■台風7号「ラン」が母島、小笠原諸島を通過しました。
今年初の台風の直撃でした。
ゆっくり目の台風なので、まだ強風域です。
当初の予想では、
割と島の東を通過するし、
勢力も970hPaとそこまで強くないし、大丈夫だろうと思っていました。
しかし、最接近2日前になると予報がどんどんと変わり、
速度が遅く、勢力は940hPa、最大瞬間風速は60m/sと侮れない数字に。
僕も含め、最初は舐めていた島民も慌てて台風養生をしっかりする展開になりました。
結論から言うと、今回は弱った木の倒木が見られるくらいで、
停電もなく、家屋の損傷などはあまり見られていない気がします。
当初の予想では2019年の未曾有の大被害をもたらした台風21号に匹敵するかもと、
ドキドキしていましたが、
フタを開けてみれば、割と大きな被害のない穏やかな台風通過となり、ホッとしています。
毎度、台風の度に思います。
「養生しただけ損したね、が一番だよね」と。
最接近の前日の夕方に、
内地から帰って来たばかりの妻と次女が外の様子が見たい!と言うので、
安全な範囲で見廻ってみました。
気象庁の予報では940hPaでしたが、
実際の手元の気圧計では975hPaでしたし、
Windyでも977hPaだったので、
そこまで危険な気圧にはなってない気がします。
それでも、間違いなく風速30m/s以上は出てるし、
沖に出たらアウトな海況ですので、
やっぱり台風はヤバいです。
現在の母島は吹き返しのピークも過ぎて、ホッとしています。
避難所は8/10の17時から、今の段階も続いているので、明日の朝まで続くでしょう。
何度か避難所にも顔を出しました。
避難している方もそうですし、
避難所を運営管理してくれている役場の方も本当にお疲れ様とお伝えしました。
避難している高齢の方の自宅の倒木は、
簡単ですが片付けして、通れるようにしてきました。
これから台風7号は伊豆諸島、そして本土に向かって行ってます。
最近は小笠原を過ぎてから台風が発達するケースも多く、
その後がとても心配です。
無事の通過を祈るばかりです。
■母島の養生はまず、漁師の船の丘揚げから始まる気がします。
今回は若手の漁師がみんな夏休みで家族で内地に長期休暇に行っているので、
割と年上の漁師さん達ばかりで、すんごく大変だったと言ってました。
本当にお疲れ様です!!
ははじま丸も9日に入出港の接続を行い、
その後は数日間欠航となっています。
内地に行っていた妻と次女も、ギリギリこの便で帰ってきました♡
1か月振りに自宅に着いた次女も、
怒涛の内地を駆け巡って、ようやく自宅に辿り着き、
ゆっくり休めているようです(#^.^#)
母島に帰ってきた時に、
じんわりと嬉しそうな表情をしていたのが印象的です。
やっぱりホームっていいですよね♪
売店も接近前の最後の営業で長蛇の列が!!
みんなお菓子やお酒、カップラーメンに普段買わない食材など、
なんだか楽しそうにも見えます(^^♪
■畑の作物も、台風をなんとか乗り切って欲しいですね。
夏の主食のモロヘイヤも、一度潮枯れするでしょう。
100本のローゼルも倒れるでしょうが、
また起こします。
硬さよりも、柔らかくしなやかの方が実はたくましいのです。
人間も一緒かな(#^.^#)
島オクラはごっそり実を落としました。
重いとそれだけ風の影響を受けるので、
実を軽くするためです。
正直、母島も父島も思ったよりも穏やかに台風が通過していったので、
今はホッとしています。
しかし、これからのコースが心配です。
洋上や停電の備えをして、無事を祈るばかりです。
自然界において台風は間違いなく脅威ですが、
冬というリセットのない亜熱帯の小笠原にとっては、
なくてはならない存在です。
台風がもたらす雨水、
海から山に戻すミネラルと塩、
徒長した枝を整理する強風、
高温で白化しそうなサンゴの復活など、
ちっぽけな僕の目と頭ですら幾つも存在意義を感じられる台風です。
大自然の中では人なんて、
本当にちっぽけなんだと思い知らされるのも、
大事な気がするのです。
■父島の友人が歌手のUAの記事をシェアしてくれて、
大事な気持ちを思い出させてくれたので、
ここに記しておこうと思います。
大好きなUAが13回目のフジロックを終えて、
感じている事。
「実は先週まで、ホテル住まいだったのね。
高層ビルの迫る窓から見下ろす景色は、猛スピードで行き交う車、
夜中も騒音は絶えることなく、照りつける日差しの下、
行き交う人々はいまだマスクをして、うつむきがちに歩いてる。
街路樹まで息苦しそう。
先に、五月の真夏日、なんて書いたけ ど、その比じゃない今夏、鉄板焼きの上を歩くかのよう。
この焼け付く暑さは、自然を破壊し続けた私たちへの直球のメッセージじゃないのかなって。
コロナ禍に強いられた規制は耐え難かったとは言え、
世界的に経済活動が緩やかになったことで、自然環境が健やかに変化したことは、
これからやってくる気候変動と社会のあり方を予見するものだったと思い出されるよ。」
3年前、初めてのコロナ禍の行動制限でインドや中国の空気が綺麗になって、
今まで見えなかった山々が見えたという話を思い出しました。
内地から帰って来た妻子も、
内地の夏の暑さは尋常ではなく、
島の涼しい風と海に救われたと言っていました。
あまりの暑さにクーラーを設置して、
さらにその室外機からは熱風を吐き出して、
さらにヒートアイランド化が進む。
ゼロカーボンを宣言した小笠原村。
しきりに父島の良さんが議会でも訴えているけど、
もっともっと自分たちにできる事を模索して、
