玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』(4)

2015年03月16日 | ゴシック論
 ゴシック的なシチュエーションが用意されている。舞台は古めかしいブライのお屋敷。このお屋敷にはまるで古城のように塔が二つ建てられているし、しかも銃眼付きの塔である。「中世回帰趣味の時代に建てられたもの」という説明さえなされている。ゴシック小説の常套的なシチュエーションである。とにかく古くなければならない。
 最初の出現はこの塔の上で起きる。そこに「あの方が立っているではありませんか!」と女家庭教師はまず錯覚を起こす。彼女の頭の中は“あの方”、つまりは依頼主であるロンドンの紳士のことで一杯なのだ。この錯覚の場面でもこの出現が恋の魔術による妄想の結果なのではないかと思わせるに十分なものがある。
 しかし、出現したのは“あの方”ではなく、“あの方”がいた時代の召使いクウィントであり、そのクウィントはすでに死んだと女家庭教師は知らされる。出現したのは“あの方”の服を着た(これもまた恋する女家庭教師の妄想なのか?)クウィントの幽霊だったのである。
 出現は続けざまに起きる。クウィントの幽霊は今度は窓の向こう側からマイルズを探してのぞき込んでくる。さらにもうひとつの出現。屋敷近くの湖のほとりで遊んでいるフローラをじっと見つめる女の姿。その女は前任の女家庭教師ジェスル先生であり、その女もまたすでに死んでいることを知らされる。
 主人公はここまでで、すでに多くのことを察知している。まるで幽霊から言葉を介することなく伝えられたかのように。クウィントの幽霊はマイルズを、ジェスル先生の幽霊はフローラを、それぞれ忌まわしい道への同伴者として誘惑しようとしている。そして、クウィントとジェスル先生は“恥知らずな”関係にあったということも。
 そして、もっと重要なことはマイルズもフローラもそのことを知っていて二人の幽霊と結託し、私には決して言わないのだということを、女家庭教師は察知していくのである。そこから主人公と二人の子供たちとの心理的な戦闘が開始されていく。