小笠原諸島・母島ジャイアン ブログ  -GIAN'S HAPPY BLOG-小笠原諸島・母島で自然農&便利屋

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指しています。

その中や暮らしで学んだことを紹介したいと思います♪

カメ煮のススメ(アオウミガメの煮込み)

2023年03月25日 | 母島 日常 日記
■あなたのソウルフードはなんですか?
と聞かれたら、
「カメ煮&クサヤと刺身です」
と答えます(#^.^#)

そう、カメ煮と言えば、
小笠原の伝統食でもある、
アオウミガメの煮込みです。

これは戦前から続く、
貴重なたんぱく源としての食べ物です。
僕の大好物です♡

アオウミガメは現在、保護動物として指定されていますが、
小笠原では歴史ある伝統食ということで、
捕獲期間と捕獲頭数を定めてカメ漁が実施されています。
もちろん、カメの絶滅回避の為の保護活動や、産卵場所の海ゴミ回収も実施されています。

利用もするけど、保護もしているというスタンスの様です☆

僕も小笠原で初めてカメを食べると知った時は、
「は、爬虫類を食べるなんてっ!」と心底ビックリしたし、
最初は父島の扇浦のお祭りで食べたけど、
正直、苦手な味と臭みでした。

しかし、その後母島で食べてみたら、あれよあれよと好きになり、
今では母島の甘炊き、父島の塩炊きどちらも大好きになりました(^^♪

気付けば僕のソウルフードに♡
母島フェスティバルや、海開き、
消防団の宴会などで振舞われるカメ煮が何よりも楽しみなのです(#^.^#)


■急に温度が上がり、
霧が立ち込めた最近。
海上も山の上も雲や霧、ガスで真っ白な情景。

これを島では「カメ陽気」と呼びます。
カメ漁に適した気候だからです。

そんなカメ陽気の中、母島では昨日からカメ漁が始まりました。
いきなり立派な100kg超えの個体が捕獲できたそうで、
早速、新亀の予約をして、購入してきました☆

実は恥ずかしながら、今までず~~っとカメは頂くもので、
自分で購入したことはありませんでした(#^.^#)

コロナ禍で会食がなくなり、
頂く機会も減ったので、
今回は初めて自分でカメ煮を作ってみました☆
漁協の組合長の奥様に調理方法を聞いて作ってみたら、超美味しい♪
せっかくなので、
そのレシピも忘れないうちに忘備録として、
記しておこうと思います(#^.^#)


【アオウミガメの煮込み(甘炊き)】

材料
・カメ肉 1kg
・玉ねぎ 1個
・お酒 適量
・砂糖 大さじ1~2
・醤油 適量
・塩 適量


①カメ肉と刻んだ玉ねぎを鍋に入れて、

 お酒をぶっかけます。
 ※カメ煮には絶対に水を入れてはいけません!!


②5~10分ほど放置してると、次第にカメから水分(油分)が出てくるので、
 出てきたら砂糖をお好みの量を入れて、中火~トロ火で煮込みます。
 ※玉ねぎの甘味が結構出るので、カメの味と臭みを楽しみたい人は砂糖少な目がおススメ


③火が通ってくると、どんどん水分(油分)が増してきます。

 5~10分ほど時々混ぜながら煮込んで火が通ったら、醬油を適量入れます。
 この時、煮込み過ぎると肉が固くなるので注意!


④醤油を入れたら最後に塩で味を調えます。
 今回は青ヶ島の「ひんぎゃの塩」を使いました(^^♪
 塩で味を調えたら完成です!!
 あとや薬味にネギや七味唐辛子をかけて召し上がれ♪



■今更ですが、自分で作ってみて、すんごい美味しく、最高でした(#^.^#)
今度は父島の味付けと言われる塩炊きにも挑戦したいと思います。

初心者や子供が食べやすい甘炊きに比べ、
塩炊きは素材の味を存分に楽しむ玄人好みと勝手に思っています☆

いつもSUPやカヌーでも日々海でカメに出逢うし、
可愛いなぁとも思っていますが、
食べる文化も大事だと思っています☆

僕は魚も鶏も亀も必要があれば食べますし、
特別に可哀想と思わないです。
命を頂くのに動物の種類は関係ないと思っています。

必要があるのなら、必要な分だけ捕獲して食べるのは、
至極まっとうだと思っています。
必要以上に獲って、余らせて廃棄は言語道断です。

以前、オンライン英会話をしていて、
一番講師の外国の方に驚かれるのが「カメを食べる事」でした(#^.^#)

フィリピンの講師の方は
「あら、こっちはカエルとかも食べるわよ(笑)」と言って、
お互いゲラゲラと笑っていましたが(#^.^#)


