「打ち切り」で問題浮き彫り、新たな仕組みが必要
障害年金の支給審査体制の変更で、1000人程度が支給打ち切りの対象となった。障害の程度と経済的ニーズとの間に必ずしも相関はなく、就労と組み合わせるなど、新たな仕組みが必要だ。
(日経ビジネス2018年6月25日号より転載)
5月末、日本年金機構が障害基礎年金の受給者約1000人に対して障害の程度が軽いと判断し、支給打ち切りを検討していることが明らかとなった。国の年金財政が厳しくなる中、年間約2兆円の支払いが発生している障害基礎年金に対してもついにメスが入ったと、メディアでも大きく報道されたのは記憶に新しい。
障害基礎年金は、20歳になる前、もしくは国民年金加入後に病気やケガで一定の障害を負った人に対し、その人の生活を支えるために支給される公的年金の一つである。障害の程度により、1級、2級に区分される。1級は月額約8万1000円、2級は約6万5000円が支給される。厚生年金に加入していればこれに障害厚生年金が上乗せされる。2級に該当しない軽い障害の場合は、障害基礎年金はゼロだが、3級の障害厚生年金が支給される。
障害年金の受給者は年々増加の傾向にある。高齢化社会の到来に伴う、障害者の高齢化の進展、うつや統合失調症といった現役世代の精神疾患が増加していることなどが背景にある。2016年度の障害基礎年金と障害厚生年金を合わせた障害年金受給者の数は200万人を超えた。
受給者は200万人を突破
●障害年金受給者の推移
注:障害基礎年金のみの受給者と障害厚生年金
障害基礎年金打ち切りの背景にあるのは、年金機構の審査体制の変更だ。これまでは、各都道府県事務センターが支給資格の審査や判定をしていた。しかし15年の調査で、不支給判定の割合などに最大6倍の地域間格差があることが判明した。審査基準や方法は同じだが、地域ごとの運用体制にばらつきがあったために格差が生じていたのだ。
この問題を是正すべく、業務を東京に一元化した結果、支給停止に該当する人が出てきたのである。無論、逆のパターンもあるわけで、不支給だった人が支給される場合もあるだろう。
審査体制の一元化は、公平性を担保する意味では決して悪い話ではない。議論すべきは、支給の線引きをどこに定めるかだ。医学の進歩や、障害者に対する社会の受け入れ体制など、障害者を取り巻く環境は年々変わりつつある。医療器具の発達や薬の服用などで、障害があっても社会参加が可能となるケースも出てきた。その一方で、精神疾患の中には、日常生活に支障はなくても時間帯や場所によって症状が変化するため、仕事に就くことすらできないといった事例もある。障害の程度は重い、軽いといった一元的な基準では判断できなくなっている。障害年金の受給資格を障害の程度で測ること自体が難しくなっているのだ。
障害年金は、現金給付を前提とした、障害者が最低限の生活を送るための「所得」保障である。ならば、障害の程度で支給額を決めるよりも、障害者一人ひとりの経済的支援の必要性=ニーズがどの程度あるのかで判断すべきではないだろうか。
「所得の不足分」を基準に
収入を年金に依存している人が多い
●障害者の主な収入の内訳(複数回答)
出所:新宿区「障害者生活実態調査」
ニーズを把握するには個々人が置かれている生活環境や就労状況、そして日常生活を送る上で支障となっている項目などを細かく見ていかねばならない。これらを正確に見極めるのは困難であるし、限界がある。
しかし、障害者自身の所得の不足状況を一つの目安にする方法が有効なのではと個人的には考えている。仮にこのような方法を適用できれば、本当に生活資金の足りない障害者には手厚い支給が可能となり、逆に所得が一定程度ある、自立可能な障害者には年金支給額を縮小していくことができる。
もちろん、医療費や通院のためのタクシー代、ヘルパーを雇う際に支払う費用など、障害ゆえに発生する経済負担は別途手当やサービス給付で調整する必要がある。また、生活に支障が出ないよう、減額する際は減額幅をゆるやかにしていかなければならないといった課題もある。
一方で、障害者は社会参加・社会復帰に対する意欲がそもそも高い傾向にある。働いた結果所得が増え、障害年金支給額を減らされることに対する不満や不安よりも、障害のない人に近い生活を送れると前向きに考える人の方が多いとの調査結果もある。従って、減額に対して感じる抵抗は、リタイア世代がもらう老齢年金の減額などと比べると少ないとみられる。
もっとも、この所得の不足相当分を支給する仕組みを成り立たせるには、障害者の就労環境の改善・拡充が欠かせない。障害者の詳細な生活に関するデータは少ないが、東京都新宿区が実施した障害者に対するアンケート調査では、生活にかかる収入の内訳を「障害年金」と答えた人の割合は依然半分近くに上る。これは働かないのではなく、働きたくても働けないため、年金に依存せざるを得ない状況を示している。
家族へのしわ寄せ増える
障害者の年収は障害年金を含めても80万~150万円程度の人が多く、とても1人で生活できる水準ではない。家族の支援が得られないと、生活保護を受けなければならない状況に陥ってしまうのが現実だ。こうした現状から脱するためにも、障害者の就労環境の整備は重要である。
だが一方で企業側は、労働者を雇用する社会的義務を感じつつも、雇用する以上、少なくとも最低賃金分は支払わねばならないので、賃金に見合った生産力を持つ人材を雇用したいというジレンマを抱える。
政策的な見地からいえば、障害者雇用を促進することは最終的には国の労働人口を増やし、日本の税収を増やす効果も期待できる。
障害年金打ち切りで給付額を抑制できたとしても、その不足分のしわ寄せは必ず別の形で表れる。障害者を支える家族の経済負担は増え、生活保護に流れる人も出るだろう。つまり日本の社会保障費全体の削減には必ずしもつながらない。こうした点も考慮しつつ、どのような施策が有効か、考える必要がある。
例えば、企業が働きに応じた分の賃金を支払い、最低賃金に満たない分を給付という形で補えば、企業は障害者のような限定的な労働力を活用することができる。障害者が最終的に受け取る金額も増える。
こうした障害者雇用の仕組みは、フランスやスウェーデンといった国で「賃金補てん」の形ですでに導入されている。もし日本で取り入れる場合、そもそも障害年金という枠組みの中で実現可能なのかなど、乗り越えるべきハードルは高い。だが、検討に値するアイデアの一つだろう。
2018年8月30日 日経ビジネスオンライン