最近はYouTubeを見ることが多く、いろいろと徘徊しているうちに、いくつかお気に入り登録をするものも出てきた。
今回、井沢元彦氏の「キリスト教とイスムラ教の仲が悪い理由」というYouTubeを見た。
これまでも、両者ともに同じ神を崇めているにもかかわらず、どうして殺し合いをするほど仲が悪いのか、という疑問は持っていたし、その説明としていろんなことが書かれているけど、今いちよくわからない。
しかも、キリスト教の場合、カトリックとプロテスタントのように、さらに分派していく上に、それらもお互いに殺し合いをするなど、いったい何を考えているのかさっぱりわからない。
ところが、井沢氏は「その理由についての重要な記述が、今の教科書には載っていない」と言う。
それは何かと言うと、イスラム教の教典であるコーランである。
その中に「三位一体などと言っている連中は、無信の徒である」という意味の記述があるのだそうな。
つまり、キリスト教を「まがい物」だとして真っ向から否定しているのである。
当然、言われた方が怒るのも当然。
時期的には、キリスト教の方がイスラム教よりも先なので、当然のことながらキリスト教にはイスラム教に対する記述はない。
ところが、その後13~14世紀頃に活躍したイタリアの詩人ダンテが、有名な「神曲」において、天国と地獄について記述しているのだけど、その中の地獄の描写の中でイスラム教における重要人物であるムハマッドを描いているらしい。
つまり、今度はキリスト教側がイスラム教を侮辱する行為に出たわけだ。
当然、言われた方は怒る上に、こうなると両者に歩み寄る可能性などまったくなくなるわけだ。
井沢氏は「こういう重要なことを教科書が書かないから、日本人には世界史がわからなくなる」ということを言っていた。
私としても、このことを初めて知ったので驚いている。
しかし、一方で「世界史研究家は、誰もこのことを知らないのだろうか」とも思った。
いくら何でも、それはあり得ないと思う。
つまり、「知っていながら、あえて書かなかった」ということはないのだろうか、ということだ。
では、なぜ書かないのか。
ここからは、個人的な偏った意見にはなるのだけど・・・
こういう歴史を捏造(?)している人たちというものは、例えばロシアとウクライナの戦争に対しても「なぜ話し合いで解決しないのか?」などと平気で言う人たちだろうと思うわけだ。
つまり、こういう人たちに教えてもらっている学生や生徒は、キリスト教とイスラム教が争っている、という現実を見せられた時に、「どうして話し合いで解決しないのだろう」と思ってしまうわけで、場合によっては、当事者に対してそう言いかねないわけだ。
ところが、そもそもの教義の中に「あんなのニセものだ」と書いてあるのだから、両者が理解し合えるなどということはゼッタイにあり得ない。
あるとしたら、それは片方がもう片方を滅ぼす以外にない。
そういう現実を知られないために、わざとボカして書いているとしか思えないのである。
日本の歴史が歪んでいるのは、何もメディアだけの責任ではなく、こういう偏った歴史学者がたくさんいるからだと思う。
今回、井沢元彦氏の「キリスト教とイスムラ教の仲が悪い理由」というYouTubeを見た。
これまでも、両者ともに同じ神を崇めているにもかかわらず、どうして殺し合いをするほど仲が悪いのか、という疑問は持っていたし、その説明としていろんなことが書かれているけど、今いちよくわからない。
しかも、キリスト教の場合、カトリックとプロテスタントのように、さらに分派していく上に、それらもお互いに殺し合いをするなど、いったい何を考えているのかさっぱりわからない。
ところが、井沢氏は「その理由についての重要な記述が、今の教科書には載っていない」と言う。
それは何かと言うと、イスラム教の教典であるコーランである。
その中に「三位一体などと言っている連中は、無信の徒である」という意味の記述があるのだそうな。
つまり、キリスト教を「まがい物」だとして真っ向から否定しているのである。
当然、言われた方が怒るのも当然。
時期的には、キリスト教の方がイスラム教よりも先なので、当然のことながらキリスト教にはイスラム教に対する記述はない。
ところが、その後13~14世紀頃に活躍したイタリアの詩人ダンテが、有名な「神曲」において、天国と地獄について記述しているのだけど、その中の地獄の描写の中でイスラム教における重要人物であるムハマッドを描いているらしい。
つまり、今度はキリスト教側がイスラム教を侮辱する行為に出たわけだ。
当然、言われた方は怒る上に、こうなると両者に歩み寄る可能性などまったくなくなるわけだ。
井沢氏は「こういう重要なことを教科書が書かないから、日本人には世界史がわからなくなる」ということを言っていた。
私としても、このことを初めて知ったので驚いている。
しかし、一方で「世界史研究家は、誰もこのことを知らないのだろうか」とも思った。
いくら何でも、それはあり得ないと思う。
つまり、「知っていながら、あえて書かなかった」ということはないのだろうか、ということだ。
では、なぜ書かないのか。
ここからは、個人的な偏った意見にはなるのだけど・・・
こういう歴史を捏造(?)している人たちというものは、例えばロシアとウクライナの戦争に対しても「なぜ話し合いで解決しないのか?」などと平気で言う人たちだろうと思うわけだ。
つまり、こういう人たちに教えてもらっている学生や生徒は、キリスト教とイスラム教が争っている、という現実を見せられた時に、「どうして話し合いで解決しないのだろう」と思ってしまうわけで、場合によっては、当事者に対してそう言いかねないわけだ。
ところが、そもそもの教義の中に「あんなのニセものだ」と書いてあるのだから、両者が理解し合えるなどということはゼッタイにあり得ない。
あるとしたら、それは片方がもう片方を滅ぼす以外にない。
そういう現実を知られないために、わざとボカして書いているとしか思えないのである。
日本の歴史が歪んでいるのは、何もメディアだけの責任ではなく、こういう偏った歴史学者がたくさんいるからだと思う。
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