節の移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ」と、兼好は云う。風に揺れる秋桜に、もののあはれを感じるのは、ひと夏の想い出が去ってしまったからだろうか。
「秋は夕暮れ」と、云ったのは、清少納言。夕暮れの風は冷たく、何故か悲しげだ。
 

◇ 鳩ぐるま ◇

棚の上の
鳩ぐるまが
私を見ている

想い出がやさしく
見ている

-星野富弘さん-

青い鳥

2008-09-07 19:52:52 | Weblog
 主のいなくなった鳥かごの掃除をした。毎日餌を食べ、鏡に映る自分の姿とのおしゃべりに興じ、好きなだけ遊んでは籠から出て部屋の中を飛び回る。そして僕の肩に止ってまたしゃべる。白い鳥かごに残された、たった一ヶ月の思い出が、激しく切なく胸を締め付ける。

 失って始めて知る大切なもの。本当の大切さは、失ってみないとわからない。長く生きてきて何度も体験したことである。突然現れて突然去っていったピーチャン。そこにいることが当たり前になっていたピーチャンがいなくなって、心にポッカリと穴が開いた。

 洗濯機の終了音、炊飯器の炊きあがりを知らせる音、電子レンジの音、すべてがピーチャンの鳴き声に聞こえ、辺りを見回す。ベランダの向こうの電柱に止まるスズメの鳴き声にも、目を凝らして確かめる。

 籠の鳥にするのはかわいそうと、自由に遊ばせた。米粒ほどのフンも、ウェットティッシュを持ち歩いて拭いた。時には出かけようと着替えたシャツの肩に止ってフンをしたこともある。それらのすべてを許せた。それほど可愛かった。

 小さな身体に似合わぬ聡明さに、驚かされる毎日だった。僕を慕い、僕と一緒の時は、外に出る素振りもしない。安心していた。

 メーテルリンクは、童話「青い鳥」で、幸せは鳥かごの中にあると教えた。いま、我が家の青い鳥は、鳥かごから出て幸せを運んでいるのかも知れない。白い鳥かごには、多くの幸せな思い出が残った。

夢去りぬ

2008-09-06 00:28:54 | Weblog
 夢はいつかは覚めるもの、恋もいつかは終るもの、そして命にも終わりがある。出会いには、必ず悲しい別れが訪れる。蜜月の日は、短く儚く終わりを告げた。愛しのピーチャンがいなくなった。
 仕事から帰って玄関のドアを開けるや否や、一目散に飛んできて肩に止るピーチャン。僕が部屋にいる時は、夜中でもPCの前の僕の肩に止まって動かない。話しかけると鳴き声で答え、問いかける言葉によって声のトーンを変える。会話が成り立っているのだ。それが終ると、独りで言葉をしゃべり続ける。何を言っているかは分からないが。

枯れ枝を拾ってきて、寝室にピーチャンの寝る場所を作った。

風呂から上がると、脱衣所で待っていて肩に飛び乗る。
 
寝室に行くと自分から止まり木に飛び移り、僕が起きるまで鳴くことはない。
 
 僕のそばから一時も離れず、手にするもの、口にするもの、すべてに興味を示す。僕は食事の支度も、食べることさえもできない。一度鳥かごに入れて扉を閉めたことがある。学習能力が非常に高く、一度覚えたことは忘れない。それ以来、鳥かごに入れようとすると僕の心を読んで逃げ回る。仕方なく、肩に止めて寝室に閉じ込める。ピーッ、ピーッと呼び続け、迎えに行くと怒って僕の手を咬む。

 いつものように、寝室に入れて食事をした。珍しくおとなしい。食事を済ませ、迎えに行くとどこにもいない。「ピーチャン!」と呼んでも出て来ない。僕の呼ぶ声には必ず返事をする筈なのに。

 寝室の窓は開けてあるが、すだれで覆い、レースのカーテンが半分閉まっている。しかし僅かに隙間があった。窓の外は通路、急いで見渡すが姿は見えない。12階すべての階を探し歩いた。しかし、どこにもいない。

 我が家に来たのが8月5日、それからちょうど一ヶ月。天使のような可愛さと、妖精のように悪戯好きなピーチャンは、どれほど僕の心を慰めてくれただろうか。

 いま、ピーチャンはどこで何をしてるのだろう。逃げることを知らないピーチャン、猫に近づくなよ、カラスには気をつけろよ。どこでもいい、誰とでもいい、幸せに暮してくれるなら・・・。元の飼い主も、僕と同じ思いをしたに違いない。

 我が家で覚えた「ピーチャン、カワイイ! △×%#○&@*◇?¥$ デショ?」の声が耳から離れない。

若いつばめ

2008-09-05 00:02:11 | Weblog
 秋に行われるダンスのデモンストレーションのための練習に励む、古希を過ぎたお客様がいる。ご主人はダンス教習所に通い、この夏も、孫のような若い女性教師とパーティーでデモに出演している。話好きのご主人とは数回会食もし、奥様を交えての会話は僕と二人で盛り上がり、奥様は黙って聞いているだけ。
 
 髪から汗が滴り落ちるほどのレッスンのあと、ビールで喉を潤しながら彼女が言った。

今日、出かけるとき、主人に言われたわ
「これから若いつばめと踊ってくるんだな」
って・・・         

エッ、若いつばめって僕のこと?

