もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

変動運賃制の本格化に思う

2021年05月12日 | 社会・政治問題

 国土交通省が、鉄道への変動運賃制導入に取り組むことが報じられた。

 鉄道運賃の変動制度については、これまでも多様な形で実質的に行われていたと思う。現在はどうか知らないが、例えば新幹線「こだま」には4人分の運賃で5人が乗車でき、よく利用する私鉄では平日の特定時間内乗車に限定される回数券が12枚セットで販売されていた。
 報道されたところでは、今回の本格導入はオフピーク時間帯使用の定期券の割引等が検討項目として挙げられているようであるが、IC乗車が大多数となった現状では制度導入に伴うハード・ソフト改修のコストも比較的安く抑えられると思えるので、定期券に依らない乗車も恩恵を受ける制度まで拡大して欲しいと密かに内心が呟いた。
 とは云うものの、変動運賃制度導入の背景は、就労者や通学者にオフピーク時への乗車変更を促して通勤ラッシュ時の混雑緩和を図ること以上に、フレックス勤務等の働き方改革助成を最大の眼目としているようで、大して用もない高齢者がうろつく平日のオフピーク時運賃を一律に安くすることは、鉄道会社の収益・経営をますます悪化させることになってしまうことになる。
 やはり、変動運賃制度は、福祉制度ではなく労働政策と捉えて、明日の日本を支える就労・就学層に限った制度とすることが理に叶っているのかも知れない。明日の日本を支える階層は高齢者の年金を支える母体であることを思えば、月に数回の乗車運賃に減額を求めることはあってはならない要求なのだろう。

 世の中には実に多くの制度が存在するが、利用上の上・下限が設けられているものが少なくない。例えば、年収額と税率・医療費・保険料の負担割合、道路一本で激甚災害指定区域から外れた家屋、小川を境に営業時間の制約が異なる飲食店、同じ猿や猪が活動・往来するにも拘らず杣道を境に片や政令指定都市、片や限界集落の村、等々線引きの狭間では悲喜こもごもである。
 今回の変動運賃制度の導入も含め、国の施策が個々人のためではなく大多数の幸福追求を目指すものである以上、恩恵に浴さないであろう自分も「通勤・通学者頑張れ」と応援すべきであろうとない内心を戒める朝であった。


八村兄弟と池江選手

2021年05月09日 | カープ・スポーツ

 NBAで活躍する八村塁氏と弟の阿蓮氏(東海大)に対するヘイトメッセージが報じられた。

 八村兄弟は西アフリカのベナン出身の父と日本人の母の混血とされている。今回、阿蓮氏が公開したメッセージの内容は「死ね」「間違えて生まれてきた」「バスケだけがうまい〇〇(差別的スラング)」などとされているが、兄の塁氏は「こんなのしょっちゅう来るよ」と述べているので、彼等に対するヘイト行動は日常のことであったと思われる。
 自分のブログでも公明党や枝野氏を始めとする立民議員諸氏をネタにすることが多いので、ヘイト発信者に当たるのかと思ってネット上の解説を拾い読みすると《「ヘイト」とは、憎む、憎悪する、反感を持つ」という意味で、特に「ヘイトスピーチ」や「ヘイト発言」といった場合は、人種・国籍・宗教・性的指向など個人のパーソナリティに関する事柄について攻撃したり誹謗中傷する発言や煽動》とされていた。いささか、自己弁護・正当化・言い訳になるのかも知れないが、政治活動や公的活動に対する攻撃については、思想・言論・表現の自由に守られているように思う。しかしながら政治・公的活動についても、例えば「天誅」などの過激言語を使用する場合や身体的な危害を予告する行動等は、ヘイトの範疇を越えて脅迫等の別の罪科に問われるだろう。閑話休題。
 ヘイトは何故に生まれるのだろうかと考えたが、人間社会において自己の存在は周囲との相対評価でしか確認できないという宿命に起因しているように思う。相対評価には、個人のパーソナリティ(人格)の個々の要素の優劣を減点評価する方法と、加点評価する二つの方法があると考える。例えば、八村塁選手の場合について云えば、減点法ではアフリカ系を減点要素としてー(マイナス)評価となるが、加点法ではNBAにスカウトされるほどの運動能力は加点要素であり+(プラス)評価となる。勿論、加点と減点を相殺して評価することも理論的には可能であるが、加減の評価自体が判断者個々の価値に基づくことや、判断する要素選択が恣意的であることから成立し得ない。
 しからば、加点法による相対評価が万能であるかと云えば、殺人犯の場合でも減点法では殺人という1点が致命的なマイナス要因となって悪人とされるが、加点法では殺人という要素を無視して、例えば動物を可愛がるという行為で+評価=善人にカウントされるかも知れない。この欠点を補うために人は刑法を作り出して評価する要素と基準を定めたように思えるし、刑法に抵触した場合にも情状酌量という加点法の概念を取り入れるとともに、「推定無罪」や「罪を憎んで人を憎まず」という理念を産み出したのではないだろうか。

