青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

梅田東映 ~銀河鉄道999が大ヒット!

2021-05-19 | 昭和の映画館

昭和54年(1979年)の夏休み(8月)に、従弟の子供を「銀河鉄道999」に連れて行ってあげた時の、梅田東映会館前の様子です。ファンが列を作っていました。

東映動画初の自主製作映画となったこの作品は、配給収入16億5,000万円。この年の邦画配給収入1位という、アニメ映画史に残る記録を樹立しました。今のように、ジブリが公開すればヒットするような時代ではなく、アニメ=オタクという時代でした。

この日は小学生の従弟のために、座席を2つ取るのに苦労しました。なぜか?当時は観客の入替が無かったので、何度も観るファンが多く、上映終了時にどのお客が席を立つかを読み、狙いをつける必要があったからです。幸い僕は、席取りは名人でした。



当時の僕は、高校生でアルバイトもしていたので、パンフレットとアイスクリームを買ってあげたことを覚えています。そんなことをしてあげたのが、初めてだったので。それまでは自分が親に映画代をせびっていましたから。

後方の歩道橋は今はなく、歩道橋の向こうは駅前第3ビルですが、現在は地下道でこの場所と結ばれています。でも、この東映会館も今は無くなりましたので、東映ホールも梅田東映パレスも、その入り口横にあったパンフレット売り場も、もう見ることは出来ません。寂しいですね。

その従弟の小学生が、僕の家で同居していたこともあり、僕の友人の中にも僕たちが兄弟だと思っていた者がいて、従弟の名前が「亮」だったので、僕が「正和」なんて冗談を言ってた時期もありました。