北海道の医師船木上総かずささん(56)は、山スキーに出かけたヨーロッパ・アルプスで氷河のクレバスに落ち、16時間宙づりになった。低体温症に陥り、死の一歩手前までいった。25歳の時だ◆『凍る体 低体温症の恐怖』(山と渓谷社)には、その体験と教訓が記されている。一般的に人は体温35度で震えが大きくなり、歩行困難になる。32度で意識障害、30度で不整脈が出て、26度以下で意識がなくなるという◆「天候が絶悪なら3時間で死亡も」「すばやく退却するかビバークせよ」「風による体温喪失はツェルト(簡易テント)である程度防げる」。こうした知識は大型連休中、北アルプス・白馬岳で遭難死した63歳~78歳の登山者6人にもあったに違いない◆6人は軽装で見つかったが、リュックの中にはダウンジャケットなどの防寒衣が入っていた。手袋も、強風で飛ばされたツェルトも見つかった。高年齢者とはいえ山のベテランたちの判断力と体力を、低体温症が急速に奪い取っていったのか◆この時期、里は春でもアルプスの稜線りょうせんは冬の顔である。悲劇を繰り返さないためにも真摯しんしな事故の検証が必要だ。
(2012年5月13日01時46分 読売新聞)
(2012年5月13日01時46分 読売新聞)