 社会における個々人や自己を評価することは極めて困難で、八村兄弟を誹謗した人達も、何らかの要素で八村兄弟よりも優っていると考えた上での行動であるかも知れない。
 他人を評価する場合にあっては、刑法犯については司法判断に従い、それ以外の場合にあっては他人を加点法の視点で眺めることが、社会や対人関係のストレスから逃れ得る最良の方法であるかのように思う。
 池江選手に対しても、五輪開催阻止を標榜する人々から、代表辞退を求めたり五輪中止の行動を求める書き込みが多いそうであるが、自分の主張が正義として他人の心中に土足で踏み込むような行為は、ヘイト以上に悪質であると思う。
 柄にもなく善人を気取り、人生訓的記述に辟易として終演。御容赦を。


維新幹事長の名言

2021年05月08日 | 野党

 日本維新の会の馬場伸幸幹事長が「立憲民主党は、日本には必要ない政党」と述べたが正鵠を穿つ名言と思う。

 発言の背景は、立民の反対で過去3年間・8国会に亘って継続審議となっていた「国民投票法改正案」に、わずか2回の憲法審査会討議で賛成したことである。
 立民は「安倍政権下では憲法論議を行わない」として、憲法審査会の実質討議はおろか開催すら拒否していた。菅政権誕生後もその姿勢は続き、今国会の第1回審査会でも自民・立民両党幹事長間の合意下にも関わらず物別れ状態と報じられたので、自分も継続審議確実と思っていた。急転直下の様相で今回成立(実質的に)した改正案は、立民の主張する広告規制等を「施行後3年をめどに法制上の措置を講じる」と付則に記載した修正案であり、このことによって立憲民主党は「憲法議論を3年間は凍結できる免罪符」を手に入れた結果になったと思っている。
 憲法記念日前後の世論調査では憲法改正支持が不支持を上回っているので、世論迎合を最大の政治理念とする枝野代表は憲法審査会の開催拒否が集票に影響するとの思惑に立って、実質的な免罪符と引き換えに賛成したものであろう。
 枝野代表のこれまでは「安倍右翼政権の印象を植え付け」、「安保関連法や土地規制法制定に反対し」・・・と、中韓ロビイストを思わせる政治活動と感じていたが、最近では「政権・政策合意を棚上げにした野党選挙協力」「自身への政権禅譲」・・・・と、何が何でも「枝野中韓寄り政権樹立」の欲望が露わになってきたように思える。
 また、政策実現のための財源や国民の負担増には一切触れないとままに、「ゼロコロナ戦略」「大きな政府構想」「脱炭素・原発ゼロ」を矢継ぎ早に打ち出して、ポピュリストの面目躍如の感がある。

 残念に思えるのは、枝野代表の説く諸政策が万民の耳には極めて心地よく響くことである。折しも合計年収330万円以上の後期高齢者医療費の2割負担案が報じられたが、立民はきっと反対してくれるだろう。さらには「ゼロコロナ戦略」で、医療機器の公費助成拡大で病院の設備は整い、PCR検査は拡大し、医療従事者の報酬は向上し、助成金や支援金の範囲と額は拡大し、枝野政権では高齢者や療養者の桃源郷が実現する。また大学無償化も実現されるだろうから、枝野政権が統治する数年後の日本人は、たいして働かなくても高い福祉庇護の下、子供の学費に苦慮することのない生活得御送っていることだろう。
 まさか、枝野代表の売掛帳の収入予定欄には、中國への尖閣諸島や国有地の売却・成田空港や横須賀港運営権の売却は記載されてはいないだろうとは思いたいが。