それぞれが考えて動かなければと思います。
今年初の台風の直撃でした。
ゆっくり目の台風なので、まだ強風域です。
当初の予想では、
割と島の東を通過するし、
勢力も970hPaとそこまで強くないし、大丈夫だろうと思っていました。
しかし、最接近2日前になると予報がどんどんと変わり、
速度が遅く、勢力は940hPa、最大瞬間風速は60m/sと侮れない数字に。
僕も含め、最初は舐めていた島民も慌てて台風養生をしっかりする展開になりました。
結論から言うと、今回は弱った木の倒木が見られるくらいで、
停電もなく、家屋の損傷などはあまり見られていない気がします。
当初の予想では2019年の未曾有の大被害をもたらした台風21号に匹敵するかもと、
ドキドキしていましたが、
フタを開けてみれば、割と大きな被害のない穏やかな台風通過となり、ホッとしています。
毎度、台風の度に思います。
「養生しただけ損したね、が一番だよね」と。
最接近の前日の夕方に、
内地から帰って来たばかりの妻と次女が外の様子が見たい!と言うので、
安全な範囲で見廻ってみました。
気象庁の予報では940hPaでしたが、
実際の手元の気圧計では975hPaでしたし、
Windyでも977hPaだったので、
そこまで危険な気圧にはなってない気がします。
それでも、間違いなく風速30m/s以上は出てるし、
沖に出たらアウトな海況ですので、
やっぱり台風はヤバいです。
現在の母島は吹き返しのピークも過ぎて、ホッとしています。
避難所は8/10の17時から、今の段階も続いているので、明日の朝まで続くでしょう。
何度か避難所にも顔を出しました。
避難している方もそうですし、
避難所を運営管理してくれている役場の方も本当にお疲れ様とお伝えしました。
避難している高齢の方の自宅の倒木は、
簡単ですが片付けして、通れるようにしてきました。
これから台風7号は伊豆諸島、そして本土に向かって行ってます。
最近は小笠原を過ぎてから台風が発達するケースも多く、
その後がとても心配です。
無事の通過を祈るばかりです。
■母島の養生はまず、漁師の船の丘揚げから始まる気がします。
今回は若手の漁師がみんな夏休みで家族で内地に長期休暇に行っているので、
割と年上の漁師さん達ばかりで、すんごく大変だったと言ってました。
本当にお疲れ様です!!
ははじま丸も9日に入出港の接続を行い、
その後は数日間欠航となっています。
内地に行っていた妻と次女も、ギリギリこの便で帰ってきました♡
1か月振りに自宅に着いた次女も、
怒涛の内地を駆け巡って、ようやく自宅に辿り着き、
ゆっくり休めているようです(#^.^#)
母島に帰ってきた時に、
じんわりと嬉しそうな表情をしていたのが印象的です。
やっぱりホームっていいですよね♪
売店も接近前の最後の営業で長蛇の列が!!
みんなお菓子やお酒、カップラーメンに普段買わない食材など、
なんだか楽しそうにも見えます(^^♪
■畑の作物も、台風をなんとか乗り切って欲しいですね。
夏の主食のモロヘイヤも、一度潮枯れするでしょう。
100本のローゼルも倒れるでしょうが、
また起こします。
硬さよりも、柔らかくしなやかの方が実はたくましいのです。
人間も一緒かな(#^.^#)
島オクラはごっそり実を落としました。
重いとそれだけ風の影響を受けるので、
実を軽くするためです。
正直、母島も父島も思ったよりも穏やかに台風が通過していったので、
今はホッとしています。
しかし、これからのコースが心配です。
洋上や停電の備えをして、無事を祈るばかりです。
自然界において台風は間違いなく脅威ですが、
冬というリセットのない亜熱帯の小笠原にとっては、
なくてはならない存在です。
台風がもたらす雨水、
海から山に戻すミネラルと塩、
徒長した枝を整理する強風、
高温で白化しそうなサンゴの復活など、
ちっぽけな僕の目と頭ですら幾つも存在意義を感じられる台風です。
大自然の中では人なんて、
本当にちっぽけなんだと思い知らされるのも、
大事な気がするのです。
■父島の友人が歌手のUAの記事をシェアしてくれて、
大事な気持ちを思い出させてくれたので、
ここに記しておこうと思います。
大好きなUAが13回目のフジロックを終えて、
感じている事。
「実は先週まで、ホテル住まいだったのね。
高層ビルの迫る窓から見下ろす景色は、猛スピードで行き交う車、
夜中も騒音は絶えることなく、照りつける日差しの下、
行き交う人々はいまだマスクをして、うつむきがちに歩いてる。
街路樹まで息苦しそう。
先に、五月の真夏日、なんて書いたけ ど、その比じゃない今夏、鉄板焼きの上を歩くかのよう。
この焼け付く暑さは、自然を破壊し続けた私たちへの直球のメッセージじゃないのかなって。
コロナ禍に強いられた規制は耐え難かったとは言え、
世界的に経済活動が緩やかになったことで、自然環境が健やかに変化したことは、
これからやってくる気候変動と社会のあり方を予見するものだったと思い出されるよ。」
3年前、初めてのコロナ禍の行動制限でインドや中国の空気が綺麗になって、
今まで見えなかった山々が見えたという話を思い出しました。
内地から帰って来た妻子も、
内地の夏の暑さは尋常ではなく、
島の涼しい風と海に救われたと言っていました。
あまりの暑さにクーラーを設置して、
さらにその室外機からは熱風を吐き出して、
さらにヒートアイランド化が進む。
ゼロカーボンを宣言した小笠原村。
しきりに父島の良さんが議会でも訴えているけど、
もっともっと自分たちにできる事を模索して、
それぞれが考えて動かなければと思います。