散歩をしていると、10メートル前方に猫がいる。
模様の綺麗な猫である。
どこかの家の飼い猫、それとも野良猫か?初めて見かけた猫である。
首に鈴?見えない。
ポケットからスマホを出す間に段々と遠ざかって行く。
後ろを振り向きもせず、勝手知ったる天下の公道と悠々と歩いている。
もう一度会いたい。
それに比べ我が家の 姫ちゃんは、ストーブの傍から離れない。終日、電気毛布を敷いたうえで、まどろんでいるばかり。少し動くと大きく肩で息をする。
もう一度若さを取り戻してやりたいけれど、せんない願だ。
ある所にはある。畑のこと。
野菜が雪の被害で、全国で高値が叫ばれている。
散歩の途中、キャベツが青々と畑に有るのを見た。
ここは畑に塵ひとつ、草一本も生えていない、まことに綺麗な畑だ。
かって農協に勤めていた人の菜園。いつも見事な野菜を作っている。
この人に限らず、この辺りの家は若い時は、サラリーマン。退職をしてから、米を作ったり、果樹の栽培、野菜作り、、と老後を楽しんでいる。
我が家にいつも、果樹や野菜を下さるのも、昔は私鉄に勤めた鉄道マンであった。
別れる時はいつも、「じゃぁ」と最敬礼をする。
店頭に並んでいる野菜に手を伸ばし、値段が高い時はため息をつきながら、寒い時、暑い時の農作業を見ているものだから、彼等の努力が頭の中をよぎり、高い安いなぞと云っていられないと思う。
☆ 甘藍の玉巻くまえの青さかな 佐川広治
☆ 月光に冬菜のみどり盛りあがる 篠原梵
田舎住の私には、本当の眼前を詠んで余すところ無く、足らぬものも無い詠みっぷりだ。いつも接している風景が浮かびあがる。
🍒 今日も来て冬菜畑の隅に婆
🍒 あまねく日冬菜畑の息づいて