うーん・・・すっきりしない天気でした。やはり洗濯物は乾きませんね
。
今日は実体験の話です。
ま、年のせいなのか、目が役に立たなくなってきたのは気づいていたのですがね。
本来あるべき建物が透けて見えたと言う話です。
先日、ある交差点で信号待ちしていたのですが、その交差点は何度か通った事がありました。
その日は、雲が山を覆っていましてね~何だか緑の森に、雲がかかっていて「グレー」に見えていました。
信号越しに、あちらの山間もこちらの山間も、雲が下の方までかかって、あたり一面霧に覆われているように見えました。それが、なんとも言えない「グレー」色で・・・。
もっとも、遠くの山ですがね~。そして、近くに視線を動かしても、まだ同じ景色が見えていたのですが・・・なんと、そこは道路脇に建っているビルの側面でした。
え?さっきは、森の延長に確かに見えたぞ
。
いったいどうなっているんだ
どうやら、
の目には、森のなんとも言えないグレー色と建物の壁のグレー色の区別が付かなかったようです・・・。
ホントに同じに見えました、そこにグレー色の建物がある事を意識したことが無かったので、
の脳が、霧か雲の発ち込めた森と同色だった為に、区別が出来なかったようです。
目に頼ってはいけないとホントに思いましたね・・・。
もっとも、車の中からの眺めですから、まるでモニター画面の眺めと同じです。
歩いて眺めていたら、そんな誤認識は起きなかった事でしょう。
無意識に、目に頼り過ぎている自分を発見しましたね。
強度近視に老眼がアドオンされて、おまけに目の中には浮遊物がいっぱい・・・。
それでも、生きてゆく上で頼るしかない大切な目だと思って来ましたが、やはり年にはかなわないですね・・・。
一旦、眼鏡をはずせば、そこはもう輪郭の無いモザイクの世界。立体なのか平面なのか、それもわからない。薄っすら色しかわからない世界です。
でも、まーそれはそれで、楽しいのかもしれませんね
。
文字が抜けるとかは、日常茶飯事でしたが、景色を誤認識したのは始めての経験でしたので、思わず記事にしてしまいました。
たまたま、今回気づいただけで、実は、誤認識を沢山していたのかもしれません。
一旦脳が、そうだと認識した景色は、そのように見えるようですからね・・・。
もしかすると、バーチャルの世界がほころび始めたのかもしれません。
いや、私の中のバーチャルな世界がです・・・。
皆様は、きっと正しく認識される世界におられる事と思います。

今日は実体験の話です。
ま、年のせいなのか、目が役に立たなくなってきたのは気づいていたのですがね。
本来あるべき建物が透けて見えたと言う話です。
先日、ある交差点で信号待ちしていたのですが、その交差点は何度か通った事がありました。
その日は、雲が山を覆っていましてね~何だか緑の森に、雲がかかっていて「グレー」に見えていました。
信号越しに、あちらの山間もこちらの山間も、雲が下の方までかかって、あたり一面霧に覆われているように見えました。それが、なんとも言えない「グレー」色で・・・。
もっとも、遠くの山ですがね~。そして、近くに視線を動かしても、まだ同じ景色が見えていたのですが・・・なんと、そこは道路脇に建っているビルの側面でした。
え?さっきは、森の延長に確かに見えたぞ

いったいどうなっているんだ

どうやら、

ホントに同じに見えました、そこにグレー色の建物がある事を意識したことが無かったので、

目に頼ってはいけないとホントに思いましたね・・・。
もっとも、車の中からの眺めですから、まるでモニター画面の眺めと同じです。
歩いて眺めていたら、そんな誤認識は起きなかった事でしょう。
無意識に、目に頼り過ぎている自分を発見しましたね。
強度近視に老眼がアドオンされて、おまけに目の中には浮遊物がいっぱい・・・。
それでも、生きてゆく上で頼るしかない大切な目だと思って来ましたが、やはり年にはかなわないですね・・・。
一旦、眼鏡をはずせば、そこはもう輪郭の無いモザイクの世界。立体なのか平面なのか、それもわからない。薄っすら色しかわからない世界です。
でも、まーそれはそれで、楽しいのかもしれませんね

文字が抜けるとかは、日常茶飯事でしたが、景色を誤認識したのは始めての経験でしたので、思わず記事にしてしまいました。
たまたま、今回気づいただけで、実は、誤認識を沢山していたのかもしれません。
一旦脳が、そうだと認識した景色は、そのように見えるようですからね・・・。
もしかすると、バーチャルの世界がほころび始めたのかもしれません。
いや、私の中のバーチャルな世界がです・・・。
皆様は、きっと正しく認識される世界におられる事と思います。