老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

   池に鯉が戻ってきた

2019-04-12 23:02:04 | 俳句

   

 

栗林公園の池に鯉が。

しばらくは淋しい池であった。 ウイルス性の病気に罹り死んだ鯉がいて、元気な鯉も一匹も残さず池から鯉の姿は消えていた。

昨日は久しぶりに鯉が泳いでいた。 それも元気に。 真っ直ぐに何を目指しているのか、本当に元気に水脈を残して泳ぐ鯉も何匹か。その色がどれも金色だったのが、種類のせいか?

以前の鯉は、観光客に餌をふんだんに与えられて肥満の鯉や年を重ねた鯉がいて動きが緩慢だった。

     

     

 

会社や団体や市民からの寄付で買ったのであろう元気な鯉が泳いでいるのを見て、鯉が好き、恋をしている?なぞと考えたことはなかったけれど、さすがに沢山の鯉が泳いでいつのを見て、嬉しくなった。

松に朱の橋、太鼓橋、、と美しい景色の池ではあったが何か物足りなさを感じていた。

鯉がいなかった。地味な池の景であった。

 

放たれた鯉は錦鯉が多いようだ。おおきな真鯉はお父さん、、と唄われている黒い鯉や単に赤い鯉がいないようであった。。

 

外国の観光客が多い。初めての公園でこの鯉が泳いでいる華やかな池を見てもらって良かった、印象に残ればいいいのにと心から思った。

 

          余花の佐久草笛の佐久鯉の佐久     西本一都

                好きな俳人。

 

          俎の鯉の目玉に秋高し     飴山實

                吾が師のその師。

 

          きのふよりけふの落花に鯉はねる     野澤節子

                彼女も健康体ではなかった。すきな女流俳人。

 

 

          緑さす池を狭しと錦鯉

 

 

      

 

公園には、まだ標準木の桜が咲いていた。 その桜から離れた場所に「花かいどう」の派手な花が、盛りと咲いているのを見つけた。 懐かしかった。実家の風呂場に近い庭に咲いていた。大きくはならない(見上げるように)。

子供の頃の田舎の実家の風呂は五右衛門風呂。湯がぬるくなると母が薪を足して焚いてくれた。「よーくぬくもんなよ」、、、、、母を想い出した。

 

           春の星風呂焚く母の背な丸き

              こんな句は、ただ事俳句だろうな~。

 

 

 

       

 

 

 

           

 

 

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