老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

     屋島の桜    (その 二)

2019-04-02 00:43:59 | 俳句

    

      (市立屋島小学校)

我が家から少し登って行くと 屋島小学校がある。

校門をくぐると 「二宮尊徳像」が建っている。

今どきの学校で見かけるのは珍しい。私が小学生の頃はどこの小学校にも、この像は校門近くにあって朝夕の子供の出入りを見守っていたものだ。

八分咲の桜の下で今日も薪を背負った 金次郎さん が寸時を惜しんで本を読んでいる。

 

    

屋島の山麓の町。 細い径というより露地がくねくねと曲がり、車の入れない家が今では廃屋化してい、歩いていても行き止まりの家の横は大きな昔からのお屋敷だったり隣接しあっていて、運と不運が同居をしていると感じる。

スモモの花。真白い花が咲いていた。この家は駐車場があった。、、、と云う事は車の通れる幅の径があるってことだ。

     

     

塀の向うに、咲いたシデコブシの花の枝が見える。

この家はどなたも住んでいないようで廃屋とまではなっていぬが、人の気配がしない。

 

100坪はあろうか?広い菜園でご夫婦が草を取っていた。

ねぎ。豌豆の花が咲いている。茎立の白菜、菜の花、何種類かの野菜を植えている。

少し立ち話を、、、。便利な場所にある土地ですが売り買いのできない土地です。、、、と夫婦して嘆く。人一人が通るがやっとの径がついている。車どころではない。消防車の通れない道の土地では家も建たない。周囲には一戸建ての家があって、この畑を取り囲んでいる。駅にも小学校にも中学校にも近いが、まことに菜園としての利用価値しかないのだ。

ここは菜園だけれど、廃屋になった大きな家が沢山あり、このような会話を何度かしたことがある。今は住んでいるけれど、リホームも建て替えも出来ないと諦めていた。

      

        

    

そんな屋島にある屋島東照宮への下馬場。ここの桜は未だ五分咲きであった。(家康さんをお祀りしてある。)

 

 

 

 

コメント (2)
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