小学生の頃、日曜学校に通っていた。
両親がクリスチャンだったわけでなく、友達付き合いの延長でのことだった。
日曜日に、教会で牧師さんのお話を聞き、、讃美歌を歌う、、
その中で、幼いながらにも感じることがたくさんあった。
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ある時、同年代の外人の女の子を見かけたことがあった。
スカートを穿き、白いタイツがよく似あっていたが、
私はそのタイツに幾つもの継ぎがあるのを発見して
何か言葉にならないショックを感じたのだった。
私も戦後間もなくの生れで、さほどきれいな服は着せてもらえなかったが、
それでも継ぎのあるタイツを穿いた覚えはなく、もしその頃に継ぎのあるタイツを
穿くように言われたら泣いて抵抗して、素足のままスカートを穿いていたことだろう。
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そんな自分とは全然違って、聞き分けの良い明るく穏やかな姿が、光っているように見えた。
今でもその事は私の胸の奥にしまわれていて、事あるごとに思い出されるのである。
そして、当時の小学生の私は、その女の子の姿に、質素な中にある崇高で清らかなものを
衝撃をもって感じ取ったのだと、今なら、そう言葉に出して言えるのである。