ウミガメの交尾のシーズンが今頃から5月上旬ころまで。
そうすると、カメの産卵のシーズンに突入します。
それを終えると、今度は稚亀が生まれてきます。

こうして、島の季節もカメとともに巡っていたりするのです。

小笠原はよく四季がないと言われますが、
カメやクジラ、イルカやレモンの花など、
日本本土では見られない、
小笠原ならではの四季がある様な気がしています。

ちなみに刺身や生肉は今のカメ漁シーズンのみになりますが、
煮込みの味付けされた甘炊き、塩炊きのカメ煮は漁協売店や、
竹芝のショップ「愛らんど」でも販売していますので、
ご興味のある方はぜひどうぞ~



R.I.Pばーちゃん

2023年03月13日 | 母島 日常 日記
■昨日、仙台の祖母が亡くなりました。
90歳だした。

3週間前に近所の道端で倒れていて、
クモ膜下出血だったそうです。

たまたま倒れるのを見てくれてい方がいて、
すぐに救急車を呼んでくれて、
手術し、数日後、意識も回復していました。

だけど、
たった3週間で天国に登って行ってしまいました。

すごい人でした。
今でも大好きです♪

いつも人の世話をしていて、
いつも慕う人に囲まれている人でした。


■とってもひょうきんな人で
すぐに歌うし、踊りだしてしまうばーちゃん。

既成概念とか、
周りの評価とか全く関係なくて、
あの世代なのに
何か国語も話せるし、
読書家だし、
絵も写真も音楽も大好き。
最近はなんとFacebookやInstagramも使いこなしたばーちゃん。

一度も「昔の人だから」みたいな感覚を感じたことがないかもです。
いつも先鋭的に笑顔で生きてる人でした。

僕が小学生の時にBOOWYやキックボクシングを教えてくれたのも祖母です。
うちにテレビがないので、プロレスや生き物地球紀行を観たい時、
いつもばーちゃんの家に行ってました。

僕だけでなく、誰に対しても優しかったです。


■僕の母が56歳でカナダで亡くなり、
祖母は娘に先立たれてどんなに悲しかっただろうと思います。

身体も弱くて、眼も心臓も悪くて、
ばーちゃんは「あの子はよく生きた。頑張った」と。

今頃、天国でようやく再開して、ゲラゲラ笑っている事だろうと思います。

あれだけ人の世話してきたのに、
自分が世話をされるのがちょっとで、
あっという間に逝ってしまうのは、
なんかばーちゃんらしいと思います。

おがさわら丸が出港してすぐの今日。
葬儀は明日。

僕が仙台に駆けつけれる訳じゃないけれど、
姉や祖母の息子ファミリーたちが
みんなで頑張ってやってくれている。

本当に感謝です。
島からはありったけの愛と、花を贈ります。


■そんなトリッキーなばーちゃん。
我が親戚は「お母さん」とか「おばーちゃん」
というよりは何故か「〇〇さん」と名前で呼ぶのです。

父は僕が13歳の時に亡くなっているので、
写真を見て似てるなぁとは思うけど、
精神性は思いっきりばーちゃんから受け継いでいると思います。

それと同様にうちの長女にもその面影をみます。
踊りだす時や、
人と接する時にふと感じるのです。

中学を卒業して、
単身で海外に行ってしまうのも、
なんだか色んな人に愛されるのも、
ばーちゃんのスピリットのような気がしてなりません。

小さな体で、
ピースの天火オーブンを駆使しながら、
色んな料理を振舞って、
献身的にじーちゃんの世話をしながら、
色んな人に囲まれて生きるばーちゃんは僕の誇りです。


■僕にとっては去年の7月に仙台にバイクで行った時に逢ったのが
ばーちゃんとの最後になりました。

家の周りの伐採をしたり、
雨漏りを修理したり、
網戸を張り替えたり、
色んな事をしながら、
僕が子供の頃に感じていた家の大きさは、
ミニチュアの様に小さく感じていました。

僕が21歳の時に、
僕は小笠原に行き、
母はカナダに行くとき、
「もうこれでこのまま会えなくても、後悔はないよね」
そう言い合って、別れました。

その後、母は一度だけ小笠原に来て、
色んな人とご縁が出来て楽しそうに過ごしていたのが本当の最後でした。

去年の夏にじーちゃん、ばーちゃんに会った時、
「もうお互い生きて会うのはこれで最後かもね」
僕がバイク事故で死ぬかも知れないし、
じーちゃんばーちゃんが何らかの形でお別れになるかもしれない、と。

それでも、笑顔で別れられる。
そんな間柄でとても良かったと思っています。

戦争、空襲、災害を越えて、
90年間、本当にお疲れ様でした。

きっとまた会いに行くね。
今日の母島の美しい夕陽を捧げます。