glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

言葉を置き換えることの難しさ

2006-10-04 12:31:51 | エスペラント
 エスペラントで小説を読む時も私は訳さないでイメージを描きながら読みます。日本語で読む時いちいち言葉を置き換えてゆく事はしないと思うのです。日本人は読み方や意味が分らない時に辞書を引く程度でしょう。辞書を引く以外にもエスペラントはややこしい込入った文章だけ書き出して訳します。
 ですから即座に適当な言葉が見つからないこともあります。

 先日読書会で私の当番の段落がわからないので訳して言われました。ところがです、プレジェーヨの訳語が出てきません。『お祈りする場所はどこでしたっけ?』『礼拝堂。』

でも、小説の舞台が日本のお寺でしたら、本堂でも良いわけです。

 第一日本語になっていない言葉もあるです。

 アレッツォでレカントが私にマスカットを示していいました。『これなあ~に?』『Vinbero ーヴィンベーロ』と私。
VINOはワイン。BEROは汁を持つ実、液果です。
『Vinberoはワインを造るベーロでしょう!これからはワインは出来ないのよ!これはUVOよ。』といわれてしまった。

 しかし日本には二つのものに違う言葉はなく、あるのはブドウという言葉だけです。かと言って液果がすべてブドウではないのです。ブルーベリー、イチゴ、木苺、スグリ、コケモモ、山葡萄など沢山の液果あります。
エスペラントでいう時は全部BEROで言えば間違いのかも知れません。 


 多言語を知っている人はかなり自在に訳語を作れるかもしれませんが私には困ることがおおいのです。

 たとえば『MISIO』という言葉。辞書によると使命を意味しているようです。
 ところがレカントと友人のラウラが所属している会は『見える人と見えない人のメシア』と言うのです。この話しをする時は『見える人と見えない人の宗教グループ』としていますが。

 レカントはエスペラントに興味を持っていました。ラウラがエスペラントを話す事も知っていました。ある時ラウラがエスペラントの朗読をすると聞いて参加し、ラウラに弟子入りしたのだそうです。ラウラは目が見えませんがレカントは介護等という考えが無いようでまさに対等です。どんな急な階段も彼女を引きづる用にしてドンドン歩きます。ラウラもそれが当たり前かのように一緒に闊歩します。甘やかしも甘えも見えません。障害のある人との付き合いはどうあるべきか考えさせられます。

その話は昨年リトワニアの経験で書いたと思うので今日は書きません。
コメント (2)
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