飛鳥Ⅱ・タラップ・ギャングウェイー2

2021年05月06日 | 自衛隊

 今回は、タラップの位置や乗・下船に関するあれこれである。

 明治以降の洋式海軍創設と共に取り入れられた風習と思うが、船(軍艦)では指揮官や乗客の乗・下船は右舷から、左舷は貨物や死者のために使用するとされている。正確な観察によるものでは無いが、帆船映画「マスター・アンド・コマンダー」のラッセル・クローや、「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジョニー・デップは右舷から颯爽と乗り込み、水葬のシーンでは左舷から遺体を海中に投下する場面が多いように思う。
 近年の海上自衛隊ではその風習も半ば廃れており、自分も知識としては知っていたものの、40代で初めて向き合わされた経験がある。
 ある年の練習艦隊の内地巡航行における某基地の入港歓迎行事計画に参画することになり、練習艦隊旗艦の左舷横付けをベースに諸行事を立案した。幕僚間の擦り合わせや5・6人の上位・上級者の合議印を貰って決裁を仰ぐこととなったが、説明を聞いた決裁者の「(練習艦隊)司令官に左舷を使用させるのか?」の一言で、計画は一からの遣り直しとなった。自己弁護ではないが、調整した幕僚や合議印を押した上位者も、横付け舷の意味するところを知識としては持っていただろうが、自衛隊の係留岸壁の遣り繰りを肌身で感じていた経験から、何時しか横付け舷について注意を払わ無くなっていたものと思われる。以来30年、海上自衛隊における横付け舷に関する慣習はどう変化したのだろうか。

 軍艦に乗艦(訪問)する場合の作法にも知っておいて欲しいことがある。舷門と呼ぶ艦の玄関は舷梯の先に設けられ、舷門には当・副直士官、当直海曹、当直海士が立直していることは知られている。舷門の立直者に挨拶し来意を告げることは当然として、艦に足を下ろす前に、旗国への好悪感情は別として艦尾に掲げられている国旗若しくは軍艦旗に対して敬意を示す必要がある。敬意を示す方法については、軍人は挙手の礼で、民間人は頭を下げる又は胸に手を当てることが一般的である。訪問者を迎える艦にあってもイギリス海軍(オーストラリアやカナダのような女王陛下の海軍を含む)では、「長一声」の号笛を吹いて歓迎や敬意の念を示す。また、下船(退艦)する場合には、逆の順序で謝意を表すことになる。

 過去、何人もの民間人を送迎したが、OBやOB同伴者以外で、艦尾に向かって敬意を示す人に対しては、訪問の目的は何であれ、それのみで親近感と敬意を抱いたものである。
 軍艦に対する商船の敬礼(2019.6.16)で書いた慣例や、軍艦への乗・下艦の慣例という麗しい慣例・慣習、軍艦に課せられて旗の明示という国際法を無視してでも、自衛艦旗の掲揚に難癖をつけた韓国政府と韓国人の国際感覚の欠如や無礼が際立って見える。


スエズ運河と水先案内人

2021年05月05日 | 自衛隊

 先にスエズ運河で座礁した大型コンテナ船「エバーギブン(今治市の正栄汽船所有)」は、離礁には成功したものの、賠償交渉が難航して決着するまで運河内に留め置かれることになった。

 座礁の原因は突発的な砂嵐とされるが、予見性の有無等で双方の主張が食い違うとともに賠償額が約1千億円と高額であることから、なをの曲折が予想される。
 スエズ運河に限らず、船舶の往来が輻輳する港域や操船の難しい海域を航行する場合には、船長の他に「水先案内人(パイロット)が乗船して操船に当たることが一般的である。
 日本にあっても、「水先法(昭和24年法律第121号)及び同施行規則」によって、水先人(法律名称)の乗船を義務付けている区域(水先区)が26区指定されている。ただし、船舶の大きさや、船長が日本人である場合や、外国人船長であっても複数回の航行経験がる場合等に対しては水先人の乗船義務は免除されるとされている。
 水先人が操船している場合にあっても、海難事故を起こした場合の責任は船長や船主にあるのが一般的であり、今回のスエズ運河座礁事故についても水先人が乗船していたにもかかわらず、水先人が罪を問われたり、賠償責任を課せられることもない。これは、水先人は船長への操船を助言する者との認識に立っているものと思えるが、水先人が乗船したブリッジ(船橋)では水先人の操舵号令や速力指示に従うことが一般的と思っている。しかしながら、港域・海域を熟知した水先人であっても、乗船した船の運動性能やエンジンの個癖・特異性については船長から簡単な説明を受けるだけであるために、緊急対処等については船長に及ばないケースも有り得るものと思っている。
 水先人が乗船・操船している場合には、マストに国際信号旗「H」が掲げられる。H旗は横に紅白2分割されている旗なので、大型クルーズ船の出入港の映像で目にする機会もあると思う。

 水先人の乗船(艦)義務は軍艦にも適用される。パール・ハーバーに停泊中、燃料搭載のための港内移動時に乗艦した水先人は操艦を誤って艦尾を岸壁の電話接続筺に接触させて変形させてしまったが、悪びれる様子もなく「sory」の一言を残して退艦した。変形した電話接続筺は乗員の手でほぼ原形に複したが、後日に自衛隊に5千ドルの修理費が請求された。
 腐食の進んだ、それもほぼ原形に復した接続筺に5千ドルとは。セコイ米軍担当者は、これ幸いと接続筺を新替えしたものと今でも信じている。