それどころか『ローマの古代遺跡』には、コンスタンティヌス帝皇女廟の側面図と断面図なども描かれていて、これらは完全に建築家の仕事である(『空想の建築~ピラネージから野又穣へ展』参照)。
ピラネージがローマの遺跡を描いた作品は、だから建築家としての職業意識に貫かれていたのであり、その技量たるや他の版画家の追随を許さない。どのような細部をも見逃さずに再現しようとする強い意志は考古学者としての姿勢をも感じさせる。
だから、ピラネージの描く建築物は狂気になど冒されてはいない。そこがモンス・デジデリオの描く建築物との大きな違いなのである。谷川渥はデジデリオの描く建築物が「発狂している」と書いているが、確かにデジデリオの世界は建築物が崩壊しながら“発狂する”、あるいは狂気にとらわれた建築物が自らの崩壊を待ち望んでいる世界であると言える。
それに対してピラネージの建築物は決して発狂などしていないし、自ら崩壊を待ち望んでもいない。ピラネージによるローマの遺跡は2000年近くにわたる自然の浸食、あるいは人間による破壊に耐えてきた悠久の歴史を自ら誇示しているのに他ならない。
なぜピラネージが“狂人”と言われたのか。それはひとえに「牢獄」シリーズによっているのに違いない。あれほど端正で厳密なローマの遺跡を描いたピラネージが、なぜ「牢獄」シリーズのような想像力に完全に依拠した、ロマンティックな作品を描いたのか私には分からない。
しかし、ゴシック小説の作者たちがピラネージのローマ遺跡の作品よりも、「牢獄」シリーズにインスピレーションを受け、それを模倣したのは明らかである。ホレース・ウォルポールは『オトラント城奇譚』のインスピレーションを「種々の作品」に属する「オペレ・ヴァリエ」に得たと言われている。
この作品には人間の身長の10倍はあろうかという巨大な甲冑に身を固めた騎士の像が建築物の一部として描かれている。ウォルポールはこの像に着想を得て、作中で重要な位置を占める巨大な甲冑の幽霊を創造したのだろう。
しかし、自余は「牢獄」シリーズである。ピラネージの「牢獄」シリーズの反響を、我々はルイスの『マンク』にも、マチューリンの『放浪者メルモス』にも、あるいはブルワー・リットンの『ザノーニ』にも聞くことができる。
ピラネージが生涯をかけたローマの遺跡を描いた作品には、ゴシック小説に反響するなにものをも聞き得ない。ピラネージの偉大は「牢獄」シリーズよりも、ローマの遺跡を描いた多くの作品にこそあると私は思う。
『空想の建築~ピラネージから野又穣へ展』図録(2013,町田市立国際版画美術館)

〈種々の作品〉より〈オペレ・ヴァリエ〉部分
ピラネージがローマの遺跡を描いた作品は、だから建築家としての職業意識に貫かれていたのであり、その技量たるや他の版画家の追随を許さない。どのような細部をも見逃さずに再現しようとする強い意志は考古学者としての姿勢をも感じさせる。
だから、ピラネージの描く建築物は狂気になど冒されてはいない。そこがモンス・デジデリオの描く建築物との大きな違いなのである。谷川渥はデジデリオの描く建築物が「発狂している」と書いているが、確かにデジデリオの世界は建築物が崩壊しながら“発狂する”、あるいは狂気にとらわれた建築物が自らの崩壊を待ち望んでいる世界であると言える。
それに対してピラネージの建築物は決して発狂などしていないし、自ら崩壊を待ち望んでもいない。ピラネージによるローマの遺跡は2000年近くにわたる自然の浸食、あるいは人間による破壊に耐えてきた悠久の歴史を自ら誇示しているのに他ならない。
なぜピラネージが“狂人”と言われたのか。それはひとえに「牢獄」シリーズによっているのに違いない。あれほど端正で厳密なローマの遺跡を描いたピラネージが、なぜ「牢獄」シリーズのような想像力に完全に依拠した、ロマンティックな作品を描いたのか私には分からない。
しかし、ゴシック小説の作者たちがピラネージのローマ遺跡の作品よりも、「牢獄」シリーズにインスピレーションを受け、それを模倣したのは明らかである。ホレース・ウォルポールは『オトラント城奇譚』のインスピレーションを「種々の作品」に属する「オペレ・ヴァリエ」に得たと言われている。
この作品には人間の身長の10倍はあろうかという巨大な甲冑に身を固めた騎士の像が建築物の一部として描かれている。ウォルポールはこの像に着想を得て、作中で重要な位置を占める巨大な甲冑の幽霊を創造したのだろう。
しかし、自余は「牢獄」シリーズである。ピラネージの「牢獄」シリーズの反響を、我々はルイスの『マンク』にも、マチューリンの『放浪者メルモス』にも、あるいはブルワー・リットンの『ザノーニ』にも聞くことができる。
ピラネージが生涯をかけたローマの遺跡を描いた作品には、ゴシック小説に反響するなにものをも聞き得ない。ピラネージの偉大は「牢獄」シリーズよりも、ローマの遺跡を描いた多くの作品にこそあると私は思う。
『空想の建築~ピラネージから野又穣へ展』図録(2013,町田市立国際版画美術館)

〈種々の作品〉より〈オペレ・ヴァリエ〉部分