そうよ、主人とは10歳も違うのよ

 ちょうど注文の品を持ってきたボーイさん。この会話に目を白黒させている。「なにか文句ある?」僕が言うと「いえ、ありません」と言って、笑いをこらえながら去って行った。

認知症

2008-09-04 00:01:22 | Weblog
 区役所に行った。広い駐輪場に自転車を停め、建物に入ろうとして、手に何も持っていないことに気がついた。前籠に入れたセカンドバッグには、いつもより多めのお金が入っている。慌てて戻るが、自転車が見つからない。やっと見つけた自転車の前籠にはバッグが鎮座していた。

 アルツハイマー型認知症を起こす原因のひとつは、βタンパクの増加によるものだという。βタンパクの増加の原因は加齢だとか。僕にとって絶望だ。しかし、認知症を防ぐ3つの方法があるという。

以下は、3日放送のNHKテレビ「ためしてガッテン」から。

その1.
有酸素運動

その2.
会話相手を持つ

その3.
生活習慣病の予防

この3つを心がけることで、アルツハイマー型認知症の発症率は、かなり低くなるらしい。

 僕にとって、有酸素運動は、仕事に密着している。おしゃべりな僕は、その2も当てはまる。生活習慣病も今のところセーフである。それなのに、もの忘れが激しいということは、もともとアホということか。治る見込みはなさそうだ。

逆ギレ

2008-09-03 00:07:19 | Weblog
次から次へと積年の問題が顕在化してきた
その中で将来を見据えながら・・・


と、言い訳と自画自賛をして政治を投げ出した人がいる。
 
私は、自分自身を客観的に見ることができるんです
あなたとは違うんです!
 
 記者の質問に逆ギレするこの人、積年の問題ははじめからわかっていたはず。それを放棄する自分を、客観的に見ることができると威張れるのだろうか?この人がこの国を治めるトップにいたことは、国民の羞恥心。

 人も動物も、痛いところに触れられると牙を剥く。この人にこの台詞を云わせた記者に座布団10枚あげたい。

涙のわけ

2008-09-02 00:35:12 | Weblog
 日曜日の夕方、ケータイが鳴った。千春ちゃんからである。いつもはメールで話す彼女から電話がかかることは珍しい。電話の声は泣いているようだ。何を言ってるのかわからない。すると突然電話が切れた。急いで掛け直す。

「ごめんなさい、電波の具合が悪いみたい」
「どうしたの、泣いてるの?何かあったの?」
「今日、競技会で決勝に残り、3位になったの」
「ホント?良かったねぇ~、おめでとう!」

 泣きながらの説明によると、Bクラスのダンス競技会で決勝に残った彼女、見事3位に入賞したという。それは無条件でAクラスに昇進することを意味する。
 彼女がダンス教師になるきっかけを作った僕としては、競技選手になり、それも2年でAクラスになるとは思いもよらなかった。デビュー戦でいきなりD・Cの両クラスで優勝したとはいえ、その後の伸び悩みに苦しみ、何度悔し涙を流したことか。

 その並々ならぬ努力のプロセスをすべて知っているだけに、この結果には喜びもひとしお。彼女とそのリーダーには、更なる上を目指して精進することを願い、これからもできる限りの応援と、陰からのサポートをしよう。

ナルシスト

2008-09-01 00:15:30 | Weblog
 我が家のピーチャン、すこぶる悪戯好きである。なんにでも興味を持ち、どんなものも触ってみないと気がすまない。僕が手にするものは、すべて点検をしに来る。
 
 キッチンに行こうものなら、どこにいても飛んでくるので食事の支度ができない。食事も僕の食べるものはすべて食べたがる。別に取り分けてやるが、それには見向きもしない。

 鳥かごに入れようとしても、逃げてしまう。仕方なく、肩に乗せて寝室に行きドアを閉める。迎えに行くまで、ピーピーと呼んでいる。食事を済ませて迎えに行くと、僕の手をつついて噛み付く。怒っているのだ。

 開け放してあるベランダの窓からは、ほとんど出ようとはしないが、風にゆれる朝顔のつるを見て点検に行った。「ピーチャン、外に出てはダメッ!」というと、「ピー」と鳴いて肩にとまる。そしてまた点検に行く。

 何よりも好きなのが鏡。自分の姿を映しては何かしゃべっている。鳥かごに手鏡を置くと、粟を一粒づつ口で運んでは鏡の前で食べている。

 しばらく鏡の前でしゃべったあとは、僕の肩に止まりに来て再びしゃべり始める。「ピーチャン、カワイイ」「ピーチャン、△*÷◇%×&#+?% シヨウカ?」「ピーチャン、○×□▽∴÷*;&%;# デショ」。僕の口調そのままである。

 水に映る自分の姿に恋をして水に溺れた美少年がいる。その化身となった水仙(narcissus)の名をとって生まれた言葉がナルシスト。我が家のピーチャンも水仙の花に負けないナルシストである。