【論説】これだけ多くの人命が1人の狂気で失われるという現実をどう受け止めればよいのか。相模原市の知的障害者施設で起きた事件は、生きる権利や人間の尊厳、信頼を全否定するものだ。
出頭、逮捕時に「障害者なんていなくなってしまえ」と供述した26歳の植松聖容疑者は、今年2月まで3年余り同施設に勤務していた元職員。特定の集団・個人を標的とする「ヘイトクライム」(憎悪犯罪)が国内で日常化する。「ただでさえ生きるのに支援を求めている人たちに対し、言語道断」と憤る知的障害者関係者の肉声は絶望的なうめきに聞こえる
障害者に対する差別的取り扱いを禁止し、公的機関に必要な配慮を義務付ける障害者差別解消法が4月に施行した。事件は、官民挙げて取り組みを模索し始めた中での惨劇だった。
事件が起きた施設は常時介助の必要な知的障害者が利用。19~75歳まで149人が入所し、高齢化が進んでいる。他施設では対応が困難な人も積極的に受け入れ、地域に不可欠な障害者福祉の拠点だった。常勤職員が約140人とすれば、かなり手厚いサポートがなされていたのだろう。
植松容疑者は礼儀正しい好青年との受け止めもある。2012年12月から非常勤として務め、翌年4月からは常勤職員に。関係者らには、入所者の生活支援に励む姿からこの犯行は想像もできなかっただろう。
善良と狂気の二面性。今年2月には、施設関係者に「障害者を殺す」と発言したり、「私は障害者総勢470人を抹殺できる」「職員の少ない夜勤に決行します」と書いた手紙を衆院議長公邸に持参し、事件をほのめかしていたという。身近にいた障害者への強い憎悪や敵意、差別意識を抱き「予告」通り、常軌を逸した犯行に及んだ。
犠牲者19人は平成以降で最も多く、重軽傷も26人に及ぶ。抵抗できなかったであろう社会的弱者を標的にしたその特異性からも、戦後最悪の殺人事件である。
衆院議長宛の手紙には「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い…」とも記している。夜勤もあり障害者の世話は想像以上に重労働だろう。しかし、だから「抹殺すればいい」との身勝手でゆがんだ論理が通用するわけもない。
捜査当局は当時「他害の恐れがある」と判断、措置入院となったが、警察にも「大量殺害」を語っており犯行は予見できたはずだ。事前に適切な手が打てなかったか、経緯を詳細に解明し検証する必要がある。
全ての国民は個人として尊重され、幸福になる権利がある。憲法は基本的人権と「人としての尊重」をそう保障する。これに反して自活が困難な障害者を殺傷する事件が全国で相次ぐ。
身体障害などを含む障害者の入所施設は全国に約2600あり、入所者数は約13万人に上る。職員が少ない夜間の防犯対策を強化するなど、障害者の安全・安心に手を尽くしてほしい。
2016年7月27日 福井新聞