浪漫飛行への誘(いざな)い

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ふるさとは北海道、名古屋、沖縄?

2023年06月15日 20時32分03秒 | 人生

自分は、東京生まれの東京育ちだが、東京といっても都下なので東京のいなかっぺといったところ。でも、親の実家は、中央区新富町の染物屋で江戸っ子ど真ん中で、自分の本籍もそこになっている。大学卒業まで東京なので、いわゆる「ふるさと」というものは実感していないが、個人的には、第2のふるさとは北海道、第3のふるさとは愛知、第4のふるさとは沖縄だと感じている。

北海道(札幌・千歳)は、社会人になって最初の4年間を過ごした土地で、名古屋はバブル期に2年間過ごし、沖縄は、住んだことはないが、中学2年の時に初めて行った外国(日本返還前)で、大学卒業旅行でも訪問し、その後離島を含め何回か旅行している土地で親しみが深い。

北海道は、独身時代でもあり、仕事もさることながら、車を持っていたので、道内のほとんど各地を旅行する機会に恵まれた。利尻・礼文・天売・焼尻・奥尻の島々も制覇し、道内の湖、温泉、岬、半島、港、山、峠、滝、空港、鉄道駅も数多く訪れた。残念ながら、北海道ならではのゴルフとスキーはあまりチャンスがなかったが、テニスを始め、公式試合も合宿も経験できた。札幌雪まつりも冬季オリンピックも身近に経験した。北海道の思い出として、歌謡曲のいわゆる「ご当地ソング」にはまり、今では800曲を超えるコレクションを有している。また、ふるさと納税も北海道の町を選択し、応援している。

名古屋は、バブル全盛期に2年ほど住んでいたが、バブルもあって仕事も遊びも充実していた気がする。課長職として、業務範囲も広範で、交際費も使い切れないほどであった。ゴルフも一生のうちで一番プレイした時期だが、上達せずとも業務上のゴルフも多かった。社宅住まいであったが、車を持っていたので、ドライブ旅行を楽しむ機会も多かった。たった2年であったが、下記のご当地ソングで語られるような名古屋の風土や名古屋人の気質を知ることもできた。もっと長く住んでいたかったが、そうは問屋は卸さなかった。

沖縄は、中学2年の時に、ホ-ムステイをしながら、ホワイトビーチという米軍基地で行われたボーイスカウトの沖縄ジャンボリーに参加するという貴重な経験を得た。ホームステイ先の家族やたまたま那覇行の船内で知り合った沖縄県庁の人とはその後長いおつきあいをさせてもらった。大学卒業旅行も彼のお世話になったもので、北は辺戸岬から南は、ひめゆりの塔などの南部戦跡まで、島内をいろいろ見て回った。生まれて初めて乗った飛行機も、那覇⇒石垣島のYS11であった。海洋博も行ったし、石垣島、竹富島、宮古島、久米島の離島にも足を延ばしている、ゴルフをしに何回か訪れたこともあり、たまたま飛行機内で知り合った女性の紹介で、嘉手納基地内に入ったこともある。沖縄とは不思議と縁が深い。

国内は、47都道府県の全てに足を踏み入れたが、北海道と名古屋と沖縄は、自分の中では特別な存在となっている。都道府県対抗駅伝大会等のゼッケンからもわかるように、都道府県には、番号がふられているが、北海道は1、愛知は23、沖縄は47である。まさに、最初と真中と最後であるが、これも不思議な組み合わせである。3都市のご当地ソングの中から好きな3曲を選んでみると、

(北海道)

     「恋の町札幌」    https://youtu.be/tpmcuf1ghSY

(名古屋)

  「名古屋はええよ!やっとかめ」 https://youtu.be/KJ6hBxWq7hw

(沖縄)

  「さとうきび畑」 https://youtu.be/tyB9z2C98tM






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