glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

岡山は・・・。

2006-10-12 09:36:45 | エスペラント
  岡山は私のエスペラントの師、伊東三郎の生まれ故郷です(本名:磯崎巌)。彼に卒業論文は岡山の社会事業について書いて欲しいといわれたことがありました。興味はありましたが、関西へ修学旅行で行っただけ、西を訪ねたことの無い私は遠い異国のように思えて断りました。

 彼の著書(岩波新書)『愛の人 ザメンホフ』他のエスペランティストの著書より一般人に読まれていると思うのですが、大会では彼の名は話題になりませんでした。

 その理由はわかっています。彼の考え方は理解されていないのです。彼はいつも言っていました。エスペラントを単なる言語問題の解決方法として捉えてはいけない。言語問題は社会問題なのだから、社会問題として捉えなさいと・・・。
 この言葉は私の中で長い年月の中で霞んでゆきました。そして町を散歩しながら蘇って来ました。それだけでも岡山に行って良かったかなと思います。

 私も、理論的に他の人を説得できるほどの力は無いのです。
 でも、ザメンホフがエスペラントを作ったのは社会を改革しようという視点に立っていたと思うのです。その可能な一つの方法として相互理解を目指す言葉を考えたのだと思っています。


       

 岡山には落ち着いた美しい街並がありました。大会の合間を縫って散歩しました。もしかしたら散歩の合間を縫って大会参加でしょうか。

 柳川というのでしょうか綺麗な水の流れに沿って散歩道が続きます。石畳の道は下を見ているとヨーロッパを歩いているような錯覚にとらわれます。

 勝手に歩いているので行き先が分らなくなります。人影を見つけ近寄り尋ねると親切な答えがかえって来ます。

 ぶらりと入った美術館では『がんばらない』という障害者の展覧会をやっていました。その中に知的障害があると思える女性の『地下鉄の人々』と言う詩が何枚もありました。彼女が見た人々、老人とか、OLとかサラリーマンなどに呼びかけた詩です。人々を見てその生き方を捉える想像力豊かさに思わず笑いが吹き出し、その表現の素直さに感動し、羨ましくさえなりました。書も良かったです。

 エスペラントで感動したとかけないのが残念ですが、これが私の今年の日本エスペラント大会でした。

 
コメント (4)
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