紙幣にスマートフォンをかざすと、その券種を読み上げる──。図1は財務省と日本銀行、国立印刷局が現在開発中の視覚障害者向けスマートフォンアプリだ。2013年内に、iOS向けアプリとして無償公開予定という
●アプリで紙幣の券種を識別
図1 財務省、日本銀行、国立印刷局が開発中のスマートフォンアプリ。紙幣にスマートフォンをかざすと、券種を識別して読み上げる(財務省が公開するイメージ動画より)
スマートフォンやタブレットを利用した障害者向けのサービスやアプリが充実し始めている。カメラやマイクなどの機能を活用し、有益な情報を提供する。
その一つが、iOS向けの無料アプリ「TapTapSee」(開発は米イメージサーチャー)。アプリを起動して写真を撮ると、それがアプリの開発元に送られ、何が写っているのかを音声で知らせてくれる。例えば図2のような写真を撮ると、「机の上にある白い表紙の雑誌と黒のラップトップです」と驚くほど正確な答えが返ってくる。コンピューターによる画像解析だけでなく、クラウドソーシングによる“人力”も活用しているのが特徴だ。アクセシビリティコンサルタントで、弱視の視覚障害があるCocktailzの伊敷政英氏は「缶詰の種類を確かめる際などに便利」と話す。
●目の前にあるモノを教えてくれるアプリ
図2 目の前にどんなモノがあるか、どんな人がいるかを教えてくれるiOS向けアプリ「TapTapSee」。音声読み上げ機能を有効にしてアプリを起動し、写真を撮ると(右図)、そこに何が写っているかを読み上げる。コンピューターによる画像認識と、人手による解析を組み合わせているという
JR東日本が2013年6月から試験導入した「遠隔手話通訳サービス」も、タブレットを活用する(図3)。駅の案内所などに設置したiPadを、遠隔地にいる手話通訳者と接続。手話による問い合わせを受けられるようにした(図4)。
●JR東日本が遠隔手話通訳サービスを試験導入
図3 2013年6月から、東京、品川、上野などの各駅に導入。iPadを用いて、手話による問い合わせに対応する
図4 iPadのビデオ通話機能を活用。iPadに向かって手話で質問すると、遠隔地にいる手話通訳者がそれを見て、質問の内容を音声で説明する。駅の係員が質問への応答を音声で話すと、手話通訳者がそれを手話に置き換えて返す
筆談には従来から対応していたが、生まれつき聴覚障害がある人には、日本語を書くことが苦手な人も少なくないという。「手話と日本語では、文法をはじめ言語の性質が全く違う」(JR東日本が導入した遠隔手話通訳サービスを提供する、シュアールの大木洵人社長兼CEO)からだ。「筆談では伝えにくい複雑な内容も、手話ならスムーズに話せる」(JR東日本 鉄道事業本部 サービス品質改革部の山根木和也副課長)という利点がある。
標準機能やアプリも便利
こうした障害者向けのサービスやアプリを使う以前に、そもそもスマートフォンやタブレットは、障害者にとって便利な機能を標準で備えている(図5)。代表格が、iOSの音声読み上げ機能である「VoiceOver」。表示中のWebサイトの文字情報や、タップしたメニューの名称、ソフトキーボードのキーなどをその都度読み上げる。このため、全盲の人でも文字を入力したり、読んだりできる。
図5 iOSは、障害者を意識した補助機能を標準搭載する。代表的なのが、メニュー名やメール、Webページの内容などを音声で読み上げる「VoiceOver」。画面の一部をズームしたり、背景と文字の色を見やすいように反転したりすることもできる
Androidの場合も、富士通の「らくらくスマートフォン」など一部の機種で日本語の音声読み上げに対応する。それ以外の機種でも、KDDI研究所などが公開する音声読み上げアプリを利用できる。
広く一般向けに提供されている機能やアプリにも、有用なものが多い。iOSが搭載する「FaceTime」などのビデオ通話アプリは、遠隔地との手話に便利だ。手話通訳士の資格を持つシュアールの河野真衣氏は「電話が難しい聴覚障害者とも、手軽に話せる」と評価する。
前出の伊敷氏がフル活用するのは、iPadのカメラ機能(図6)。「時刻表などの小さな文字も、撮影して指で拡大すれば読めるようになる」
●標準搭載の機能や定番アプリも大活躍
図6 カメラ機能は拡大鏡として活用できる。駅の看板や時刻表など細かな文字も、カメラで撮影して拡大すれば読めるようになる
電子書籍アプリも便利という。「Kindle」などでは文字サイズを手軽に拡大可能で、拡大鏡がなくても読める(図7)。単純な画面拡大ではページ全体を読むのにスクロールが発生するが、Kindleでは文字サイズに応じて1ページの範囲に文字が再配置されるため、快適に読書できる。
図7 「Kindle」などの電子書籍アプリの多くは文字の拡大機能を備えており、拡大鏡などを使わなくても読書ができる。iOS版のKindleは、2013年5月にVoiceOverに対応し、手軽に音声読み上げができるようになった
全盲の人も、電子書籍ならそのまま音声読み上げができる。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教で、視覚障害がある中根雅文氏によれば「これまでは、各ページをスキャンしてOCR処理する苦労があった」という。電子書籍の普及で、その手間が激減した。
その中根氏は、位置情報を基に他人と交流する人気SNS「foursquare」の情報を活用する(図8)。対応アプリや音声読み上げ機能を組み合わせれば、現在地周辺にどんな店舗や名所があるかを把握できる。目的地にたどり着くためには必ずしも必要な情報ではないが「こういう“どうでもいい”情報にどれだけ触れられるかが、人生の楽しみ。街歩きが楽しくなった」
図8 位置情報を基に他人と交流するSNS「foursquare」のアプリ。中根氏は、視覚障害者にとってより便利な形でfoursquareの情報を提示するアプリ「BlindSquare」を利用しているという
「生活が一変する」「“革命的”な変化が起こる」──伊敷氏や中根氏は、スマートフォンやタブレットの威力をこう表現する。今後求められるのは、これをさらに多くの人に広げるための工夫だ。既に取り組みも進んでいる(図9、図10)。「患者にiPad活用を指導する眼科医が増えている」(iPad活用に取り組む眼科医の三宅琢氏)など、着実に広がりを見せているという。
●利用者を増やすための取り組みも
図9 「ドコモショップ丸の内店」内にある「ドコモ・ハーティプラザ」では、店員と手話で話せる。聴覚障害者向けのスマートフォン活用セミナーなども開催する
図10 眼科医の三宅氏が開催する弱視者向けのiPad活用セミナー。三宅氏は、視覚障害者支援などを手掛けるGift Handsの代表を務める
nikkei BPnet-2013年10月9日