~ 水辺虎図 (京の冬の旅)冊子より ~
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「京の冬の旅」キャンペーンも終盤となりました。
この度のキャンペーンでは、今まで非公開だった寺院自体の公開もあり、
前回の「養源院」に続いて、今回は「長得院」にて禅寺の美しさを堪能して来ました。
~ 相国寺境内図 ~
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今回初めて公開された長得院は、相国寺境内の最も奥に位置しています。
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特別公開は3月18日まで
~ 長得院 ~
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室町時代の応永年間(1394~1428)中頃に創建
足利五代将軍・義量(よしかず)の菩提寺となり、
その法号に因んで「長得院」と名付けられました。
こちらも禅寺らしくすっきりとした佇まいです。
※長得院しおり参考
~ 花頭窓 ~
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この独特な形の窓は「花頭窓」(火灯窓)は、元は中国から伝来したもので、
禅宗様の窓として使われていましたが、安土桃山時代頃に、そのデザイン性から
禅寺以外の仏教寺院や、仏教建築ではない神社、天守などの城郭建築、
書院造りの邸宅に使われた例もあるとのこと。
※ウィキペディア参考
花頭窓からは方丈前の庭が覗けて、一幅の絵を見るようでした。
~ 方丈前の庭 ~
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柔らかな日差しを浴びて紅梅が美しく映えていました。
珍しい三段の石垣は、狭い庭に奥行を持たせるためのデザインです。
一面の苔が瑞々しさを帯びる頃には、その石垣の美しさが光るでしょうね。
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左上に見える紅葉は、昨秋からの温かさで落葉せずに残っているのだそうです。
冬枯れの一角に彩りを添えていました。
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室内は全て撮影不可ですので、特別公開された襖絵を画像でご紹介できずに残念です。
襖絵のある方丈は、天明の大火災後に再建されており、方丈の襖絵もこの時期に
描かれたもの。(天明ー1781~1789年)
幕末画壇の「平安四名家」の一人として知られた岸連山(岸徳・がんとく)の筆による
水墨障壁画で「水辺虎図」「波濤鷲図」「山水図」「花鳥図」などが描かれています。
岸派の三代目となった連山は京都を中心に活躍し、現在の京都御所の障壁画の
製作にも携わりましたが、中でもこの長得院の襖絵は連山の代表作。
山水花鳥画を得意とし、身近な花鳥や鳥獣を、淡彩を生かしながら墨を駆使して
描く柔和で装飾的な画風が特徴。
※長得院しおり参考
説明によりますと、この方丈の襖絵の全てを岸徳一人で描き上げ、
当時は複数の画家で描くのが当たり前の時代に、珍しいことだったそうです。
* * *
この長得院自体が今まで非公開でしたから、記念すべき拝観となりました。
相国寺境内の最も奥まったところにあり、静かで穏やかな雰囲気の中
美しい襖絵と庭をゆっくりと楽しませて頂きました。
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「京の冬の旅」キャンペーンも終盤となりました。
この度のキャンペーンでは、今まで非公開だった寺院自体の公開もあり、
前回の「養源院」に続いて、今回は「長得院」にて禅寺の美しさを堪能して来ました。
~ 相国寺境内図 ~
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今回初めて公開された長得院は、相国寺境内の最も奥に位置しています。
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特別公開は3月18日まで
~ 長得院 ~
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室町時代の応永年間(1394~1428)中頃に創建
足利五代将軍・義量(よしかず)の菩提寺となり、
その法号に因んで「長得院」と名付けられました。
こちらも禅寺らしくすっきりとした佇まいです。
※長得院しおり参考
~ 花頭窓 ~
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この独特な形の窓は「花頭窓」(火灯窓)は、元は中国から伝来したもので、
禅宗様の窓として使われていましたが、安土桃山時代頃に、そのデザイン性から
禅寺以外の仏教寺院や、仏教建築ではない神社、天守などの城郭建築、
書院造りの邸宅に使われた例もあるとのこと。
※ウィキペディア参考
花頭窓からは方丈前の庭が覗けて、一幅の絵を見るようでした。
~ 方丈前の庭 ~
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柔らかな日差しを浴びて紅梅が美しく映えていました。
珍しい三段の石垣は、狭い庭に奥行を持たせるためのデザインです。
一面の苔が瑞々しさを帯びる頃には、その石垣の美しさが光るでしょうね。
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左上に見える紅葉は、昨秋からの温かさで落葉せずに残っているのだそうです。
冬枯れの一角に彩りを添えていました。
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室内は全て撮影不可ですので、特別公開された襖絵を画像でご紹介できずに残念です。
襖絵のある方丈は、天明の大火災後に再建されており、方丈の襖絵もこの時期に
描かれたもの。(天明ー1781~1789年)
幕末画壇の「平安四名家」の一人として知られた岸連山(岸徳・がんとく)の筆による
水墨障壁画で「水辺虎図」「波濤鷲図」「山水図」「花鳥図」などが描かれています。
岸派の三代目となった連山は京都を中心に活躍し、現在の京都御所の障壁画の
製作にも携わりましたが、中でもこの長得院の襖絵は連山の代表作。
山水花鳥画を得意とし、身近な花鳥や鳥獣を、淡彩を生かしながら墨を駆使して
描く柔和で装飾的な画風が特徴。
※長得院しおり参考
説明によりますと、この方丈の襖絵の全てを岸徳一人で描き上げ、
当時は複数の画家で描くのが当たり前の時代に、珍しいことだったそうです。
* * *
この長得院自体が今まで非公開でしたから、記念すべき拝観となりました。
相国寺境内の最も奥まったところにあり、静かで穏やかな雰囲気の中
美しい襖絵と庭をゆっくりと楽しませて頂きました。